キャップヒットと勝利

 面白い記事がPro Football Focusに載っていた。Examining the value of Tom Brady's contractsというやつで、これまでのBradyのサラリーとPFFのデータを生かし、彼の比較的低いサラリーがどれだけチームに勝利をもたらしてきたかを調べたものだ。なかなか面白い取り組みと言える。
 PFFが算出しているWAR(Wins Above Replacement)のデータは2006シーズンまで遡るそうだが、それ以降のデータを調べるとBradyはリーグで5番目にいいQBに比べて平均して0.4WAR多く稼いでいるという。一方、彼のキャップヒットは各シーズンのリーグ5番手のQBが計上しているキャップヒットに比べ、平均1.9ミリオン安い。これらの数字は彼が開幕戦で負傷した2008シーズン(キャップヒットはPeyton Manningに次ぐ2番手だった)も含んでおり、つまり実働年だけ見ればBradyはかなりいい成績を、かなり安い価格で提供してきたことになる。
 ではBradyの安めの契約がもたらした勝利を計測するにはどうしたらいいのか。PFFでは以前にNFLにおける契約の価値を算出しており、この記事でもまずはそのデータを使っている。契約のタイプ(FAかドラフトかタグ使用か、など)ごとに勝利にかかるコストを算出したもので、記事中にある表を見るとUDFAが最もコストが安く、逆に最も高くつくのはフランチャイズタグであることが分かる。
 記事ではBradyの契約によって他のポジションの選手に投入できるキャップが増えることを指摘。QBを除いた場合の勝利コストを考えたという。またドラフトについて言えばBradyの契約が安くなったからといっていい選手を指名できるとは限らないため、これも計算対象から除外したそうだ。それによると平均的な勝利コストはキャップの23.9%になるという。まあこのあたりは計算途中の数字なので、あまり気にする必要はないだろう。
 問題は具体的にこの計算を使ってBradyの契約がどれだけの勝利をもたらしたかを分析した以下の部分だ。まずBradyの2005-19シーズンのキャップヒットを(1)最も大きなキャップヒット、(2)トップ5のキャップヒットの平均、(3)5番目に大きいキャップヒット――のそれぞれと比べ、どれだけの勝ち星を追加したかを算出したという。その結論は驚きだ。彼の契約がもたらした勝利は、最も大きなキャップヒットと比べて+2.8勝分になる。……ただし、15年間の合計で。
 つまり1年あたりBradyの契約がPatriotsにもたらした勝利は+0.2勝弱にとどまるのだ。トップ5の平均と比べるとこの数字は+1.6勝(1年あたり+0.1勝ちょい)だし、5番目に大きいキャップヒットと比べれば+0.8勝(同+0.05勝強)にしかならない。さらにこれらの追加勝利は、主に2011シーズン以降に集中的に発生していることも指摘されている。多いシーズン(2016や17)にはトップ5の平均に比べて年間+0.2勝のプラスが発生している一方、2010シーズン以前においては+0.1勝に満たない数字しかない。
 Bradyの契約については以前こちらで、2013年のTB12ビジネス開始の前後で変化が生じているという話を紹介したが、PFFの分析においてはその年よりも2011年の方が変化の始まりと見られている。むしろこちらで紹介した新労使協定の導入の方が、PatsとBradyにとっては影響が大きかったのかもしれない。
 続いてこの記事で取り上げているのは、他の具体的なQBたちの契約と比較したグラフだ。Bradyの契約は、例えばPeyton Manningの契約と比べると15年間に1.5勝分(つまり1年に0.1勝分)のプラスをもたらしたことになる。Peytonの方がそれだけキャップに対する負荷が大きかったことの証明でもあるのだが、それでも年間たった0.1勝分(勝率にすると0.006)というのはそれほど目立つ差には見えない。
 もっと笑えるのはPeytonの次に高い支払いを受けていたのがEliであること。グラフに並んでいるQBたちの中で成績が最も低い選手が最も高い選手の次に高いキャップヒットを記録しているのは何ともシュール。ちなみにそのEliはBradyより15年で1勝分に相当する高コストの選手だったことになる。他にはRyan、Roethlisberger、Riversあたりが0.5~1勝分、Wilson、Rodgers、Breesあたりが0~0.5勝の範囲に収まる。特にBreesの低さが目立ち、彼もまた安価なQBであったことが分かる。
 もう一つ、このグラフで注意すべきなのはPeytonですら「トップ5のキャップヒットの平均」より少ない額しかもらっていない、という事実である。QBの契約は毎年のように最高額の更新が伝えられることからも分かるように、常に5人以上のQBがトップクラスに相当する契約を手に入れている。Peytonレベルの選手でもトップ5の平均を下回るレベルのサラリーキャップしか記録していないのは、そうしたQB契約の特徴が影響していると考えるべきだろう。
 一方、Bradyがフィールド上のプレイによって手に入れたWARは、2006シーズン以降で実に45勝分に達している。契約によって手に入れた勝ち星は、それに比べると実に微々たるものだ。例えばEliと比べたBradyの契約がもたらした1シーズン当たり0.07勝という数字は、GiantsのルーキーであるDexter LawrenceのもたらしたWARと同水準。彼はリーグで15位に位置するinterior DLであり、パスよりもランを止める方が得意だそうだ。これは「凡庸なチームをコンテンダーにするほどではないが、そうした選手をタダで入手できる時に断るチームはいない」というレベルの数値だ。
 結局のところ、Patsの強さはBradyの契約額よりも、Brady自身のプレイ内容に大きく頼っていたということである。Bradyだけではない。彼以外の選手がもたらしたWARを見ても、Patsはリーグ平均を大きく上回ってトップを走っている(2位はRavens)。Bradyがフィールド上で見せた高いレベルのプレイと、それに匹敵するレベルのパフォーマンスを出せる選手をかき集め使いこなしたBelichickの能力にこそ、彼らのdynastyの大きな原因がある、というのがこの記事の結論だ。
 もしこの指摘が事実なら、前に書いたように「安いコストでBradyと契約延長」するメリットは、実はあまり大きくないことになる。重要なのはあくまで彼がフィールド上でどれだけプレイできるかであり、高い水準でプレイできるなら契約額が高くなっても構わないし、できないのなら多少安くてもいらない、という結論になる。もしチームも同じ判断をしているなら、それがBradyへの対応にどう出てくるか、気になるところだ。

 もう1つ、同じPFF関係者が書いているのがQBのキャリアの最後をどう予測するかという話。Is 2020 the last hurrah for the quarterback old guard?という記事中で触れられているようだが、この記事自体は登録しなければ読めないようになっている。一方、記事の筆者はツイッターで記事中のキモになるグラフをいくつか紹介している
 それによると単純なY/AやTD率、ポケット内でプレッシャーを受けていない状態でのEPAといった指標では、QBのキャリア最後に訪れる「崖」を予測するのは不可能なのだそうだ。これらの成績は最終年になって急激に低下しており、以前に紹介したQBの「死亡表」あるいは「生命表」仮説と整合的なグラフを描いている。
 だがそれだけではない。Positive gradeやPassing grade(具体的にどんなデータなのかは不明)、及びプレッシャーを受けた際のEPAといったデータを見れば、これらはキャリア最終年の1年前から低下傾向を示すようになっている。逆にNegative gradeやSack rate、INT rateといったマイナスの結果につながったプレイの数は、キャリア最後の年になってもあまり低下していない。
 もしこれらの分析が正しいのなら、キャリアの晩年になっても一流QBは悪影響の大きなプレイを避ける能力は衰えないことになる。むしろ衰えはプラス効果をもたらすプレイの減少などに真っ先に現れるわけで、そうした能力を見れば高齢QBたちのSwan Songが聞こえてくる、ということかもしれない。
 もちろんそうでない可能性もある。私がこちらで記した「本当に崖が存在するのか」という疑問については、ツイッター上でも同じ指摘を見かける(こちらこちら)。年を取るにつれて衰えるのは当然だとしても、それが「崖」になることが必然と言えるかどうかは、私には分からない。
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