日本の分断

 2015年に実施された大規模学術社会調査を使って日本社会を分析した「日本の分断」読了。題名の通り日本の、特に現役世代の中に存在する「分断」について、社会調査に基づいた分析からあぶりだした本である。分断の大きな要因として著者が注目しているのは、学歴だ。
 実のところ学歴に注目して格差や分断について語る事例は最近、海外も含めて増えている。例えばパットナムが米国の現状について描いた「われらの子ども」では、アッパーミドルと労働者の間に生じた分断が子供の世界にまで及んでいる様子を、データと実例の双方を使って紹介している。現在の米国では人種(レイス)よりも階級(クラス)の分断が激しくなっており、そうした階級をもたらしている要因の1つが学歴という指摘だ。
 ピケティが書いている「バラモン左翼」の登場も、学歴に注目した分析だ。先進国において、かつて左翼政党は大衆の党だったが、高学歴化が進むにつれてむしろ「学歴エリートの政党」へと変質していったこと、それによって複数エリート政党システムが成立し、大衆の意見を政治的に反映する方法が失われつつあることを記している。
 社会の中に分断が発生し、その中で一部の階層の声が政策に反映されなくなり、その階層が一段と厳しい状況へと追い込まれていく。その際には学歴という階層が大きな分断の元になっている。そうした問題意識はおそらく先進国で次第に広まっているのだろう。この「日本の分断」という本を読めば、日本もまた例外ではないと指摘していることが分かる。

 この本で分析対象とされているのは20代から50代までの現役世代およそ6000万人だ。もちろん全員のデータを分析することはできないので、2015年に行なわれたSSM調査とSSP調査を使っている。サンプルとしてピックアップされている数は前者で4668人、後者が2961人。結果は全て5%水準の統計的有意性に基づいているそうで、要するにそれだけ信頼度が高い調査だと思えばいい。
 分析に際し筆者は3つの軸で対象となっている日本の現役世代を分けている。1つはジェンダー、1つは年齢(40歳を基準に上が壮年、下が若年)、そして大卒(短大・高専以上)か非大卒(高卒あるいは専門学校卒以下)かという学歴だ。これによって日本の働き手は8つのグループに分かれる。若年非大卒男性、若年非大卒女性、若年大卒男性、若年大卒女性、壮年非大卒男性、壮年非大卒女性、壮年大卒男性、壮年大卒女性だ。
 この8グループはそれぞれに違った特徴を持っているそうだ。4章で詳細に分析しているが、まずは年収。最も多い壮年大卒男性と最も少ない若年非大卒女性との間には4.7倍もの個人年収格差がある。世帯年収を見るとそこまでの差はないが、それでも壮年大卒世帯と若年非大卒世帯との間には「1日につき1万円」に相当する年収格差があるそうだ。
 仕事についていえばまずは男女間の格差が大きい(男が正規雇用、女が非正規雇用)。また非大卒男性はブルーカラーが、大卒男性は専門職の割合が高い。月当たりの就労時間を見ると男は基本的にフルタイムばかりで、女はそれよりは短めだが若年大卒のみはそこそこ高くなっている。職業威信スコアなる職業の社会的威信の高さを示したデータを見ると、大卒が高く非大卒は低い。転職の少なさは男性の方が高めに出てくるが、若年非大卒男性はかなり転職経験が多くなっている。
 家庭環境については当然ながら若年ほど未婚の割合が高いのだが、加えて男性の方が女性より高いという傾向も出ている。興味深いのは婚姻と個人年収との関係で、女性は既婚者ほど年収が低いのに対し、男性は既婚者の方が年収が高い。おそらく前者においては結婚や子育てを機に仕事から離れる女性が増えることが影響しているのに対し、後者についてはむしろ年収が高くないと結婚しづらいという逆方向の因果関係があるのだろう。また子供の数は基本壮年の方が多く、若年の方が少ないのだが、若年の中でも非大卒女性は少し多めに出ている。
 配偶者や父親の学歴を見ると大卒は大卒同士、非大卒は非大卒同士で結婚し、子供も同じ学歴になる傾向が強いという。このあたり学歴が階級になりつつある1つの証左なのだろう。また地域によっても違いがあり、東京は圧倒的に大卒の町であり、地方は逆に非大卒が支えている様子が分かる。
 以上の結果に基づいた8つの類型に関する筆者の結論は以下の通りだ。まず壮年大卒男性は「20世紀型の勝ちパターン」に乗った人間、壮年非大卒男性は「貢献に見合う居場所」を確保した人間、壮年大卒女性は「ゆとりある生き方選び」ができる人で、壮年非大卒女性は「目立たない多数派」になった。一方、若年大卒女性は「多様な人生選択」ができる「都市部での最多数派」、若年非大卒女性は「不安定な足場」に乗っていながら少子化を遅らせるという「大切な役割」を果たしており、若年大卒男性は「絆の少ない自立層」で、若年非大卒男性は「不利な境遇」のまま「長いこの先の道のり」を歩まなければならなくなっているという。

 特に筆者が将来を心配しているのは8類型の中でも「若年非大卒男性」だ。彼らの心理的な状況を調査内容から分析すると、他の7類型とは異なり「勝ち星」がつかないという特徴がある。
 例えば幸福感や生活満足といったポジティブ感情を見ると、非大卒はどのグループも低い数値が出てくる。自分たちの立場に対する不安定性を見ると、数値が高いのは若年の男性たちだ。仕事や政治への関与といった社会的活動の積極性を見ると、若年の非大卒がとても低くなる。特に政治的積極性を見ると、若年非大卒の政治への関心の低さは突出している。
 海外旅行経験を見ると非大卒は全体に低いのだが、中でも若年の男性は半分以上が1度も海外旅行を経験していない。大学進学や文化的活動といったアカデミズム志向は当然ながら非大卒の方が低く、特に男性ほど低い数字が出ている。そして最も壊滅的なのが健康志向。食事や喫煙、飲酒といった分野の数値は基本的に男性の方が低く、男性内では非大卒の方が低く、そしてその中では若年層ほど低い。若年非大卒男性は8類型の中で唯一喫煙率が5割を超えている。
 以上のように様々な切り口で見ても問題ばかりを抱えているように見える若年非大卒男性が、しかし社会的に「対策を打たなければならない弱者」と認識されていないのが最大の問題だと著者は見ているようだ。同じ非大卒の若年層でも女性についていえば、母子世帯や女性の貧困といった切り口での支援がなされることがあるが、男性についてはその窮状が十分理解されていないどころか、むしろ彼らを追い詰めるような取り組みが進んでいるという。
 例えば外国人労働者の増加だが、これが直撃するのは外国人と同じような仕事をしている自国の労働者たちだ。高学歴な外国人しか入ってこないのならともかく、現実に彼らが担っている仕事を見る限り、若年非大卒男性がその影響を受けるのは否定できない。あるいは大学無償化にしても、大学進学に積極的な大卒男女にはプラス効果があるが、そもそも大学進学にあまり関心を持たない非大卒家庭にとっては、無償化された分の負担だけがのしかかることになる可能性がある。実際、たばこ税の増税で最も負担が増えるのは非大卒だ。
 著者はこの若年非大卒男性をLEGs(Lightly Educated Guys)と呼び、彼らを分断し切り離すのではなく彼らを支えることが必要だと強調している。日本の強みは基礎的な部分を支えている労働力の優秀さにあり、それを足元でも将来も担うことになっているのが彼らLEGsだとの指摘だ。治安や衛生状態の良さ、様々な社会インフラが正確に運営されていることなど、確かに現場の強さが日本の強みの1つであることは確かである。
 それに彼らは今のところまだ日本社会に絶望してはいない。「大きな資産を持てるようになるかどうかは本人の努力次第」という命題に対して最も肯定的に回答していたのがLEGsだった。彼らが絶望してしまう前に、実際に困窮化へと追い込まれる前に、何らかの手を打つべきだ、というのがこの本の結論だ。

 こちらで紹介した話は学歴ではなく資産という観点で見たものだが、同時にこのデータは8割近くの世帯を「マス層」に入れてしまっている。つまり資産の少ない層に関する分析をする上では粒度が足りない。このデータにおいてはマス層にも政府の恩恵がわずかながら届いているように見えていたが、それは単に精度が低いための誤読にすぎない可能性があるのだ。
 一方、「日本の分断」ではマス層に相当するであろう部分について、学歴やジェンダー、世代など様々な切り口で分析し、その中に「見捨てられかけている」グループが存在すると指摘している。もしこちらの分析の方がマス層を見るうえでより正確な描写がなされているのであれば、日本における潜在大衆動員力(MMP)は既に高くなりつつあるのかもしれない。Turchinの言う政治ストレス指数に、より注意すべき状態が訪れている。
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