アイオワ

 4年前は米大統領選について色々と書いた。今年はほとんど触れていないが、状況を見ていないわけではない。今回は共和党の候補が変わる可能性がほとんどなく、面白い予備選になりそうなのが民主党側だけである点も、なかなか取り上げる気にならなかった一因だ。
 その民主党の予備選も、前の副大統領であるバイデンがかなり優位と見られていた時期が長く、さして面白みのある展開ではなかった。……アイオワまでは。
 アイオワの党員集会は米国ではdisasterとまで呼ばれている。集計に使われることとなっていたアプリの不備で投票結果が出るのに時間がかかり、おまけに出てきた結果が怪しいということで再集計の可能性も残されている。民主党にとっては大失敗と言われても仕方ない。
 ただし、州単位での勝敗は、民主党の予備選にとってはあまり重要だとは思えない。2016年の時は共和党の予備選において多くの州で勝者総取りというシステムが採用されていたため、州単位でどちらが勝ったかが極めて重要な意味を持っていた。だが今回の民主党の場合は代議員の数が少し変わる程度だろう。重要なのはトップか否かよりも、どの程度の支持を得られたかだ。
 そしてその点でアイオワは事態を混乱させる大きな影響があった、とFiveThirtyEightは見ている。直前までの予想を見ると分かるのだが、アイオワではサンダースとバイデンがトップを争い、ブティジェッジとウォーレンが3位争いをするであろう、というものだった。
 だが蓋を開けてみるとサンダースとトップを争うのはブティジェッジであり、バイデンはウォーレンの後塵を拝して4位にとどまった。このインパクトは大きく、FiveThirtyEightの予想モデルではバイデンの順位が大幅に低下し、その分だけ他の候補の順位が上昇するという現象が生じた。最有力候補と見られ、選択肢としては非常に穏当(党内穏健派にして長年の政治経験あり)な人物の勝つ確率が急激に下がったわけで、要するに傍観者的には非常に面白くなってきた。

 アイオワの結果(まだ確定とは言えない)を受けFiveThirtyEightの予測モデルが出したのは、バイデンの確率低下だけではない。急激に評価を上げてトップランナーに躍り出たのがサンダースである。一時は確率を49%まで上げたほどで、過半数ではなく多数を取る確率になると既に50%を超えている。
 確かにサンダースはアイオワで健闘した。だがそれだけを理由に全体の評価がここまで急上昇するのは少々おかしくも思える。いくらアイオワで頑張ったといってもそこで手に入った代議員はせいぜい10人強。最終的には3979人の代議員が選出されるわけであり、アイオワの比率はほんの一部にすぎないのだ。にもかかわらずなぜFiveThirtyEightの予測はここまで大きく変わってしまったのだろうか。
 大きな要因の1つが、世論調査をほとんど、もしくは全くしていない州の存在にあるという。こちらの記事によると、彼らのモデルはほとんど世論調査に則っているが、世論調査が少ないか行なわれていない州についてはそれぞれの候補者の人口構造的な強みや弱み、候補者の地元であるかどうかなどの要因を踏まえた回帰分析を行っているという。
 そこで問題になるのがブティジェッジの弱みとしてよく指摘されている「マイノリティーの支持が低い」問題だ。黒人やヒスパニックは民主党の重要な支持基盤であり、特に黒人についてはバイデンが圧倒的に強い。市長を務めていたインディアナ州に近いアイオワでは活躍できたとしても、マイノリティーが多い南部や西部の州における予備選では苦戦するかもしれない。
 FiveThirtyEightの予想で、健闘した候補者のうちサンダースが大きく評価を上げたのに対してブティジェッジの評価がほとんど変わらないままなのは、こうした人口構造的な懸念がモデルにおいて弱みと判断されたためだろう。逆に言えばサンダースはブティジェッジほど人口構造的な弱みがない(マイノリティーからの一定の支持が期待できる)のだと思う。バイデンの苦戦という敵失から一番の利益を受ける候補者がサンダースになっているのには、そういう理屈が存在するのだろう。
 もう一つ、サンダース以外にもバイデンの急落で大きなメリットを受けたものがある。それは「誰も勝たない」だ。要するに過半数を取れる候補者がいないまま、全国大会での代議員による決戦投票に入るという展開が、4分の1の確率で発生すると見られている。実際にはそこに至る前に予備選レースから降りる候補もいるだろうし、本当に誰も過半数を取れない事態になるとは思い難いが、目先の不透明さが高まったのは確かだ。

 4年前の大統領選は「世論調査の敗北」だったと思っている。そして今回のアイオワでも、思い浮かんだ感想は同じものだ。予備選の開幕を告げるアイオワでは様々な世論調査が行われており、そのほとんどにおいてサンダースとバイデンが上位に顔を出していた。ブティジェッジがトップになっていた世論調査は1つだけだ。
 もちろんアイオワが党員集会での投票という、一般的な匿名での投票とは違う形式を取っていることは踏まえておくべきだが、それにしても事前の世論調査が効果的でなかったことは否定できない。世論調査の実態を把握する能力が低下しており、その傾向が続いているのではないか、という懸念が生じてしまう結果だったのは事実だ。
 そしてその影響をもろに受けたのが、前回の大統領選と同じ伝統的な主流メディア。彼らは事前にバイデンとサンダースを有力候補に挙げていたわけだが、何の論拠もなくそうしていたのではなく世論調査に基づいて報道していたのだろう。だがその結果、ブティジェッジをほとんどカバーできない状況になっていたようで、中には「もう主流メディアなんか見るのすらやめよう」という声まで出てきた。
 実際には主流メディアを見なくなるとよけいにエコーチェンバー化が進み、情報が偏る可能性があると思う。世論調査が頼りにならないとしても、ではそれ以上に頼れるデータがあるのかと言えばおそらくない。FiveThirtyEightのモデルも、結局のところは世論調査に大きく頼っている。昔に比べて見通しが悪くなっているとしても、だからと言って闇雲に進む方がいいことにはならない、と思う。

 そして、もしFiveThirtyEightのモデルが正しいのなら、今年の大統領選はトランプvsサンダースというトンデモな組み合わせがいよいよ現実のものになりそうである。サンダ対ガイラとかゴジラ対ビオランテが思い浮かぶのだが、ポピュリスト対社会主義者の大統領選が世界中に影響を及ぼす超大国で行われるというのは、ある意味で「世紀の大スペクタクル」。トイレはすませたか? ポップコーンとコーラの準備はOK?
 今回の大統領選でも、4年前と同様の極端な結果が出るのではと冗談交じりに書いたことがあるが、その確率は冗談抜きに高まっているらしい。むしろこうなるとトランプが再選される方がサンダースになるよりマシとすら思えるレベルだ。Peter Turchinが2020年代を永年サイクルにおけるクライシス期になると予想していたが、大統領選がその引き金になったりするのだろうか。
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