パスラッシュとパスブロック

 ワーテルローへの道は1回休み。

 パスラッシュとカバレッジ問題はこれまでも何度か書いてきた(こちらなど)が、さらに新しい情報が出てきた。ただし厳密に言うなら出てきた話題はパスラッシュとパスブロックの対比。オフシーズンでリーグに動きがあまりなく、一方で過去のデータを整理し解釈する時間はあるタイミングだからこそ、こうした話が注目を集める面もあるだろう。

 その話とはこちら。冒頭にもある通り、結論は「パスブロックはパスラッシュよりより重要である」だ。その論拠として使われたのはPBWRことpass block win rateと、PRWR即ちpass rush win rateである。以前にも紹介したがこれらの指標はNext Gen Statsを使用しており、PFFのデータよりも客観性は高い。
 データ算出に際してこの数値をまとめたESPNのチームは「2.5秒」を基準にしたそうだ。リーグ全体でパスを投げるまでの時間は平均して2.5秒と言われている。その間、パスラッシュを食い止められればOLによるパスブロックの勝利、それ以前にブロックを破ればディフェンスによるパスラッシュの勝利という基準で、各個人単位のみならずチーム単位でも成績をまとめたという。
 2016-18シーズンにおいてシーズンPBWRの高いチームが勝った確率は60%だったのに対し、PRWRの高いチームが勝てたのは52%にとどまった。特に2018シーズンはこの傾向がはっきり出たそうで、PBWR上位12チームのうち8チームはプレイオフにたどり着き、逆に下位12チームは1つたりともプレイオフには出られなかった。トップ4のうち3チーム、Rams、Chiefs、PatriotsはConference Championshipに出場している。
 だがPRWRの高いチームを見ても、トップ5チームはPanthers、Rams、Dolphins、Eagles、Billsであり、過半数がプレイオフにすらたどり着けなかった。逆にリングを取ったPatriotsはPRWRだと下位5つに顔を出している状態。PBWRと勝率との相関係数が0.37に対し、PRWRと勝率だと0.12になる。パスブロックは弱い相関を持っているが、パスラッシュはほぼ無相関なのだ。
 勝率だけでなくExpected Points Added per Playを見てもPBWRとの相関0.40に対し、PRWRとの相関は0.15にとどまる。特に2018シーズンだけに限ればPBWRとの相関がEPA/Pで0.53、勝率で0.59に達するのに対し、PRWRはそれぞれ0.11、0.23となっている。こうしたデータは「カバレッジがパスラッシュより重要だというPro Football Focusの理論とも異なるものではない」そうだ。
 ではPBWRとPRWRの安定性には違いはあるのか。カバレッジとパスラッシュではシーズンをまたいだ安定性で後者の方が勝るという結果が出たが、パスブロックとパスラッシュの間では大きな差はないそうだ。2018シーズンだけなら前半と後半の相関係数がどちらも0.69になったし、2016-17シーズンもPBWRが0.55、PRWRが0.59と大きな違いはない。
 比較対象を「シーズン前半のPBWR/PRWR」と「シーズン後半のEPA/P」にすると、しかし話は変わってくる。2016-17シーズンの場合、PBWRが0.28、PRWRが0.16となってやはりパスブロックの方がチームの実力との相関が高いし、18シーズンだけならPBWRが0.62、PRWRが0.17ともっと大きな差が出る。ちなみに2018シーズンのみ別項で取り上げているのは、Next Gen Statsを計測している企業が計測方法を変えたためだそうだ。記事中では18シーズンの方がよりデータが正確になったのか、それとも1年だけのランダムな変化なのかはまだ分からないという考えのようだ。
 以上、パスブロックの方が重要だというのが事実だとして、ではGMはどうすべきなのか。スターOLに今よりも多くの資金を投入すべきか、という議論に対してESPNの記事は必ずしも同意してはいない。以前からBurkeが主張していた通り、OLはいわば鎖であり、その一部だけを強化しても他に弱いところがあれば効果は薄れる。「私がGMならグループとしてのOLに多く投資するが、その投資は多くのプレイヤーにばら撒く」そうだ。個々の選手ではなくグループとして考えるなら、よりよいOLを持つほうがよりよいDLを持つよりも勝利に近づくという。
 この調査に対する疑問があるとしたら、PBWRの計算がプレイアクションやスクリーンパスといった特殊なパスの比率による大きな影響を受けている可能性だ。このうち後者については著者がツイッター上で「スクリーンパスはPBWRの計算から除いている」と言及している。一方、前者についてはこちらの計算を見る限り記事の結論を変えるほどのインパクトはないという。
 プレイコールによる影響が限定的なのであれば、パスブロックとパスラッシュを担当するプレイヤーたちのどちらに力を入れるべきかがはっきりする。間違いなくOLの方だ。ただし特定のスター(例えばLTなど)に大量のサラリーを注ぎ込み、残りを安い選手で埋め合わせるのでは意味がない。デプスも含めてOLのトータルとしての力をできるだけ高めることが重要になる。逆にそちらをないがしろにしたままパスラッシュを強化しても、チームの勝利にはつながりにくい。
 昨シーズンの成績でいえば、こちらのグラフで右下にいるところはチーム作りの方向性を間違えていると言われても仕方ない。目指すのは上の方であり、特に効率を重視するなら左上に行くほどサラリー的に効率のいいチーム作りを進めている可能性が増す。上の方に並んでいるチームのうちまさに左上にいるのがPatriots。限られたリソースを配分できない分野があるのなら、勝敗との相関が低いパスラッシュを選ぶようにしてきたのが彼らだ。

 この問題について別の角度で紹介しているのがこちら。PFFの記事やESPNチームの発見を紹介する一方で、Joe Bannerによる反論も載せているのだが、「Bannerがそうではないという結論を出した方法について明かすことを拒んでいる」点を指摘し、パスラッシュの方が重要だという説の論拠が明白でないことをあぶり出している。
 だが興味深いのはむしろ議論の解説よりもその後に出てくる最近流行の「creeper」ディフェンスの紹介の部分だろう。原稿ではゾーンブリッツから始まる過去のディフェンスの流れを一通り述べた後で、カレッジで進んでいるディフェンスの変化を紹介している。2018シーズン、LSUはディフェンススナップの50%でこのcreeperという手法を使い、全米4位のパスディフェンスを達成したという。
 creeperの特徴はいかにもブリッツをかけるふりをしながら、最終的には4人しかラッシュしないところにある。残る7人がゾーンに下がり、レシーバー陣をカバーする一方、ラッシュをかける4人はできるだけオフェンスのブロッカーを混乱させ、少ない人数で最大限のプレッシャーをかけるよう試みる。フロントの4-2に加えてNickelbackまでブリッツをかけるように見せながら最終的にはDL3人とMLBの計4人しかラッシュしないとか、3-3からDEが1人下がり、代わりにLB2人がラッシュに参加するなど、できるだけ相手が想定しないようなパスラッシュを行なうことが重要だ。
 もちろんプロでもこのプレイは以前から使われていた。早くも2010シーズンにはRex RyanのJetsがそうしたプレイを取り入れていたし、他にも多くのチームが取り組んでいる。このプレイを実行するには、DLやLB、SafetyやNickelbackといった面々にできるだけversatileな選手を揃えている方がやりやすい。通常はLBとしてアンダーニースを守るが、一方でパスラッシュも上手いというタイプのLBがいれば、オフェンスのブロッカーをさらに混乱させられるだろうからだ。Collinsを再雇用したPatriotsなどは、パスラッシュの上手いLBを手に入れたためcreeperがやりやすくなるのではと記事中では指摘されている。
 そして、こうした手法の利用が増えた場合、果たしてパスラッシュとカバレッジの勝利への貢献度はどう変わるのかという問題もある。そう、ここまでのパスラッシュとカバレッジの関係はいつでもどこでもフットボールのゲームに共通して存在する傾向なのか、それとも足元のNFLで特徴的に生じている傾向にすぎないのか、実はまだ明確ではないのだ。こうしたことが分かるまでには時間がかかるだろう。
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コメント

きんのじ
今年(去年?)のFA市場では名のあるエッジラッシャーが多く出て、逆にOLやCBは各チームキープして静かな印象。記事の分析が正にトレンドのように感じます。

ただ反面、Patriotsについては、FAの中でも高額でキャリア終盤だろうBennettを獲得したこと、またRamsとのスーパーではパスラッシュハッピーな作戦でリズムを狂わせ勝利したことなど、別の見方をしてそうで気になります(^-^)

また、PFFの選手グレードだとRonald 1位、Cox 4位など、パスラッシュ得意なDTが高順位なのも興味深いところです。

desaixjp
Analyticsの流行について以前にも触れましたが、ご指摘の通りおそらくそうしたデータを気にするチームが増えてきているのでしょう。Edgeが放出されるケースが目立っていたのも、そうした傾向が背景にあるのかもしれません。

ただBennettのサラリーについて言うと、それほど高額ではありません。例えばまだルーキー契約中のMyles Garrettの年平均キャップヒットは(キャップ増加分を加味して)8.57ミリオン、一方のBennettは8.38ミリオンです。安いルーキー契約の選手より安価にベテランを手に入れたと考えれば、あまり高額とは言えないと思います。ちなみにLionsに移ったFlowersの年平均キャップヒットは18ミリオンです。
https://overthecap.com/contract-history/edge-rusher/
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