全体1位で指名されながら短いキャリアで終わった選手としては、例えば
JaMarcus Russell などがいる。ただし彼の場合はbustだったためチーム側から見放されたケースであり、別に自分の意思で引退を決めたわけではない。Luckは少なくともNFLで先発を務められるQBであることに異論はないだろうし、彼をbustだと思っている人はさすがにいるまい。その彼が実働6年でプロ生活を終えることになろうとは。
Luck引退を聞いて私が思い浮かべたのは
Cecil Isbell だ。1938シーズンにPackersに加わった彼は、5年間にプロボウル選出4回、First Team All-Pro選出1回を記録しながら、27歳でさっさと引退した。彼の1年前にプロ入りした
Sammy Baugh と並び、リーグを長く引っ張っていく存在になるかと思っていたら、あっさり辞めてしまった人物である。
それでも当時のNFLは今のようなビッグマネーが飛び交う世界ではなかったし、将来を考えればさっさと引退して第二の人生を歩む選択肢もおかしくはなかったのだろう。だが今のNFLは違う。Luckはこれまでのプロ生活で既に
109ミリオンものサラリーを手に入れている し、今後も契約延長を望めばできただろう。Isbellの時代にも早い引退にがっかりした人はいただろうが、今とは比べ物にならない。
Luckの引退に伴い、
Coltsの先発QBはBrissettになる と思われる。一昨年もLuck欠場時に穴埋めとしてプレイしており、控えとしては安心できる選手だろうが、残念ながら
これまでの成績 を見る限り、先発の器とは思えない。LuckのキャリアANY/A+が105に達しているのに対し、Brissettのそれは88だ。Coltsにとって大幅な戦力ダウンになることは否定できない。
Coltsの昨シーズンの躍進はLuckの復活だけが理由ではなく、Expected Pointsでリーグ9位を記録したディフェンスの奮起も背景にある。だからLuckがBrissettに代わることでいきなり成績が急落するとまでは言いきれない。ただし
ドライブ指数 を見るとディフェンスのドライブ開始地点はリーグでも8位と上位におり、この数字にLuckが貢献していた可能性はある。たとえディフェンスが頑張っても失点のリスクは高まることが考えられる。
つまり
Coltsファンはパニックに陥っても仕方ない ともいえる。まさに悪夢のような状況、なのだが、この記事のコメント欄に出てきたBillsファンが「Bradyはまだ引退していない」と嘆いているのは苦笑。確かにLuckより干支一回り以上年齢が上の選手が今年もやる気満々というのは、ある意味不条理ではある。
今シーズンの予想にどのような影響を及ぼすかはともかくとして、結局のところLuckはどの程度のレベルの選手だったのだろうか。彼の
キャリアRANY/A は+0.306であり、
Neil Lomax (+0.366)と
Elvis Grbac (+0.280)の間に挟まれている。1000ドロップバック以上のQBたちの中では50位に位置しており、悪くはないがそれほどすごくもない。
現役QBたちを見てもRANY/Aで+0.3以上の選手はそれほど珍しくはない。Brady、Rodgers、Breesといった選手たち以外にもRiversが+1.0以上の数字を叩きだしているし、WilsonやRoethlisberger、Ryan、GoffあたりもLuckよりずっと高い数字を記録している。いやそれどころかCousins(+0.532)、Prescott(+0.406)といった選手たちも、実はLuckよりいい数字を記録している。正直言って、彼の数字は現役QBたちの中においても中の上から上の下あたりの成績なのだ。
Valueで見るとどうか。数字は1060.9となり、こちらは
Brad Johnson (1195.2)と
Joe Theisman (1014.5)の間になる。順位は47位で、これまたいい選手ではあるがそれほど高いわけではないというポジションになる。こちらの方はキャリアが長いほど数字が大きくなる可能性を含んでおり、引退してしまうLuckにはもはや増やすことができない数字だ。
要するにLuckという選手は、プロでの実績を見る限りそんなに大した選手ではない。歴史に残るどころか、今いるQBたちの中でもそれほど突出した成績のQBとは言えないのが実情だ。おまけに怪我の影響もあって7年間に先発した試合数は86と、同じく怪我がちでLuckよりはずっと評価の低い同期のTannehill(88試合)よりも少ない。出場しない名選手より、出場する平凡な選手の方がマシだと考えれば、Luckの評価はさらに割り引く必要が出てくる。
彼の成績が今一つだったのは怪我のせいなのか。そうかもしれない。だがそもそもが過大評価だった可能性はないのだろうか。Football Outsidersが大学時代の記録を基に算出しているQBASEを見ると、
Luckの数字は1076となる 。悪い数字ではないが、1997年から2014年までにドラフトされた選手たちの中で、この数字はトップ10にも入っていない。さらに2015年以降のドラフトでもMariota、Mayfieldらはこの数字を上回っている。
確かにこの数字が1000以上になっているQBたちの中には優秀な選手が多い。だから大学時代のLuckがそのままの実力を発揮していれば、少なくともこれまでのプロでの実績よりは上の数字を出していた可能性はある。その意味では怪我が彼のキャリアを害したことは確かだろう。だが一方で、彼と同様にこの数字が高いもののプロでは全然冴えなかった選手もいるわけで、要するにQBASEはプロの活躍を保証するようなものではない。
プロに入って特に彼の成績の足を引っ張っていたのはパス成功率だ。Comp%+は94と、彼の1年前に全体1位で指名されたNewton(89)よりはいいが、同期のWilson(107)とは明確に差をつけられている。パス成功率の低さはY/A+(101)の足を引っ張り、キャリアのANY/A+(105)をAlex Smith並み、Carson PalmerやDonovan McNabb以下にとどめる原因となった。
パスの正確性は指導して身に着くようなものではないとの主張 が正しいのなら、そもそもLuckはそれほどいいQBではなかったということになる。
Luckがもし現役を続けていたらどうなったか。ドラフト全体1位という過去の栄光ばかりが目立って実績はそれほどでもない彼が、その過大評価にふさわしい成績を残すことは可能だっただろうか。個人的には難しいと思う。30代以降にANY/A+で115(つまり平均より+1標準偏差)以上の成績を残したQBたちのうち、20代でLuckレベルかそれ以下の成績だったQBは、控えが長かった
Steve Young と、あとは1970年代の
Terry Bradshaw くらいしかいない。不可能ではないが、かなり低い確率と言わざるを得ないし、ましてや怪我の痛みを抱えたまま続けるとなればなおさらだ。
むしろ今回の唐突な引退により、Luckは伝説になるのかもしれない。もし彼がプレイを続けていたらどうなっただろうか、怪我をきちんと直して再出発を切っていたなら……。将来にわたって、そういう妄想を繰り広げる人が出てくることだろう。今回の引退で、彼は将来にわたって過大評価され続けることが決まった、のかもしれない。
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コメント
同じくFavre伝説の後を継いだRodgersにも通じますが、周りの厳しい視線、プレッシャーの環境下で、ファンを納得させ安心させる結果を出せることは、数字にあらわれないけどプロスポーツ選手として評価されるべきと思います。
ファンがいてお金を払ってこそのプロスポーツ。そこへの貢献度は数値的にどう表されるのか?
人気投票?グッズの売上?
どうなんでしょう?
ファンの選手へのリスペクトは確実に「存在する」と思います。
それを数値的に見える化できるのか?
Luckの件で興味があります。
2019/08/26 URL 編集
https://twitter.com/SeahawkScout/status/1165665246859497472
この賛辞こそ、ご指摘のような「ファンの選手に対するリスペクト」の一例なのでしょう。
一方、優勝経験もMVP選出もないLuckは、30年後にはBert Jonesより知られていない選手になるのではという指摘をする人もいます。
https://twitter.com/fbgchase/status/1165608968577830913
しかしその同じ人物は、一方でLuck時代のColtsがいかに多くの失点を喫していたか、にもかかわらずLuckがいかに勝利を呼び寄せたかについても記しています。
http://www.footballperspective.com/andrew-luck-retires-how-good-was-he-really/
これがLuckの「貢献度を数値的に表したもの」と言えるのでしょう。
2019/08/26 URL 編集
何というか、心をこめて読ませていただきます!(^^)/
取り急ぎ、御礼までー。
2019/08/27 URL 編集