不和の数値

 足元の騒動でPeter Turchinを取り上げるメディアも増えてきた。例えばTimeはThis Researcher Predicted 2020 Would Be Mayhemなる記事をアップしたし、2012年にTurchinの記事を載せたサイトは、最近もTurchinにメールでインタビューしている。Daily Mailなどは「現代のノストラダムス」と呼んでいるほどだ。
 もちろんTurchinの議論はノストラダムスのような「予言」ではない。あくまで背後には彼が言うところの科学Science、即ちStructural-Demographic Theoryが存在する。彼の予報の背後に存在するその理論について説明しているのが、こちらのエントリー。過去に彼の議論を紹介した記事へのリンク、及び最近になってアップしたプレプリントの概要などが載っている。そして、一番最後に掲載されているグラフはPSI、即ち政治ストレス指数Political Stress Indicatorの推移だ。
 PSIについては以前こちらで紹介している。潜在大衆動員力(Mass Mobilization Potential)、潜在エリート動員力(Elite Mobilization Potential)、そして国家財政難(State Fiscal Distress)という3つの指標を組み合わせたもので、この数値が大きくなると「不和の時代」の到来を示す、というのが彼の理論。かつてこの数字が急上昇したのは南北戦争の直前であった。
 そして、Turchinのプレプリントには、このPSIの変化に関するデータも載っている。こちらのページからダウンロードできるzipファイルの中には、彼が使ったデータがexcelファイルとして入っている。というわけで、以下ではこのデータを使いながら米国におけるPSIの変化を見てみよう。

 最初にグラフで示してしまうが、Turchinが算出しているPSIの3要素、MMP、EMP、SFDの1945-2020年の推移は以下のようになる。blogで紹介されているPSIはこの3つの数字を掛け合わせて100倍した数字になる。

psi_us.jpg

 excelファイルにあるデータ名のうち、RelWageはMMPの中の相対賃金、Urbanizationは都市人口割合、としてAge20_29はユースバルジを意味する20代人口割合と見ていいだろう。MMPを算出するには相対賃金の逆数に、都市人口割合、20代人口割合を掛け合わせることになる。見ての通りMMPはPSIを構成する3要素の中では最も地味な動きをしており、数値が最も低かった1961年から、最も高い2020年までに、たったの2.6倍までしか増えていない。
 相対賃金は確かに減少し(ピークのほぼ半分)、都市化も以前よりは進んでいるが、ユースバルジの割合があまり高くなっていないことが要因だ。ユースバルジは高かった時期(1980年代)には37%まで達していたが、足元は26%まで減少している。確かに大衆の困窮化は進んでいるのだが、そうした社会情勢下において不和の要素を増す主役となる若者の割合が増えていないため、MMPに基づくPSIの悪化は限定的であることがこの数値に現れている。
 逆に最も大きく数値を跳ね上がらせているのがEMPだ。excelファイルにおけるeliteがエリート人口割合で、epsilonはεという記号で表現されている相対エリート収入のことだろう。この他に政府雇用割合もEMPの計算には入ってくるのだが、Turchinのプレプリントではその数字はあまり変わらないものと想定している。彼がよく書いている「人口や経済規模がどれだけ増えても、大統領は1人、上院議員は100人」といった、政治ポスト数の限定度合いを受けた想定だろう。
 EMPは最も低かった1984年に比べ、2020年では実に6倍弱まで膨らんでいる。エリート人口比率が最も低かった時期から2.8倍近くに膨らんでいる一方、逆数で計算する相対エリート収入は高かった時期の半分以下にまで減っているためだ。エリートの数が増えて彼らの相対的な収入が減少し、結果としてエリート内の競争激化が進んでいることを如実に示す数字である。PSI上昇の大きな要因となっているのが、まさにエリートの過剰生産であることが分かる。
 最後にSFD。excelファイルのRelDebtがGDPに占める政府負債の割合であり、Distrustは政府への不信感を示していると思われる。両者を掛け合わせたSFDは最も低かった1965年に比べ2020年には6倍強まで膨らんでおり、比率で見れば最も激しく悪化した指標となっている。PSIの3要素はどれもこれも上昇しているのだが、その度合いについては一様ではない。
 また3要素が最も低かった時期のずれも興味深い。最も早く底打ちしたのはMMPの1961年だが、これが相対賃金だとピークは1958年となる。大衆の困窮化は政治ストレスの中でも先頭を切って始まったわけだ。その次がSFDの1965年だが、財政の悪化は1975年から開始と少し遅れている。そして一番最後まで悪化の開始が遅れたのがEMPの1984年。特に相対エリート収入の悪化が始まったのは1989年からであり、彼らは最後に政治ストレスに襲われた格好となる。
 PSI全体で見ると最も低かったのは1966年と、MMPやSFDが悪化し始めた時期と近い。全体として政治ストレスが増す中、大衆と国家財政を犠牲にしながらエリートのみが利得を貪っていた時期がしばらく続き、でもやがてエリートたちの間でも分け合うパイがなくなり始めたのに伴ってPSIの上昇に歯止めがかからなくなっていった、という流れだ。2020年のPSIは最も低かった時期の実に54倍に達している。

 ちなみにトランプが選挙に勝った時、彼の政権がPSIを引き下げられるかどうかについて検討したことがある。結論から言うと全然、引き下げられなかった。2020年のPSIはトランプが大統領になる前の2016年に比べて39%も増加している。MMP、EMP、SFDそれぞれの数字もこの4年間に上昇しており、トランプ政権下で米国の「不和の時代」が酷くなっていることは間違いない。
 だが彼以前の大統領たちに比べトランプ政権が特に悪かったと考えるなら、それは間違いだ。PSIの増加率は第1期オバマ政権の方がずっと上だった(93%増)し、その前の子ブッシュ政権は第1期(43%増)も第2期(57%増)もトランプ政権よりPSIを大きく伸ばしている。
 むしろトランプは、MMPとSFDについてはオバマ政権時代よりも悪化度合いを抑制していたほどだ。MMPの増加は4年でたった3%、SFDは7%しかなく、オバマ政権の第1期、第2期のどちらよりも低い。最も伸びが大きかったのはEMPの25%だが、これも子ブッシュ政権の第2期(28%増)や第1期(29%増)と比べれば実は少なかったりする。トランプの統治が失敗だったと主張することは、米国の最近の歴代政権は全部失敗だったと主張するのと大して変わらない。
 では戦後の米国政権でPSI悪化に対して最も責任があるのは誰だろうか。PSIがマイナスからプラスに転じたのは民主党のリンドン・ジョンソン第2期がそれに相当するし、悪化率が最も大きかったのは上にも述べている通り、オバマの第1期だ。一方、伸び率を低く抑えた政権として名前が挙がるのもカーター(3%)、クリントン第2期(9%)といった民主党政権。共和党が大統領の時代は極端に振れるのではなく、安定してコンスタントにPSIを悪化させていたと見ることもできる。
 面白いのは、最近の政権でMMPを改善させた数少ない例の1つが共和党の父ブッシュ(5%減)であり、一方SFDを改善させたのが民主党のクリントン第2期(16%減)である点だ。一般的に共和党は大衆寄りでない政党だと思われる一方、民主党は大きな政府志向が強いとされているのだが、この両者が政権にあった時代はむしろ逆方向に舵を切っていたように見える。
 もちろん政権に就いていた時代のPSIの変化が全てその政権の意向で決まったわけではないだろう。むしろグラフを見ても分かる通り、財政政策次第で多少はコントロールできるSFDを除き、歴代政権はもっと長いタームで起きた変化に押し流されていた、と考える方が辻褄が合う。トランプ政権は不和の時代の原因ではなく、むしろトランプ大統領こそが不和の時代の産物なのだろう。
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