QBキャップヒット問題 上

 QBと高額契約を結ぶとSuper Bowlに勝てなくなる、という話がある。Ruizは2014年の時点でそう指摘していたし、Over The CapのMooreもこの話を述べている。確かに優勝チームのQBキャップヒットが10%を大きく上回るケースはほとんどなく、高額QBはむしろチームにとってマイナスではないかとの見解が出てくるのも分からなくはない。
 私自身もこちらでそうした分析をしたし、こちらのコメント欄でそうした議論をしている。QBとの高額契約によって他のポジションが弱体化する、その結果として優勝に必要なチーム力が失われているのではないか、というのがこの現象に関する説明だ。
 しかし、最近になってこの「QBへのサラリーが多いチームは優勝できない」という説に対する異論が出てきた。まず1つはRussell Wilsonの契約更改に合わせて行われたこのツイート。ここではまずPro Football Focusのグレードに基づくQB成績(今の労使協定が始まった2011シーズン以降)をZ-score化し、そのQBがプレイオフに出た割合を調べている。当然のことだが優秀なQBほど出場する確率が高い。
 次にやっているのがQBの成績とキャップヒット(こちらもZ-score化している)との関係について、プレイオフに出たQBと出られなかったQBごとにまとめたグラフの掲載。基本的にプレイオフに出てくるQBはキャップヒットがどうであれ、出られなかったQBよりは高いグレードになっていることが重要だ。さらにプレイオフに出場しているQBの方がキャップヒットは高い傾向にある。
 チームのプレイオフ出場とキャップヒット、グレード、ドラフト以降の年数との相関を見ると、統計的に有意だったのはグレードのみ。キャップヒットが実際に影響があるとしても、その度合いはQBのグレードに比して5分の1程度に過ぎないという。
 優秀なQBのキャップヒットが高くなる傾向は存在するが、それでも優秀なQBを持っている方が、そうでないQBを安く抱えて他のポジションに資金を分配できるようにするよりも、プレイオフにたどり着く可能性は高い。それがこの一連のツイートの主張したいことだろう。そして個人的にこの議論にはあまり異論はない。条件が「Super Bowl優勝」ではなく「プレイオフ出場」である限り。
 既にこちらでも述べている通り、「優れたQBを使った方が長期にわたり安定した成績を収めることができる」。安いQBを使って他のポジションを強化したチームがその力を発揮するのはプレイオフで勝ち上がる局面であり、プレイオフに出るためレギュラーシーズンで勝ち星を重ねるには優秀なQBを持っている方が有利であることはおそらく事実だ。
 ツイート主はQBへの高額投資批判に対して「不誠実に行なわれた議論」であり、その理由として現労使協定下でのSuper Bowl優勝は延べ8チームしかなく母数が少ないと批判している。彼が調査対象をSuper Bowl優勝ではなくプレイオフ出場にしたのは母数を増やすためだ。だが最初に紹介したように、QBへの高額投資を問題視している議論では、対象として現労使協定ではなくサラリーキャップ導入後の25回分のSuper Bowl優勝チームを取り上げている。ツイート主の議論は、批判そのものが的外れな藁人形論法に見えてしまうのだ。
 現労使協定の期間だけで議論が行われているのなら確かに母数が少ないという批判はあるし、それにそもそも現労使協定下の安いルーキーQBで優勝したチームは2つしかなく、残る6回は旧労使協定下でNFL入りしたQBが優勝している。だからツイート主の議論そのものには異論はない。でもその議論を見てもSuper Bowlで優勝するには高額QBを避けた方がいいという主張を否定するには筋が違っているようにしか見えないところが困る。

 だがここに別の切り口からの「QB高額契約の悪影響」に対する異論がある。上で紹介した連ツイートはプレイオフ出場という条件を設定してしまったために説得力が薄れてしまったが、今度のツイートは違う。ここではQBの高額契約がQB以外のポジションのプレイにどう影響したかを調べる方法を取っており、そしてそこから「QBの高額契約はチームにマイナスの影響を及ぼしていない」という結論を導き出している。
 まずQBのキャップヒットがパスの平均EPA、PFFのパスグレード、得失点差、PFFのレシーブグレードとどのように相関しているかを調べている。それぞれの相関係数は高いもので+0.41、低いもの(レシーブ)で+0.24と正の相関がある。つまりキャップヒットの大きいQBの方が質のいいパスを提供している傾向が存在する。2009シーズン以降のデータであり、現労使協定の影響がかなりあると思うが、それでも全体としてQBのキャップヒットは彼らの実力をそれなりに反映していると言えるだろう。
 問題はここからだ。QBがコントロールできない分野、例えばPFFのディフェンスグレード、同パスカバレッジのグレード、及びパスラッシュのグレードとQBのキャップヒットとの相関はいずれもほぼゼロ。PFFのデータではなく、1プレイ当たりのディフェンスEPAや1ドロップバック当たりのディフェンスEPAと比較してもやはり相関はほぼゼロ。もしQBの高額契約によってディフェンスが悪化する傾向が存在するのならこの数値は負の相関を見せるはずだが、実際にはそうなっていない。
 オフェンスのうちQBとあまり関係ない部分も同じだ。PFFのパスブロックグレード、同ランブロックグレード、同ラングレード、そしてラン1回当たりのオフェンスEPAとQBのキャップヒットとの相関はやはりほぼゼロ。さらにツイート主はこれらディフェンス、ラン及びOLのグレードに関する数値全てを組み合わせてQBのキャップヒットと比較することもしているが、こちらもやはり相関はゼロだった
 PFF以外のデータを使っても同じ傾向は窺える。パスオフェンス以外で生み出された得失点差とQBのキャップヒットとの比較でも相関はほぼゼロ。確かにQBに高額を支払った結果、他の分野が思い切り悪化した2015シーズンのSaintsのような例もあるが、高額契約をしつつこのデータで高い数字を叩きだしている17シーズンのRavens、15シーズンのChiefs、同シーズンのBroncosなど、例外が多数存在することが分かる。
 要するにQBの高額契約はQBとあまり関係ないポジションにおけるチーム成績にほぼ何の影響も及ぼしていないのである。「ロースター作りには実に多くの変数があるため、全体の結果には影響しない。ルーキー契約下にある1人の堅実なスターターの存在は、多かれ少なかれ(キャップスペースが少ないという)不利を帳消しにしてしまう」というのがツイート主の説明だ。
 その具体例がRavensらしい。彼らは2015シーズン以降、パスオフェンス以外でリーグ最多の得点を挙げている。Flaccoとの高額契約という不利があったにもかかわらずだ。彼らが苦戦していたのは「Flaccoに高額を支払っていたためではなく、Flaccoを先発させていたから」だという。
 これらのデータはプレイオフ出場といった条件を付していないだけに、「QB高額契約がチームの他ポジションに悪影響を及ぼす証拠はない」というシンプルな主張を明確に打ち出せている。またPFFのデータだけなら主観が何らかの形で影響している可能性もあるが、他にもEPAなどを利用して同じ結論を導き出しているため、そうしたツッコミに対する反論もできる。隙の無い、いい主張だと思う。
 もしツッコミを入れるとしたら、これらのデータにプレイオフの数値が含まれているのか、あるいはプレイオフの数値だけで見るとどのような相関が出てくるかについて問い質すくらいだろう。レギュラーシーズンでは弱体なチームと相対することもあり、その際にはQB以外のポジションが弱体でもそれなりの成績を収める機会がある。しかしプレイオフになると弱体チームが消え、その際にはQB以外のポジションの弱さがそのまま表に出てくる、という現象が起きる可能性はないのだろうか。
 そうした疑問はあるにせよ、この「QB高額契約」が必ずしもマイナスとは言えないという指摘は十分に検討すべきテーマだろう。重要なのはQBのサラリーではなく彼らの能力そのものだとしたら、例えばWilsonのルーキー契約終了後にディフェンス成績が落ちているように見えるSeahawksが、これから再びディフェンスを強化する余地があることになる。また私が時々述べている「4年ごとにルーキーQBに入れ替える」戦略は成り立たなくなる。色々と考えるきっかけになりそうな、いいツイートだった。
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コメント

きんのじ
Braidyの契約延長前に、タイムリーな良い記事でしたという感じでしょうか(^-^)

前のZeekへの批判的な記事に感じる事なのですが、マニアックな部分部分の統計を持っても、その選手がどのくらい勝利に貢献してるかは測れないような。
部分で見て多くが知らない選手がZeekより優れてると言われても、統計的に過程に間違いはないのでしょうけど結論は「はぁそうですか?」という感想しか無いように感じてました。

もともと、NFLだと統計分析には圧倒的にサンプル数が少ない世界(本質的には向いていない)なので、そこでマニアックな統計すると「勝利に関係するの?」という違和感を強く感じます。分析要素を増やして、統計的に多角的にして補うしかないのでしょうけれど。

QBの事、Braidyの事については、40オーバーで導火線に火はついてる、いつ爆発するか誰にもわからないにしても「勝利に貢献している」たぐいまれなQBという印象は揺るがないので、個人的には「妥当では?」と感じます。
ただ、支払い金額的に、Patriots流が「他と変わんないじゃん」という感じもして、そこをどう分析されるかは興味があります(^-^)

desaixjp
部分的な統計を見たときに「多くが知らない選手」がZekeと並んでしまう理由は、確かに母数の足りないデータに問題があるのかもしれません。あるいはそうした「知らない選手」とZekeの間に、一般に思われているほどの差はないことを示しているのかもしれません。

シチュエーションごと、選手ごとに細かく分けていけば確かにサンプル数は減りますが、それをしなければ十分なデータが手に入ります。そしてその母数が多いデータを基に論じるなら、RBに高額投資をするのはマイナスという結論しか出ないと思います。Zekeに限らず誰であってもそうでしょう。

Bradyの契約については後でエントリーを上げますので、そちらを見てください。あれはかなりディープな取引のようです。
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