オフの課題

 永年サイクルから予想されていた米国のデモや暴動は、NFLにも影響を及ぼしている。もっとも典型的なのがBreesの発言と謝罪。彼は米国旗に対する無礼(disrespecting)に対しては決して同意できないと発言したのだが、チームメイトを含めて多大な批判を浴びることとなった。彼はすぐに謝罪したものの、それ以降もリーグ内では論争が小火のようにくすぶっている。
 例えば複数の選手が行った動画投稿。「人種差別や黒人への組織的弾圧を糾弾し、選手たちの平和的抗議を禁じた過ちを認め、黒人の命の大切さを尊重してほしい」というメッセージを込めたもので、これに対してはコミッショナーが「選手の声に耳を傾けなかったのは誤りだった」と認める動画を投稿するなど、対応を急いでいる様子が窺える。
 なぜNFLでここまで事態が深刻に捉えられているかは、数年前の出来事を知っている人ならすぐに理解できるだろう。Colin Kaepernick問題があるからだ。正直、彼は今回の暴動の結果として、ある意味で象徴的な存在になってしまっている。彼の問題が何であるかを知らない人は、たとえばこちらの記事を読んでもらうといいかもしれない。彼が始めた人種差別への抗議としての「国歌演奏時に膝をつく」行為が、今回の事態でデモや抗議に対する連帯の姿勢を示すジェスチャーになっているのだ。
 米国の警察官だけではない。カナダ首相英国のサッカーチームなどでも同じジェスチャーが行われており、大勢の人間が参加する例も出てきている。ここまで広がったムーブメントの大元となっているリーグが、騒ぎと無縁でいられるわけがない。
 そもそもNFLは米国の各種スポーツ内でも特定党派に偏らないファン層を持っていることで知られているFiveThirtyEightの記事によれば、NBAやMLBはかなり民主党寄り、NASCARや大学フットボールは共和党寄りのファンが多いスポーツだが、NFLはちょうどそれらの中間に存在している。それだけバランスが取れているように見えるかもしれないが、実際には両者の党派争いの舞台になりやすいスポーツだともいえる。そもそも人気トップで注目を集めやすいリーグだけに、世間の関心から逃れることは無理だろう。
 個人的にKaepernickはそうした党派的な争いの犠牲になってしまった選手だと思っている。今の米国が永年サイクルにおける危機フェーズへの移行期でなかったなら、多少は騒ぎになったとしても彼がNFLで全くプレイできなくなるほどの事態には至らなかったのではなかろうか。彼の成績は49ersをクビになった時点で右肩下がりだったが、バックアップとしての仕事すらないというのはさすがに異常。こんな時代でなければもう少しは現役を続けられたのではないかと思う。
 トランプ大統領になって以来、Kaepernickがやってきた膝つき抗議は下火になっていたが、今回の騒ぎでまた火の手が上がることは避けられないだろう。スポーツ興行は人気商売であり、ファンにそっぽを向かれては話にならない。だが上に紹介したFiveThirtyEightの記事を信じるなら、NFLのファンの中には今回の抗議活動を支持するものも、逆に支持しないものも幅広く存在するはず。どちらに振っても反対側のファンから非難を浴びそうな事態であり、Goodellもさぞや悩んでいることだろう。

 でも彼の悩みはそれだけでは済まない、という指摘も出ている。サラリーキャップを巡る問題が生じかねない、という話だ。こちらの原因はCovid-19。もし感染流行の終息に時間がかかり、例えば大規模な無観客試合が必要となった場合、あるいはそもそも試合ができない場合、それによって生じる収入減が2021シーズンのサラリーキャップを引き下げる要因になる可能性が存在する。
 何が起こり得るのか。Jason FitzgeraldがOver The Capのエントリーで説明している。NFLの収入は主に3種類。1つはテレビマネーであり、次はネット中継のGame PassなどNFL関連のベンチャー企業が取り組んでいるもの、そして最後は伝統的なスタジアムでの売り上げだ。そして試合の中止や無観客試合などの影響を最も大きく受けるのはこの最後の収入である。
 Packersのデータなどを基に推測すると、スタジアム収入をはじめとした地元収入の割合はかなり高く、全体の45%を占めるという。実際にはどのくらいの試合ができるかによって数字は変わってくるが、Fitzgeraldの推測によれば、何もなければ215ミリオンまで増えていたであろう2021シーズンのサラリーキャップが、場合によっては130ミリオンから175ミリオン程度まで減ってしまうことが考えられるそうだ。後者の数字であっても14チームはキャップ超過になるし、前者なら4チーム以外は全てキャップが破綻する計算になるそうだ。
 もし本当にそうなったら、各チームは選手たちの大量解雇を強いられることになる。それも2021年を待たず、今シーズンの開始前からだ。来シーズンに少しでもキャップをキャリーオーバーするためには今のうちにカットしてキャップスペースを大きく開けておかなければならない。開幕が接近し、試合への影響が見えてくれば、特にデッドマネーの発生しない選手たちが続々と首を切られる事態が早ければ数ヶ月後にも発生しかねないわけだ。
 上で紹介したNFL Japanの記事は、そのような極端な事態を回避すべくリーグとNFLPAの間で対応を模索する動きが始まっている、というものだ。1つは将来の収入から前借りすることで2021シーズンのサラリーキャップの変動を少しでも均す方法。またperformance based payなる資金プールを廃止するという方法も上がっているそうだが、どのくらいの金額効果があるかはよく分からない。
 さらに興味深いアイデアが、将来のキャップを前借りするのではなく、2020シーズンのキャップを減らして来年以降に回すという方法だ。だがFitzgeraldはこれは難しいのではないかと見ている。契約内容が選手ごとにかなり異なっており、単純に削減するのは困難だし、限られた期間で交渉をまとめ上げるのも難しいという理屈だ。
 Fitzgeraldが案として出しているのは、キャップの増加率を最初から限定的な水準に決めてしまい、Covid-19によって発生した落ち込みを埋め合わせるまではその増加率に従ったサラリーキャップを継続するというもの。エントリーに載っている表の場合、何もしなければ2021シーズンのサラリーキャップが133ミリオンになるのを206ミリオンとしておき、そのうえで2022シーズン以降の収入回復より低い伸びを続けて2027シーズンには巡航速度に戻すことになっている。実際にこの数字になるかどうかはともかく、基本的な考えは「将来の前借り」になる。
 あと、目先の解雇を抑制する方法として彼が言及しているのが、今シーズンの支払いの一部を2021シーズン以降のキャッシュミニマム、つまりチームに求められている最低限の支払いに計上するのを認めるというやり方だ。サラリーキャップとは別にリーグと組合の間でこの「最低限の支払い」が合意されているが、足元の計上分を将来の必要経費に繰り込むことができるなら、足元で選手をカットし将来の必要経費を今のうちに確保するという行動を抑制できる、という理屈かもしれない。

 目の前で必要になるのは急変緩和措置である、という認識はおそらくリーグも組合も同じだろう。そしてその際に最も手っ取り早いのが将来のサラリーキャップの前借りであることも確かだ。問題は交渉期間が極めて短いこと。キャンプ開始前にはリーグと組合がきちんと合意にたどり着き、短期的な影響をできるだけ抑制できる体制を作ったうえで、実際に試合をどうするか判断をしていく状態に持ち込むことが必須だ。
 といってもこうした動きは表面にはあまり出てこない。断続的な報道以外は、いつものように動きの少ないシーズンオフがしばらくは続くんだろう。ただし今年のオフシーズンは例年とは異なるオフシーズンである点を忘れない方がよさそうだ。
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