続・労使協定案

 さて、一気に決まるのではないかとの見方もあったNFLの新労使協定だが、NFLPA側が週内の投票を見送ったことにより、事態が不透明化してきた。3月18日までに双方が合意していれば2020シーズンから新しい労使協定での運用が始まっていたのだが、このままだとそうはならない可能性が高そうだ。
 現状についてはESPNの記事が分かりやすくまとめている。NFLPA側は提案にあったシーズンの試合数増に対する懸念から、翌週も改めてオーナー側と交渉を続けることを決めたという。だがオーナー側は今回の提案が認められなければ労使協定案が拒絶されたとみなし、2020シーズンは現在の労使協定下で進めるつもりらしい。一応、両者は火曜日にまた会うことになっているが、そこで合意がなされるかどうかは分からない。
 オーナー側はなぜシーズン17試合に増やそうとしているのか。ESPNの記事によると「主にテレビとの交渉のため」だそうだ。ゲーム数が増えるほどテレビ局がそれに支払う金も増える。売り出せる商品の数が増えれば売上高も増えるに違いない、という単純な理屈だ。一方、選手側はただでさえ怪我の多いスポーツの試合数が増えることを問題視している。
 今の時点で交渉がまとまらなくても、いつぞやのようにロックアウトが行われたり、あるいは昔のように選手がストライキをするといった事態にはならない。2020シーズンは今の労使協定がまだ生きているからだ。だが合意が来年に先延ばしになれば、その際には似たような状態に陥ることは十分に考えられる。焦る必要はないが、注意深く見ておいた方がいいのだろう。

 一方、今回の提案に関してサラリー的にどう見るかについて、Over The Capに簡単な説明が載っていた。NFLPAがリリースした労使協定案のファクトシートに基づくもので、いい点、悪い点、どちらでもない点に分けて評価している。
 単純に数えるといい点は3つ、悪い点は4つ、どちらでもない点が6つあり、全体的には少し辛い評価に値するように見える。だがJason Fitzgeraldは、今回の提案が酷いものだという評価には与せず、2011年の労使協定が4歩後退だとしたら、今回は1歩半の前進だとしている。特にミニマムサラリーの引き上げと、ドラフトよりUDFAの方が有利になる可能性があった仕組みの見直しについては、素直にいいものだと見ている。
 逆に悪い提案と考えているのが、まずはチームの最低限の支払いをキャップの90%としていること。実際には既に全チームがこの条件を満たしており、現状追認以上の意味はない。
 そうした細かい事象ではなく、もっと大きなテーマとしては、まずルーキー契約の期間短縮について言及がなかったことが拙い。NFLにおいては若いうちほど価値の高いプレイができるポジションがあるが、現在の4年を原則としたルーキー契約であれば、最もいいパフォーマンスを演じられる時期に強制的に安いサラリーを押し付けられることになってしまう。
 次の問題が収入のうち48.5%を選手側に割り当てる部分。Fitzgeraldは、50/50で山分けにしない理由はないとしている。チーム自体の資産価値が多いチームだと年間20%も上昇している現状、オーナーたちはただでさえその資産価値のもたらすメリットを独占している。ストックの価値上昇による利得を得られるのがオーナー側だけなのに、インカムの分配でもオーナー側が過半を持っていくのは欲張りすぎではないか、という理屈だろう。
 最後に問題視されているのは、今回の労使協定が10年間有効とされていること。運用を始めてみてそこに問題が発生した場合、あるいは環境が変わって今までは問題視されていなかったものが議論の対象となった場合、もっと短期間で修正できるようにした方がいいというわけだ。5年以上長く続ける理由はないとFitzgeraldは指摘しているが、当事者にとっては倍の頻度で見直すのは余計な手間かもしれない。
 個人的にはフランチャイズやトランジションといったタグ制度についてNFLPAのファクトシートに言及が見当たらないのも気にかかる。こちらの記事によると、労使協定案で合意されればチームは1シーズンにどちらか一方のタグしか使用できなくなるはず。とりあえず今年のところはタグの期間を2日後ずれさせ、合意した場合のルール変更に備えるようだ。

 ただし注意しておくべきことがある。Over The Capが紹介している「いい点」「悪い点」とは、基本的に選手にとってのいい点、悪い点である。どうもネット上でサラリーキャップについて語っている人はそのほとんどが代理人と同じ視点に立っており、だから代理人の雇用主である選手たちの利害を自分たちの評価の基本においているように見える。
 でも選手にとっての良しあしと、ファンにとってのそれは異なる。こちらの視点から見ると、例えばオーナーの儲けすぎ批判はあまり気にならない問題となる。たとえ質素なオーナーがいても、彼が余計な介入をしてチームが弱くなる方がよほど非難に値するだろう。労使協定にしても、例えばもし選手側が同意できずにストライキをうつような場面になれば、選手たちを批判するファンが出てきても全く不思議はない。
 結局のところファンの視点で見ると、贔屓チームが勝ちやすい状況が生まれるかどうかが重要であり、その目的に沿わなければオーナーだろうが選手だろうが糾弾すべき対象となる。だからファン全員を満足させられるようなルールはない(全チームを優勝させることはできない)。やるとしたらできるだけ全てのチームに優勝の可能性が等しくあるようなルールを制定し、実際に毎年優勝チームが目まぐるしく変わるのが当たり前の状態を築き上げることではなかろうか。
 その視点で見ると現在のNFLの仕組みはかなりうまく回っている。1970年代、Super Bowlに出場できたチームは9つしかなかった。しかも延べ20チームのうち15チームはたった4つのフランチャイズ(Cowboys、Steelers、Dolphins、Vikings)で占められていた。一方、2010年代になると出場できたチームは13チームに増加。最も多いPatriotsの5試合こそ突出しているように見えるが、この数は70年代のCowboysと同じであり、2番手以下は2010年代の方が圧倒的にバラけている。間違いなく今のサラリーキャップ制度は「優勝できる可能性をできるだけ多くのフランチャイズに広げる」という目的を達成していると言えよう。
 ただし、Super Bowlへの出場チーム数は実は2000年代の方が多かった(14チーム)。それが減ってしまった理由の一つに2011年以降の労使協定があり、この協定が突出して強い1チーム(Patriots)をより有利にさせたのではないか、という疑惑については以前も触れたことがある。新労使協定はむしろダイナスティを強化させたのかもしれない。
 ならば労使協定の見直しに際し、ダイナスティを弱めるような制度を導入することがファンにとっては正しい改革の方向となるだろう。求められるべきは「安いベテラン」を簡単にかき集められないようにすること、そのためにルーキー契約をもっと引き上げることだ。引き上げ方としてはOver The Capで言われているようにルーキー契約期間を短くする方法もあるし、ルーキーへの割当額を引き上げる手もある。もっと単純にルーキー契約という仕組み自体をなくしてしまうことも考えられる。
 とはいえ最後の方法は2010年以前の「ドラフト上位指名がサラリーキャップの大きな負担になる」問題を再燃させる恐れがあることも確かだ。この場合、特定チームが強くなるという形ではなく、弱体チームが常に弱体なままであり続けるという現象が起きる恐れがある(2000年代のLions、Browns、Raidersなどがその例)。そう考えるとルーキー契約自体は残し、ただしその期間を大幅に縮めるというOver The Capの提案手法がかなり有効なように思える。
 実際のところ、現在のルールはドラフトでのツキに頼ったチーム作りが効果を発揮しやすくなっているように思える。加えて新労使協定案では、プレイオフ出場チーム数の拡大によってプレイオフでもツキが左右する要素を増やそうとしている。実力の影響する度合いが減り、ツキの影響が増えれば、確かにより多くのチームに優勝の可能性が見えてくるだろう。ファンを喜ばせる方法としてはアリだ。ただし、優勝チームがどのくらいの実力を持っていたかについては、以前よりも疑問を持たれる可能性が増えそうだが。
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