10年契約

 大富豪誕生。一昨年のMVP、そして昨年のSuper Bowl ChampであるMahomesが10年の契約延長をした。かつて10年以上の契約を結んだQBとしては、McNabbやFavre、Bledsoe、Vickなどがいるのだが、彼らのうち誰一人として契約から10年間そのチームに残っていた選手はいない。10年というのはそれだけ長い期間であり、そしてそれだけ珍しい契約になる。
 実際、Jason Fitzgeraldは第一報を聞いた時には「愕然とした」そうだ。なぜなら通常、これほど長期の契約は選手にとってかなり不利になるからである。サラリーキャップ総額が基本右肩上がりに成長している状況下においては、足元の時点で高額契約を結んでも数年もすれば他の選手がそれを上回る契約を締結するのが珍しくない。ましてQBはどんどん重要度を増しており、金額もどんどん跳ね上がっているポジションだ。
 だから通常は4~5年ほどの契約を結ぶ。それが終わる頃にはトップクラスの選手はもっと高い金額をもらうようになっているので、その時点で新規に契約を結べばトータルでより高い収入を得られる。それこそが選手側にとって合理的な方法というわけだ。もちろん長期にわたって市場の動きに追随する方法がないわけではない。Fitzgeraldは、キャップの何%をもらうといった契約方法や、あるいはリーグのトップ何人の平均額をもらうといった契約をすることで、10年の長期契約でも市場の変化についていくことは可能だと指摘している。ただし、この方法はチームにとって負担が重い。
 その後、明らかになった契約の詳細を見ると、Fitzgeraldが考えているような方策は使われていなかった。キャップに占める割合や市場平均といった数字ではなく、通常の契約同様にMahomesの契約は絶対額を決めたものとなっている。総額は450ミリオンだが、契約延長が始まる2022年以降についてはSuper Bowlへの登場やMVPの獲得と結びついたインセンティブが25ミリオンある。加えてそもそも現時点で残っている契約額も27ミリオンあり、全部足し合わせると503ミリオンに到達するそうだ。
 Fitzgeraldによれば、これは「Chiefsにとってとてもいい取引」になるという。上にも書いた通り最近のQBは契約を短めに結ぼうとする傾向が強いし、例えばMahomesが年平均38ミリオンの5年契約を結び、その後でもう1回延長に踏み切った場合、おそらく今回よりもさらに高いサラリーを手に入れることが可能になる。まず額面で見る限り、Chiefsファンは祝杯を挙げていい状況のようだ。
 契約の中身はFitzgeraldによると2つの契約を1本にまとめたものに等しいという。前半は年平均40ミリオン弱の、後半は50.45ミリオンの契約となっており、その境目に当たるタイミングで年59.95ミリオンのキャップヒットを計上する年がある。このうち特に前半部分に注目すると、彼のサラリーは最近大型契約を結んだ他のQBたちと比べてもそれほど高いわけではなくなる。むしろ2013年のRodgersの契約がそうなったように、今回のMahomesの契約が他のQBの契約において「頭を押さえる」役割を果たすことになるのではないか、というのがFitzgeraldの予想だ。

 同じようにこの契約を分析しているBarnwellは、しかしFitzgeraldよりも一般向けに平易な説明を心掛けているようだ。彼はいくつかの疑問を提示し、それに答える形でこの契約の解説を行っている。
 まず彼は冒頭に、Mahomesがこの契約を全部まっとうする可能性は低いと指摘している。Fitzgeraldも記しているが、実はこの契約は2つの契約を一まとめにしたような内容であり、うち後半部分が現在の内容のまま実行される確率は決して高くない、というわけだ。BarnwellによればMahomesの契約は実際は6年183.4ミリオン(年平均30.6ミリオン弱)と考えた方がいいそうで、彼の契約をMLBのトラウトが結んだ契約と比較するのは、あまり実態を反映していない。そもそもトラウトの契約は全額保証だ。
 契約内容が他のQBと比べて突出しているわけではない点については、Fitzgeraldと同様にBarnwellも指摘している。新規契約4年分も含めたWentzやGoffの契約と比べると、MahomesはGoffより年平均で4ミリオン弱高くなっているだけであり、過去の成績を考えるなら、そして時とともに選手のサラリーが上昇していく傾向を踏まえるなら、別に違和感のあるような数字ではなくなる。むしろこうした数字よりも、Mahomesの契約に含まれるguarantee mechanismの方が重要、というのがBarnwellの指摘だ。
 この保証メカニズムとは、あるシーズンのベースサラリーを前倒しで保証する仕組みのこと。実のところそれ自体は珍しいものでも何でもなく、例えばTannehillの契約を見ると、Contract Notesのところに「2021リーグイヤーの5日目に、2022年のサラリー29ミリオンが全額保証される」と書いている。先発の座が確実なベテラン選手であればよくある契約であり、逆にこれがついていない選手はボーダーライン上の選手であることが多い。
 Mahomesの契約における最大の特徴は、この保証メカニズムが極めて長期にわたって継続的に付されていることだ。2024年のサラリーまでは2年前に全額保証されており、2025年も大半は2年前に、そして2026年から2030年までは1年前に保証されている。こうした契約については思い出せる限り前例がない、というのがBarnwellの指摘である。
 これは何を意味するか。チーム側からすると、Mahomesのカットに伴って発生するデッドマネーが極めて大きくなる。契約前半は実質3年分のベースサラリーがデッドマネーとなる可能性が高く、後半においてもなお2年分はそれを覚悟しなければならない。トレードすればデッドマネーは出ないが、今回のMahomesの契約ではトレードに際してMahomesの合意を必要とするとの条項がある。つまり簡単にはMahomesをカットできなくなるわけで、Mahomes側からすれば短い期間でチームから切り捨てられるリスクがそれだけ下がることになる。
 言うなれば雇用の安定を手に入れる代わりにチームとって有利とされる長期契約を受け入れたような感じだ。だがBarnwellに言わせれば、実際には2025年にまた新たな契約延長がなされる可能性が高いという。それは2027年に彼に支払う額が60ミリオン近くに達するという部分が理由だ。通常、こういう極端な負担が必要になると、チームは再延長なりリストラなりを選手に求めることが多い。実際にはこの金額の一部は「保証メカニズム」によって2026リーグイヤーの3日目に保証されることになる。となるとチームとしてはその前に契約見直しなり再延長なりを進める必要がある。2025年には今のMahomesの契約は、例えば再延長などで上書きされることになる、というのがBarnwellの見立てだ。
 では今後、Mahomesと同様の契約を結ぶ選手は他に出てくるのだろうか。10年もの長期にわたって選手にコミットするのは、その選手が若く、長期間の活躍が期待でき、かつリーグでも超一流でなければ難しい。QB以外のポジションは考えにくいし、QBであっても30代の選手は残りの選手生命を考えても無理がある。若手の中でMahomes以外に現時点で可能性がありそうなのはJacksonだが、彼であってもチームが10年保証するのは怖いのではないか、とBarnwellは記している。

 個人的にMahomesが過去2年と同レベルの成績を長期にわたって続けるのは困難だと思う。レベルが突出しすぎており、どこかで平均への回帰が働くのは避けられないだろう。だが一方で彼が平均以下まで成績を落とすような事態はとても考えにくいし、そもそも平均並みまでの低下もあまりありそうには思えない。酷い怪我でもしない限り、個人的にはMarinoくらいのレベルは十分に維持しながらプレイを続けるのではないかと予想している。
 だとすれば追加で10年間、Mahomesが37歳になるまで契約を結ぶのが拙い判断だとは思えない。上手くいけばこの契約のまま10年費やすことだってできないわけではないし、そうなればおそらくChiefsにとってはとても安い買い物であった、と結論づけることだって可能だろう。Barnwellが予想するように途中で契約見直しがあり、市場価値分のサラリーを支払うことになっても、Mahomesが一流QBである限り採算は取れるはずだ。
 むしろ懸念はCovid-19によるサラリーキャップの急減や、さらには不和の時代のためにスポーツを巡る環境に極端な変化が生じるような場合かもしれない。既にNFLは今シーズンに関し、NFLPAに対して35%のサラリーを預託する案を提示している。選手との契約はこれまでの経験に基づいて行われているが、環境が変わりすぎて従来の経験が使えないような局面が来た時に、10年という長いコミットメント期間が問題を引き起こす可能性はある。
 今シーズンについてはさらに、選手に対して試合に出ないことを可能にする選択肢を与えようという話も出ている。まだまだ先行きは不透明だ。
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