ウイルスとアサビーヤ

 引き続きトイグン=ハウゼンはお休みし、新型コロナウイルスの話を。
 首相がとうとう「長期戦の覚悟」を口にした。当初は1~2週間といった言い回しが多く使われていたが、世界的な状況を見てもそれで済む話でないことは既に明白だったわけで今更感が無きにしも非ず。それでも明確に口にしたことは重要だろう。少なくとも国のトップが「4月12日までに経済活動再開」を考えているところよりは真っ当に見える。
 状況は決して楽観視できない。首都では足元で急激な感染者数の増加が続いており、その数字は事前に専門家が出していたものを大きく上回っている。北海道や京阪神、あるいは愛知といった少し前まで懸念されていたところが落ち着いているのと比較しても、今や首都圏が最大の不安材料であることは間違いないだろう。
 あちこちで紹介されている新型コロナウイルス対策ダッシュボードのデータでも、感染症病床数との比較で危険な状態にあるのが大都市であることははっきり示されている。東京、大阪、神奈川、埼玉といったあたりは、このデータが正しいのなら既に限界にきているとも考えられる状態であり、都知事が「ぎりぎり」と発言するのも分からなくはない。
 一部で4月早々にもロックダウンが始まるという怪しげな噂も流れ始めている。この週末は自粛要請が効いたのか、繁華街の人出はかなり減ったようだが、つい一週間前の連休はそうでもなかったし、足元で出てくるのは1~2週間前に感染した人の数字。今しばらくは増える可能性が十分にあるのは確かだ。ただしロックダウンに踏み切るほどの数字になるかどうかは、見てみないと分からない。
 たとえロックダウンに至らずとも、週末の外出自粛要請及び平日の在宅勤務や時差通勤要請は継続されるだろう。この状態ではしばらく大規模イベントも事実上開催不能だ。さらには新入社員を4月は自宅待機にさせる企業も登場しており、経済活動への影響は避けられない。「長期戦の覚悟」とは、一時的なものではなく長期にわたって経済的に圧迫される覚悟をしろ、という意味である。
 最初にこのウイルスの話を取り上げた際に述べた「コントロールしようとすれば経済が死に、諦めれば人が死ぬ」状態が早くも現実化している。しかもその課題に直面しているのは、特定の地域や国だけではなく世界中だ。中には感染が広まっている地域から逃げ出せば何とかなるという「デカメロン」時代の対策に走る人もいるようだが、イタリアではそのせいで感染が北部から国全体に広まった。おそらく人類がこのウイルスから逃げ切るのはもう無理だろう。

 同時に今ほど社会の持つアサビーヤが試されている時はないとも思える。ニューヨーク州のクオモ知事は、厳しい時期に手を貸してくれる人々について言及しているが、同時に同じ米国内ではニューヨーク州から逃げ出そうとする人と、それを追い詰めるロードアイランド警察の話も伝えられている。まさにグループの利益と個人の利益が相反する場面が生まれているのだ。
 病気から逃れようとする大衆レベルの反応だけにとどまらず、エリートの対応も問題になる。Nate Silverの記事を読むと、パンデミックに対する反応も完全に非政治的とは言えないことが指摘されている。しかもその問題は今後、さらに深刻になる可能性がある。
 足元で感染者が多いのはニューヨーク、カリフォルニア、ワシントン州など、いわゆるBlue State(民主党支持の州)だ。だが直近の増加率を見ると、急激に増えているトップ10州のうち9つまでがRed State、即ち共和党を支持する州である。中でもルイジアナ州などは一部でマンハッタン並みの感染が生じており、オーバーシュートに至っている可能性がある。
 困ったことにRedはBlueに比べてウイルス対策に遅れが見られる。住民に対する感染テストの割合が高い州はその大半がBlueであり、1万人あたり21.8人を検査済みなのだが、Redを見るとこの数字は12.5人にとどまる。現時点でRedの方が感染者数が少ないのは検査が少ないことも影響している可能性がある。そして感染者のうちの致死率はRedの1.7%に対してBlueは1.3%。感染者が増えた場合、Redの方が死者がより膨らむ可能性があるのだ。
 例えばミシシッピ州では共和党の知事が州内の「ほとんどのビジネスは必要なもの」として、social-distancingの例外と見なすと宣言した。これを受けて実際に一部の市ではロックダウンが解除されたそうだが、ミシシッピ州はオーバーシュート状態のルイジアナに接しており、感染者数は4日前の倍以上に拡大している。知事の対応がもし感染の拡大につながるようなら、政治的に相当なリアクションが起きるだろう。
 米国だけではない。地域対立を内包している国であれば、あるいはEUのように国の寄り集まった状態であれば、それぞれの間に存在する感染度合いの差がアサビーヤを掘り崩す事態につながる懸念もある。こちらのサイトには数多くの国や地域のデータがグラフ化されており、現状をつかむうえで参考になりそう。欧州諸国は国によってはいったん拡大を抑え込んでいるところもある。米国ではワシントン州やイリノイ州が比較的踏ん張っている一方、ルイジアナやミシガン、コロラドといったところはニュージャージーの後を追う形で最も高い増加率を続けている。
 コロナ後をにらんだ対立を予想する人もいる。以前紹介したこちらの記事では、最後にビジネスへの影響として、ウイルスとの「共生をとった国と、封じ込めで根絶できた国で、世界が2つに別れる」ことになり、それぞれ別の経済圏を作ると見ている。中国をはじめとしたグリーン・ゾーンが相互に行き来できるようになるのに対し、レッド・ゾーンは鎖国を続けて経済的に立ち遅れるという指摘だ。こちらのツイートも同じ主張である。
 ただ個人的にこうした場面が生じるとしても、そう長続きはしないと思う。感染が広がるレッド・ゾーンでも、集団免疫を獲得するところまでたどり着けばもはや国境を閉ざす必要はない。そしてそうした国の方が多くなれば、むしろそちらこそが大きな市場となり、彼らと行き来できないグリーン・ゾーンは狭い市場に閉じ込められる。それにそもそもワクチンが開発されれば、こうした区別の意味はほとんどなくなるだろう。そんなことを気にするよりも、目先のウイルス対策に全力を投入する方がはるかに重要ではなかろうか。

 それにしても、今回の騒動では改めて前に紹介したジョンズ・ホプキンス大の予想の正確さに舌を巻いた。我々が持つ科学技術は、上手く利用すればこうした形で「課題を事前に発見し、準備できるようにする」ことすら可能にするほど素晴らしいものなのだ。問題は、課題を示された社会の側にどこまで対応能力があるか。ビル・ゲイツは5年も前からその危険性に気づいていたようだが、残念ながら彼は我々の社会においてあくまで「少数の例外」にとどまっていたようだ。
 とはいえ今更政治を責めても仕方ない。世界中の政治家がいずれも対応に遅れてしまったのを見ても、人類にとって難しい敵だったのだろう。とにかく今からでもできることをすぐやる。それも互いに協力しながら。Branko Milanovicが指摘しているように、最悪なのは社会の崩壊だ。そうならないだけのアサビーヤが我々の社会に残されていることに期待しよう。
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