Great Awokening

 米国の騒ぎは簡単には落ち着かないようだ。シアトルではデモ隊が一部地域を占拠し、その結果として大統領と市長がやりあうといった現象も起きている。暴動や略奪といった動きは減っているようだが、抗議行動は収まる様子はない。例えばNFLでもその影響は受けており、NFLは250ミリオンの寄付を約束したし、RavensはBlack Lives Matterに関するビデオを投稿した。
 ここまで人種問題が幅広いインパクトを米国社会に及ぼすとは思わなかった。Covid-19の影響で色々な問題点が噴出するだろうとは想像していたが、どちらかというとそれは所得や学歴といった階層(クラス)に伴うものだと考えていた。例えば5年前に書いたエントリーでは、米国が人種問題を「ある程度は」過去の歴史にしたのではないかと見ていたくらいだ。
 だが黒人大統領が誕生するところまで社会が変化したところで、米国内ではむしろ人種が問題であるとの見方が広まっていたようだ。それを象徴する言葉として、最近よく見かけるようになったのがThe Great Awokeningである。元は数次にわたる米国における信仰のリバイバル運動を意味するGreat Awakeningという歴史用語をもじった言い回しだが、Great Awokeningはキリスト教とは関係なく、むしろ政治的なものの見方、政治的正しさ(Political Correctness)に関する「覚醒」だ。
 最初にこの言葉を広めたのはこちらの記事。南北戦争前に起きた宗教的な扇動と同じように、およそ2014年頃から特に民主党支持層の間で広まった変化について紹介したものだ。注意すべきなのはそれが比較的最近になって始まったこと、しかしトランプ政権誕生前に生じた点だろう。
 記事中にあるグラフを見れば、その変化が窺える。白人と同様の権利を黒人に与えるべきと考える人の割合はオバマ政権の後半から上昇を始め、黒人たちが成功できない理由は人種差別によるものだとの割合がかなり増えている。特に民主党支持者の間で最近になってそれらの割合が大幅に高まっており、共和党支持者の間では横ばいもしくは低迷している。米国の半分で、最近になって人種問題をより深刻に捉える人の割合が急増しているのだ。
 人種だけではない。Great Awokeningのもう一つの特徴がダイバーシティ(多様性)礼賛だ。移民が米国の強みになるという見解は、最近までは「重荷になる」という見解と似た比率だったが、足元でやはり急上昇している。中でも民主党支持層では(こちらでも紹介したように)実に84%もの人が「強み」だと見ており、これまた短期間でその考え方が大きく変化している様子が分かる。
 所得や学歴が対立軸にならなくても、背景に格差問題があることは想像できる。民主党支持者に格差の原因を聞いたところ、かつては圧倒的に個人の意思の問題とされていたのが、足元では急激に差別問題が原因という回答の割合が増えている。黒人が努力すれば白人並みになれるという問いや、他のマイノリティーが偏見を乗り越えたように黒人も自力で乗り越えるべきという問いに対する反対の割合もまた、民主党支持者の間で高まっている。何より、黒人より白人リベラルの間で、そう答える割合が高まっているのが重要だろう。今や白人リベラルは黒人やヒスパニックより圧倒的にダイバーシティを支持している。彼らよりむしろ非リベラルの白人の方が黒人やヒスパニックに意見が近かったりするほどだ。
 似たような分析は最近、FiveThirtyEightでも行われている。黒人の生活水準を上げるため政府は特段の義務を負っているとの考えについて、かつては民主党支持層でも黒人と白人の間で見解の差が大きかったものの、足元ではその差が狭まっている。そして民主党支持層の中でもリベラルが特にその傾向を足元で加速している。
 そして実は共和党支持者の間でも、少なくとも刑事司法の点においては、民主党支持の白人リベラルと似た考えを持つ人がそれなりにいる。警察の黒人に対する扱いが不当だと考える共和党支持の白人は43%に達し、刑事司法全体が黒人に対してアンフェアだとする割合も39%ある。警察が白人と黒人を平等に扱っていると考える共和党支持者は42%と、そうは考えない人(48%)より低い。今回の騒ぎがここまで大きくなったのも、共和党支持者ですら同情するような事態(警官による黒人殺害)が最初のきっかけになったからかもしれない。

 だがGreat Awokeningという言葉が意味するのは、単なる足元の世論の変化だけではない。それだったら宗教絡みの歴史用語を借りてくる必要などないだろう。この言葉が足元でよく使われるようになったのは、それが含むもう一つの意味、即ち「宗教もどき」quasi-religiousな性格を強調しようとしている面があるからだろう。
 「Great Awokeningの伝道師」と題した記事がそのあたりを説明している。Great Awokeningで主張される「政治的正しさ」は、科学理論や他の経験的な主張とは異なり、宗教的な熱情によって支えられているというのが、この記事の指摘だ。
 それによると、Wokenessの主要なドグマは(1)あらゆる人口グループはおおよそ生物学的に同じ存在である(2)偏見は広く存在する(3)人口グループ間の格差はほとんど全て偏見に由来する(4)我々が真剣に取り組めば、より公正で多文化な社会を作り出すことができる(5)多様性はほぼ常にいいことである――といったものにまとめられる。そしてこれらのドグマに反する見解を表明するものは、Great Awokening的な観点からは即ち差別主義者になる、のだそうだ。
 例えば性的な差異について勉強すればそれは即ち性差別主義者であり、偏見の広まりを否定すれば即ち偏見の持ち主であり、社会的な格差の原因を差別や偏見以外に求めればそれこそが問題の一部とみなされ、そして多様性が悪い事態を引き起こし得ると考える者はやはり差別主義者になる。Great Awokeningの伝道師たちから見れば、例えばセリーナ・ウィリアムズが審判に抗議した件で審判側を支持するのは「性差別的かつ人種差別的」な振る舞いとなる。
 Great Awokeningの背景には社会的ステータスを巡るゼロサム競争があるとこの記事は指摘しているのだが、このあたりは以前「リベラルと競争の果て」で紹介した議論とほぼ同じだ。Wokenessの常識が急速に変わること(上に紹介した世論の急激な変化)、彼らの価値観に関する「純度試験」に失敗したものへの中傷、この運動にかかわる者たちが人々の生活向上のため働くより自分の見解をシグナルとしてツイッターで示すこと(見せびらかし消費)に多大な時間を費やしている点、彼らが大衆の中に仲間を作るための労を惜しんでいるように見えることなど、そのすべてが「自分のステータスを高める」ことを目的としているためだと解釈すれば理解できる、という主張だ。
 ただし、現時点ではこういう視点からの批判より、人種問題に対する抗議活動への支持の方が強まっているのは間違いなさそうだ。NFLが相次いで抗議活動に譲歩するような動きを見せているのもその一例だし、New York TimesがまとめたBlack Lives Matterへの支持に関する世論調査を見ても、特に最近になって急激にこの運動を支持する割合が上昇している。NYTは有名なリベラル系メディアではあるが、それを踏まえてもなおこの割合はすさまじい。米国の混乱は、この状態だとすぐに収まらないかもしれない。

 ちなみに人種問題は日本では縁遠い話と思われがちだが、Great Awokeningの流れ全体からも無縁でいられるとは思えない。個人的には例えばLGBTQに関する国内の議論などは、この数年でかなり様変わりしたように感じられる。多様性を崇め奉るGreat Awokening的な観点が、米国内にとどまることなく他の国に及んでいること、その中には日本も含まれていることを示す一例だろう。
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