Bradyの契約見直しの話が報じられているが、おそらく混乱した人は多いことだろう。まず第一報の内容が
Patsと2年契約を延長し、44歳まで現役を続けるというものだった。
英文の元記事によれば、契約の内容は2年70ミリオンで、2019年のサラリーを15ミリオンから23ミリオンに引き上げ、20年は30ミリオン、21年は32ミリオンにするという中身だ。
Rapoportの解説によれば「2020年のリーグイヤーが開始した4時01分に誰かがトム・ブレイディに電話をかけ、契約を結ぼうと努力することはできる」そうであり、Bradyが「たとえわずか1秒であろうと、今季終了後にフリーエージェントになることに変わりはない」ということになる。プロ入り以来、常に前倒しでPatriotsとの契約を更新してきたため一度もFAになったことのないBradyが、42歳にして初めて市場に出ることになる、というのが彼の説明だ。
残念ながらおそらくこの説明は微妙に間違っている。そもそもRapoportが報じた第一報、つまり2年70ミリオンの契約延長という報道自体も、これまた微妙に説明がずれている。Rapoportは時に勇み足もあるにせよNFLがらみの速報リポーターとしては最前線で活躍している人物であることは間違いない。でも彼はキャップの専門家ではない。一連の報道を見ている限り、契約の細かい事象について正確な知識を持っているわけではなさそうに見える。餅は餅屋。ここはリーグのサラリーについて詳しい人物の解説に目を通すべきだ。
その人物とはOver The CapのJason Fitzgerald。
彼の書いた解説を読めば、BradyとPatriotsがどのような狙いでこの契約に至ったかが想像できる。キーワードはvoid years、つまる「無効になる年」であり、この手法は実は随分昔からNFLでは広く使われているものだ。
その実際の一例が
こちらで紹介されている。EaglesとRonald Darbyとの契約で、1年目の2019年のベースサラリーが1ミリオンで、その後の4年間(2020-23年)のベースサラリーはそれぞれ15ミリオンとなっている。オフシーズンを騒がせるだけの高額契約、に見えるのだが、同時にこの契約には「2020リーグイヤーの開始23日前に彼がEaglesのロースターに残っていれば、2020年以降の契約は自動的に無効となる」という条件が付いている。Darbyが年15ミリオンのサラリーにありつける可能性は絶対に存在しないわけだ。
なぜそんな契約をするのか。キャップヒット対策だ。5年契約にしておけばサイニングボーナスなどを均等配分できる。それによって2019年のキャップヒットは2.825ミリオンに抑えることが可能だ。ボーナスのうち
2019年に支払わない分2.8ミリオンは翌年以降に分けて払うことになっている。契約内に「フェイク」の年を付け加えることによって、Eaglesは今シーズンのキャップヒットを抑制したわけで、だからこの記事中では「一種のずる」とまで書いている。
ただしこの「ずる」はリーグで広く使われているもので、例えば
Breesの契約にもこのvoid yearsが含まれている(彼の契約は2019リーグイヤー終了時にそれ以降が無効になる)。そして今回のBradyの契約は、要するにこのBreesの契約をほぼなぞったようなものだと考えればいい。今年の支払いが23ミリオンであること、今年が終わったところで契約が無効になること、チーム側のタグ使用を禁じているところなど、実際に似ている部分は数多い。
void yearsを使うことでPatriotsはBradyの今年のキャップヒットを27ミリオンから21.5ミリオンに下げることができる。もし今シーズンいっぱいでBradyが引退するか、あるいは彼の成績が急落しチームがもう彼を不要だと判断すれば、2020年以降に均等配分したボーナス分13.5ミリオンのデッドマネーの負担によってチームはBradyと縁を切ることができる。単純な契約延長ではなく、今年のキャップヒットを減らし、来年以降のデッドマネーが無茶なレベルまで膨らまないことを狙った契約見直しなのである。
では最初に報じられた「2年70ミリオン」という数字は何の意味もない単なるダミーなのだろうか。「いやまてしばし。彼が今年からの3年間にもらうキャッシュの年平均を出すと28.3ミリオンになるではないか。
28と3。つまりBradyはこの契約でFalconsをディスっていたんだよ」「なんでやFalcons関係ないやろ」
みたいな話もネットには存在するが、もちろんそんなことはない。そしてまたこの数字は単なるダミーでもない。リーグイヤーが終われば無効になってしまうこの契約額にも、実は意味がある。
その前になぜRapoportがBradyについて「1度はFAになる」と解釈したのかについて説明しておこう。それには労使協定の条文が関係してくる。
こちらのQuestion 1.8aの回答を見てもらいたい。その中には「最も最近の契約再交渉から12ヶ月が経過しなければ、ベテランはサラリーを上げるための再交渉はできない」という記述がある。
今回のBradyとチームの交渉は2019年8月に行われた。次にサラリーを上げたければ再交渉ができるのは2020年8月、つまりリーグイヤーが始まって5ヶ月近くも経過した後になる。でも今の契約はリーグイヤーが始まった時点で無効になる。つまり来年3月の時点でBradyは何をどうやってもFAになるのは不可避。おそらくRapoportはそう判断したのだと思われる。そしてFAになった43歳のBradyに対して、
35ミリオンや45ミリオンを出すチームが存在するという話もある。Patriotsは支払いを渋りすぎて、BradyをFAで失うリスクを増やしていることになるのだろうか。
そうではない。Rapoportの解釈はおそらく違う。労使協定が禁じているのは「12ヶ月以内の再交渉」全体ではなく、「サラリーを上げるための再交渉」のみであることを見落としてはいけない。労使交渉の条文を見る限り、サラリーを上げない範囲の再交渉なら別に12ヶ月が経過しなくても可能だと考えられる。
こちらのツイートがそのあたりをきちんと説明している。12ヶ月以内の再交渉や延長の禁止は「プレイヤーのサラリーを上げる場合にのみ適用される。元々のサラリーが増えることがない限り、12ヶ月以内に複数の再交渉は認められる」。従ってBradyの場合、無効になる2年間のサラリー(2020年は30ミリオン、2021年は32ミリオン)を上限とする範囲内であれば、チームがBradyと交渉することは可能なのだ。
2年62ミリオンという数字は、Bradyの年齢などを考えれば余裕でまとめられる可能性のある数字だ。2019シーズンの彼が十分に活躍し、これなら来年も任せていいとチームが考えれば、リーグイヤーが終わる前にこの上限額の範囲内でBradyとの合意を図ればいい。逆に言うならPatriotsはBrady次第でそこまで金を出すつもりがあるとの姿勢を示したとも解釈できる。一見無意味に見えた「無効になる時期以降のサラリー額」にも、実はきちんと意味があったのだ。
EaglesとDarbyの契約も、そう考えればかなり周到に考えられた契約だと言える。もちろんDarbyが年15ミリオンをもらうようなCBになる可能性がそんなにあるとは思えないが、もし彼がいきなり大活躍を始めるようなことがあっても12ヶ月も待つことなくすぐに再交渉できる余地は残しているわけだ。昔から使われている手法とはいえ、ベースサラリー15ミリオンという巨額な数字をこの仕組みに投入するあたり、さすがRosemanなかなかエグいと感心させられるところだ。
Patriotsがこのvoid yearsを使うのは今回が初めてだそうだが、確かにチームから見れば使い勝手のいい手法だし、来年以降のBradyとの再交渉で繰り返し使われる可能性はありそう。
いつ「崖」を転がり落ちるか分からない高齢QB相手には、今後この手法の利用が増えるかもしれない。
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コメント
の部分がすみません、誤読かもですが理解不能です。
年齢を、40歳オーバーを考慮すれば、成績急降下のリスクは高く、更にそれを前年成績で判断するリスクも極めて高く、故に年齢から余裕である。
のか、わかりません。
2019/08/08 URL 編集
Bradyの年齢になると、2年62ミリオン以上を要求する可能性は低い。だとすればPatriotsがその金額内で新たな契約を結ぶ可能性は十分あるだろう、という意味です。
2019/08/08 URL 編集