鐘楼から鐘楼へ

 なんかこんな話が一部で言われていた。まあ商業出版だしやらかしてしまうとツッコミが入るのは仕方ない(まさか日本の出版物について中国語圏からツッコミが入るとは思わなかっただろうけど)。一方で、人間のやることなのでミスをゼロにはできないだろうとも思う。粛々と訂正なりお詫びなりを出すのがいいんじゃないかな。
 そもそも歴史上の人間だけでなくフィクションの人物まで投入し、おまけにその中身はオリジナルとはかけ離れた存在(性別が違うなど)になっているゲームの登場人物について、わざわざ史実に関する説明を試みたこと自体が間違いな気もする。最初から「この作品はフィクションであり、実在の人物とは関係ない」としたうえで、ゲーム内設定だけ語っていればぼろを出さずに済んだんじゃなかろうか。余計なお世話だけど。

 というわけで今回はこの件そのものではなく、取り上げられた「引用元」の、さらに大元について紹介しておきたい。遡った源はナポレオンが1815年3月1日付で出した布告であり、当然のごとく著作権は既に切れているので、いくら取り上げても剽窃だ何だと訴えられることはないはず。そもそも彼の布告はgoogle booksなどで誰でも無料で読むことができる。今や人類共有財産となっているわけだ。
 今回の「剽窃元」となった書物にある通り、この文章はフランス国民向けと、兵士向けの2つの布告から抜粋したものだ。フランス国民向け(Au peuple Français)の文章はこちらで読むことができる。全部で3ページとプラスアルファしかない短い文章だが、そのうち問題になっている部分はp3にある。日本語は以下の通り(あくまで私自身の翻訳である)。

「フランス人よ! 私は流刑の間、諸君の不満と期待とを聞いた。諸君が求めるのは自らが選んだ政府であり、それのみが正当な政府だ。
 諸君は私の長い休眠を糾弾し、祖国の偉大な利益を自らの休息のために犠牲にしたことを非難した。
 私はあらゆる危険のただなかにおいて海を越えてきた。諸君のものでもある私の権利を取り戻すため、私は諸君らの中へとやって来た」

 見ての通り、引き写された元の日本語訳それ自体に欠落というか翻訳していない部分が存在することが分かる(最初に紹介したtogetterの中にもそういう指摘があった)。個人的には途中に(中略)なり……なりを入れておく方が誠実な訳し方ではないかと思う。結果として今回の「孫引き」でも該当部分が欠落したままになっており、なおかつ(中略)といった表記も存在しない。本来の文章を知りたいと思う人にとっては残念ながらとても不親切な文章と化している。ゲームの関連本にそこまで求めている読者が多いとは思わないが。
 次は軍に対する布告(A l'Armée)だ。同じく1815年3月1日付で書かれたこの文章は、全体で4ページとこれまた短い。該当部分は4ページ目冒頭の段落のうち、後半にあるセンテンスの一部のみを訳したものである。印象的な表現だけを引っ張り出しているわけで、これまた歴史上の記録を知ろうとするうえでは不十分極まりない抜粋である。というわけでこちらも段落全体の私訳を載せておこう。

「兵士諸君! 来たりて諸君の指揮官の旗の下に集え。この旗の存在は諸君の存在によってのみ成り立っており、その正しさは人民と諸君らの正しさである。その利益、名誉及び栄光は、諸君の利益、名誉及び栄光以外の何物でもない。勝利は駆け足とともに進む。鷲は国旗とともに鐘楼から鐘楼へ、そしてノートル=ダムの塔へと飛んでいくであろう。かくして諸君は自らが成し遂げることを自賛する。諸君は祖国の解放者となるのだ」

 これまた今回問題になった文章が、大元の一部のみを翻訳したものであることが分かる。ただし日本語訳本の方は省略部分を……で示しているので、最初の人民向けに比べれば誠実な訳し方だと思う。一方、孫引きの方は前後をぶった切っているのに加えてノートル=ダムの「塔」が抜けている。ただ、前後や途中をぶっこ抜いた翻訳は世の中では正直ありふれており、ナポレオンの布告を英訳したものの中にもそうした事例はある(The Dublin University Magazine, Vol. XXXのp653など)。
 ちなみにこの「鷲が云々」という言葉もこの戦役関連では有名なフレーズであり、実際に映画ワーテルローの中でもMy eagles will fly from steeple to steepleという文言が使用されている。ヴィクトル・ユゴーのレ・ミゼラブルでも鐘楼から鐘楼へと飛ぶ鷲の言及がある(Les Misérables, Tome Troisième, p127)。日本語では上記に紹介されているもの以外に、こちらの本にある「兵士たちよ、おまえたちの指導者の下に集まれ……勝利は、進軍の太鼓の音にのり、かけ足でやってくる。鷲は、フランス国旗と共に鐘楼から鐘楼へと飛翔し、ノートルダムの塔にたどり着くだろう」という翻訳も存在する。
 この言い回しが有名になった理由の一つは、これらの文章がナポレオンの出した布告後もくり返し様々な形で出版されているためもあるだろう。ワーテルロー戦役が終わった1815年8月には既にBulletin des loisの中にそれぞれの文章が採録されている(p1-5)。もちろんCorrespondance de Napoléon 1er, Tome XXVIIIにも収録されている(p1-5)。

 で、問題はこれから。現在、google翻訳の質がかなり向上していると言われている。ではこのナポレオンの布告原文をそのまま日本語訳した場合、その著作権はどうなるのだろうか。
 もちろんこの問いが成立するためには、まずgoogle翻訳の結果が日本語として真っ当でなければならない。というわけでフランス語から直接訳してみたところ、「勝利は全速力で行進します。 ナショナルカラーのイーグルは、鐘楼から鐘楼、ノートルダムの塔へと飛んでいきます」(まるしーgoogle)という残念な翻訳が出てきた。うーむ、さすがにこれは使えない。couleurs nationales(国旗)をナショナルカラーとするのはさすがに誤訳だ。
 別の手は使えないだろうか。フランス語から直接ではなく、英訳されたものをgoogle翻訳にかけるのだ。幸いにして1820年出版のHistory of the French Revolution and of the Wars, Volume IIにはナポレオンの布告の英訳がある(p943)。これだけ古ければ翻訳がらみの著作権もおそらく消え去っているだろうから、使っても文句はない、はずだ。
 だが結果は「勝利は突撃ステップで行進する。 民族色のワシは尖塔から尖塔へ、そしてノートルダムの塔へと飛ぶでしょう」。残念。「突撃ステップ」も苦しいが、何より「民族色」がダメだ。どうやらgoogle翻訳にとってはcolorが鬼門であることが分かる。google翻訳を使った場合、著作権はどうなるんだろうと悩む以前の問題である。
 結論。日本語訳をどこかの書物から安易に抜き取って書くのは拙いから原文もしくは英語あたりからgoogle翻訳して、という手法は簡単には使えないことが分かった。というわけで今回のような問題を避けたいのであれば、やはりここは著作権に反することがないよう、素直に引用のルールに従い、引用元を明示したうえでまともな日本語て紹介するのがいいんだろう。当たり前の話だけど。
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