戦争と道徳的な神

 人々に道徳を強いるような宗教が生まれたのは、複雑で大きな社会が登場した後である、という議論を前に紹介した。道徳的な「大きな神々」への信仰が小さな集団を大規模に発展させたという説に対し、歴史データを集積したSeshatのデータを分析することで出てきた異論であり、足下で色々と論争を生み出している
 道徳的な宗教や信者に道徳的行動を強いる神々は、前に紹介したローラシア神話的な神と似ているが、厳密に同一と言っていいのかは分からない。一応、Seshat History of Moralizing Religionという資料の中では、道徳的な超自然からの罰(MSP)について、大規模な社会を機能させる側面を重視したものとしている(p4-5)。
 具体的には他者を傷つける行為を控える点や、公正さ、他者の財産の尊重、誠実さ、互恵的な関係、公的な善に対する貢献、政治体への忠誠やそれを守る際に示す勇気、権威の尊重などが重要なモラルだと解釈している。Seshatが分析対象としている地域のそれぞれがいつ頃、道徳的な宗教を持つようになったかについても上記の資料に詳しく書かれており、例えば日本の場合、仏教伝来後に人間を生贄にすることが禁じられるようになった西暦800年以降に、道徳的な神が現れたと解釈している(p92-93)。

 この「道徳的な神の誕生」については、研究者たちがさらにSeshatのデータを使った分析を続けているようだ。Turchinのblogによると、彼らは最近になってより詳細なデータを使い、「大きな神々」の登場について説明する他の仮説についても分析を行ったという。この分析について専門誌に投稿する前に、最近はこの手の研究では珍しくないようだが、彼らはネット上で事前に研究内容を既に公表している。
 その中心的なものがExplaining the Rise of Moralizing Religions: A test of competing hypotheses using the Seshat Databankだそうだ。この論文では引き続き道徳的な宗教と大規模で複雑な社会との関係を調べるとともに、加えてグループ間の戦争、資源の豊富さ、動物の家畜化といったものと「大きな神々」との関係についても調べている。
 まず彼らは「道徳的な宗教」そのものについて、処罰の対象や社会における広がりなど、様々な要素を加味して分析したそうだ(p5-6)。そうやって導き出したMSPに影響を与えたであろう指標として、既に前の論文で取り上げている社会政治的複雑性(SPC)の他に、1つには戦争を取り上げた。SPCを高める要因として戦争の激しさの増加があると主張されているためで、この論文では戦争の激しさについて武器や防具における金属使用、道具の洗練、動物の武器使用など35のSeshatデータを「軍事技術」という指標にまとめた。加えて騎兵の存在も指標に使っている(p8-9)。騎兵に注目したのは、過去にTurchinが書いた別の論文で馬匹が帝国誕生に大きな影響を及ぼしていたと推測されていたのが理由だろう。
 他にも資源の少なさや、あるいは逆に豊かさの増加が道徳的な宗教につながったという説がある。これについては農業における1ヘクタール当たりの年間収穫量を指標として使っている。また、畜産が中心の社会の方が道徳的宗教が強いという説もあり、これもまた指標として集め、そのうえでそれぞれの関係を調べどの説がもっともらしいかを比較している。
 まずは時系列的な変化だが、MSPはSeshatがデータを集めているほとんどの地域において、上昇することはあっても下降することはほとんどなかったという。しかもその上昇ペースはかなり急激なものが多い(p12のFigure 1参照)。もちろん道徳的な宗教が生まれた時期は地域によって異なり、例えばエジプトでは他の地域よりも2000年近くも前に道徳的な宗教が支配的な存在になっている。メソポタミアと北インドは枢軸時代にこの数値が急上昇しており、そしてそれ以外の大半の地域はもっと後にそうした変化が起きている。
 しかしこのグラフよりも注目なのは、MSPとその他の指標との相関だろう。上で記したようにMSPと比較するデータとして使ったのはSPC、軍事技術、騎兵、農業であり、これに時系列に伴うデータの量も含めて全ての相関を表にまとめているのがp13のFigure 2だ。最も重要なのは右端の1列で、これを見ればMSPつまり道徳的な神による懲罰がある社会と、その他のデータとの相関が見える。最も高い相関があるのは社会政治的な複雑性だそうで、数値は0.72。それとほとんど変わらないのが軍事技術で、その次に騎兵も0.70と高い相関を示している。一方で農業との関係は0.46とかなり低い。
 もちろん相関は因果ではない。しかしSeshatのデータは時系列で調べることもできるため、どちらが先行しているかは分かる。単に相関しているだけでなく、両者の間に前後関係が明確に存在すれば、そこには因果関係を想定することも可能だろう。論文では様々なモデルを使ってSPCの原因と推測される指標を調べたが、MSPを取り込んだモデルはほとんどなかったそうだ(p14)。道徳的な宗教は複雑な大規模社会の原因ではない証拠だと、論文では指摘されている。
 一方、MSPに最も強く影響を与えているのは騎兵であり、その次がSPCになっている。軍事技術はそれより低く、農業は最も影響が小さい(p15)。全体として論文ではこれらの因果関係について「道徳的宗教からSPCへと向かう因果の矢印は存在せず、代わりにSPCは他の進化的な力(軍事的競争の激しさと、より小さな度合いだが農業の生産性)に影響を受けている」(p16)とまとめている。そのあたりを示しているのがp17にあるFigure 3で、まず軍事技術(赤い破線)の上昇が生じ、それから200~300年後に社会政治的な複雑性の上昇がピークを迎え、その500~1000年後にようやく道徳的宗教が発展するという流れが明確に描かれている。
 上に述べた「道徳的な宗教をもたらした因果」についてはp19のFigure 4に簡単にまとめられている。まずは軍事的な競争があり、それが一つには社会政治的な複雑さを生み出した。「戦いは数だよ兄貴!」というフレーズの通り、戦いに勝つためには数を揃える必要があり、数を揃えるためには巨大な社会を成立させる必要がある。だから戦争が社会政治的な複雑さを増す要因になったのだろう。
 それだけではなく軍事的な競争は道徳的な宗教の誕生にも最も大きな影響を及ぼしている。道徳の中に集団に対する貢献を求める内容が多いのも、道徳の生まれた原因が戦争にあると考えれば納得いくところだ。それに対し、SPCからMSPへの矢印はあまり強くないし、農業生産性はSPCやMPSに影響を及ぼしているもののその度合いはどちらも小さい。少なくとも農業社会においては経済成長より戦争の方が社会にも信仰にも大きな影響を及ぼしていたということだろうか。
 前回この話が出た時には、「大きな神々」の誕生にここまで戦争が大きな影響を及ぼしているという結論が導かれるとは思っていなかった。もちろん、過去にも言及したように、例えば「戦争への積極的な志願」が道徳的に強制されていた時代があったことは確かだ。しかしそれが数字によって裏付けられ、他の考え得る動機よりも強い原因になっていたと言われると、なかなかシュールではある。
 僅かながら救いと言えるのは、農業生産の増加も少しばかりとはいえ道徳的な宗教を生み出す要因として働いている点か。戦争だけでなく豊かさも一応は道徳的行動の一因になっていると思えば、世の中をよくするために経済成長を目指す人々の努力は、決して間違っていないということになる。あくまで弱い相関なので、「豊かになりさえすれば道徳的な問題は解決する」とは言えないところが問題だが。

 ちなみにTurchinによるとSeshatでは歴史的記述とゲーム理論を組み合わせたアナリティック・ナラティブにも取り組もうとしているそうで、12月には枢軸時代の歴史について記した本を出版するとしている。どのような取り組みなのか、これもまた興味があるところだ。
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