承前。メアリー・ローズに搭載されていた火器の種類が様々だったことを説明したが、今回はより具体的に個別の火器について話をしよう。基本的に1546年の記録に記されている兵器について取り上げる。具体的には青銅製の大砲、鉄製の大砲、ハンドガンといったところだ。
まずメアリー・ローズに搭載されていた兵器の中でもおそらく最大の威力を持っていたと思われるCannon2門とDemi-cannon2門(船から回収されたのは3門)について。
Tudor Warship Mary Rose はこれらが当初はcurtowと呼ばれていたのではないかと見ている(p34)。
Cannonは口径が7インチで撃ち出した砲丸重量は45ポンド。Demi-cannonについてこの書物では言及はないが、
Early Ordnance in Europe によれば16世紀後半段階でその口径は6 1/2インチ、砲丸重量は30ポンド(16世紀前半の史料によると33 1/2ポンド)になっている(p53-55)。砲車はニレの木で作られ、
蓋のある射撃口 から砲撃を行っていたそうだ。
次がCulverin2門(船から回収されたのは3門)とDemi-culverin6門。Tudor Warship Mary RoseはCulverinの特徴を「長い口径長」にあるとしており、初速をより高めて長い射程距離を確保しようとした大砲だと説明している(p35)。このうちCulverinは砲身長が14フィート、口径が5インチから5 1/2インチ、砲丸重量は5 1/2ポンドある。Demi-culverinは名称から見てCulverinより少々小型だと考えられる。
こちら では長さ11フィート、口径4インチという数字が出ている。
Saker2門はCulverinを小型にしたような大砲だ。口径は4インチ、砲丸の直径は3 3/4インチで、砲丸重量は5 1/2ポンド。この時代のSakerは鋳鉄製の砲丸以外に石弾も撃ち出しており、また至近距離においては散弾を撃つこともあったという(Tudor Warship Mary Rose, p35)。
Falcon1門はさらに小型の大砲だ。2 1/2インチの鋳鉄製砲丸や鉛製の砲丸、あるいは散弾を撃っており、砲丸重量は2 1/2ポンドだったという。またメアリー・ローズに搭載されていたという記録はないようだが、Falconetという大砲もあり、こちらはさらに小型で砲丸直径が2 1/2インチ、同重量が1 1/2ポンドだった(Tudor Warship Mary Rose, p35)。鉛製の弾丸の中には中心部に鉄製の立方体が入っているものも存在しており、この辺りは
15世紀の戦場で見つかった砲弾 と共通している。
以上の青銅製大砲については他の史料にも見られるものが多く、目新しさはあまりない。一方、とても興味深いのが多様な鉄製大砲の存在だ。1546年の記録にはPort piece、Sling、Demi-sling、Quarter sling、Fowler、Base、Top pieceといった、他ではあまり見かけない名前の鉄製大砲が色々と出てくる。これらの兵器の特徴も把握しておこう。
Port piece(12門)は大型の鍛鉄製後装式大砲の名称であり、1535年以降にならないと名前が登場してこない。砲身重量は1200ポンド、口径は6インチから10インチで砲丸重量は9ポンドから10ポンドだ。これらの大砲はもしかしたら1514年時点ではMurdererと呼ばれていたかもしれない。Murdererは基本的に小型の旋回式大砲を示すものと見られているが、1514年の記録ではMurdererをgrett peces(great pieces)に分類しているものがあるそうだ(Tudor Warship Mary Rose, p32-33)。
Sling(2門)、Demi-sling(3門)、及びQuarter sling(1門)は、元はSerpent(
Serpentine ?)と同じクラスの大砲だったという。やはり後装式で2つか3つの薬室を持ち、ニレの木製の砲車に乗せられていた。青銅製大砲のCulverin同様に口径長が長く、初速が早く射程距離の長い大砲という位置づけのようだ。Slingは口径5 1/4インチで砲丸重量6 1/2ポンド、Demi-slingとQuarter slingはいずれも3 1/4ポンドの砲弾を撃ち出していたが、口径は前者が4インチ、後者が3 1/4インチだったという。これらの大砲が撃っていたのは石弾、鋳鉄製の砲丸、及び散弾だ(Tudor Warship Mary Rose, p33)。
さらに小型なのがFowler(6門)だ。基本的に石弾を撃ち出す後装式の大砲で、砲身が短く、至近距離で船体にダメージを与えるために使われていたという。口径は5 1/4インチで砲丸重量は6ポンド。兵士や船員相手には効果的だったそうだ(Tudor Warship Mary Rose, p33)。
Base(30門)は前回も書いたようにフランキ砲のようなものと見られる。鍛鉄製の旋回式大砲で、通常は3つの薬室を持っていた。撃ち出した砲丸重量は1/2ポンドと極めて小さく、大砲自体のサイズも最大で長さが3 1/2フィート、口径が2 1/2インチとされている。メアリー・ローズで発見されたものの口径は1 1/2インチから2 1/2インチだった(Tudor Warship Mary Rose, p33)。
Top piece(2門)については説明が少ない。小さな後装式の鍛鉄製旋回砲で、至近距離で初速の低い石弾を撃ち出していたと思われているそうだ。Baseとはどこが違っていたのかはよく分からない。
以上を見れば基本的に鉄製の大砲の分類も青銅製と似通っていることが分かるだろう。Port pieceはCannonに、SlingはCulverinに、小型のBaseはFalconやFalconetあたりに相当するように思える。ただし基本的に鉄製の大砲は青銅製よりも小さく、使い方も船体構造の破壊というよりは上部構造物や乗員に対するダメージを優先しているように見える。
こちら に載っている各兵器の射程距離を見ても基本的に鉄製大砲が短い。一方で数は鉄製大砲の方が多い。威力は小さいが数で勝負、というのがこれらの兵器の特徴だろうか。
メアリー・ローズにある火器の中にはハンドガンもある。この時期には既にマッチロック式が登場しており、実際に引き上げられたハンドガンもいくつかあるそうだ。これらの兵器は12オンスの弾丸を撃ち出すことができ、100ヤード超の射程距離を持っていたという(Tudor Warship Mary Rose, p34)。1546年の記録によるとその数は50丁に及んでおり(p32)、少なくとも1つはミラノ製のものが見つかっているそうだ。
そしておそらくメアリー・ローズの火器の中でも最も特異な存在がHailshot piece(20門)だ。この当時はまだ珍しかった鋳鉄製の火器なのだが、何より特徴的なのはその口径が「長方形」をしていることにある(Tudor Warship Mary Rose, p33)。
メアリー・ローズ・ミュージアム公式サイトの
こちらのページ を見ると、真ん中の下あたりにこの武器の写真が掲載されている。横向きのため長方形の銃口を見分けることはできないが、説明文にはっきりrectangularと書かれている。使用された弾丸はdice shotと呼ばれていた四角形のものだそうで、
The Heirs of Archimedes にはその図も載っている(p167)。
この兵器は基本的に至近距離での防御用のものだったが、長方形の銃身は耐久性に乏しく、長いこと使用するのは無理だったという。使用すれば銃身が割れ、爆発する恐れがあったそうで、味方にとってもありがたくない武器だったのだろう。ただでさえ耐久性に疑問符がつく鋳鉄製の武器を、なおかつ不可思議な形状で成形した理由はよく分からない。
分からないといえば、写真を見る限りこの武器がマッチロック式のハンドガンと違い、尾部にソケットを設けてそこに棒を差し込んでいるのも謎である。
古い形のハンドゴン ではよく見られた形態だが、最新式の鋳鉄製兵器をなぜそんな古い形状にしようとしたのだろうか。
こちら によればHailshot pieceの重量は14キログラム。手で持つのはかなり難しく、手すりなどに置いて使用したのだろう。下部にフックがついているのもそれが理由だと思われる。まるで
フックガンとかハックブートと呼ばれていた武器 の再来のようだ。新素材を使って古い武器と似たようなものを作っているあたりも、この時期が移行期であることを示す一例なのだろう。
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