ホモ・エコノミクス

 またワーテルローはお休みしてNFLの話を。

 こちらのエントリーのコメント欄できんのじさんと議論をした際に、Gronkowskiのサラリーについて、2018シーズン前に解雇すると巨額のデッドマネーが発生し、それは契約を継続するよりも高くつくという話を紹介した。ソースとなったデータはSpotracのものだ。
 ただし注意しなければならないのは、サラリーキャップに関連するデータは全て外部の人間による推測でしかない点であろう。内部から出てくる資料としてはNFLPAが出してくるPublic Salary Cap Reportくらいのもので、これはチーム単位のデータでしかなく、個々の選手の数値についてはよく分からない。
 Spotrac以外で有名なのはOver The Capだが、Gronkのページを見ても2018シーズン以前にカットされた場合のデッドマネーは分からないし、Patriotsのページにはもはや2018シーズンのタブがない。2018シーズンのTEのページを見るとGronkが最高額TEであったことは分かるが、そもそも額がSpotracと違っており、どちらを信じていいのかが分からなくなる。

 そんな中で見つけたのがこちら。おそらくPatriotsのサラリーについて詳細に分析しているこの人物が2016年にまとめたものだ。データとして古いという問題があるが、少なくともこのデータを見ると2018シーズン時点では解雇によって発生するデッドマネーは4ミリオンにとどまることになっている。Spotracの額と比べると随分少ない。
 もちろん、その後で契約更改によってデッドマネーが増える可能性は残っている。よく見られるのはBase SalaryをSigning Bonusに変えるというやり方で、例えばPatriotsではGilmoreとの契約で毎年のようにそれを行なっている。この方法を取ると当該年に一気にキャップ計上はずだった金額を、契約の残り期間に均等配分できるようになるため、足元のキャップが減るという効果が期待できる(ただし翌年以降のキャップ負担は増える)。おかげでGilmoreを今年解雇するとキャップヒットはむしろ増える計算になってしまっている。
 だがGronkの契約リストラに関する過去の記事を見ると、こうした方法を取っているという記述は見当たらない。例えば2017シーズン前の5月に報じられた契約見直しの内容は、単にインセンティブを乗せてそれらを達成すればGronkのサラリーが増えるという内容にすぎない。2018シーズン直前の8月に報じられた新しい見直しも、基本的にはインセンティブの上乗せだ。
 Signing Bonusを増やす方法を取っていないとしても、他に何らかの形で保証額を増やしていて、それが結果としてデッドマネーの増加につながっていた可能性はある。だがそうではなく、単にSpotracのデータが間違っている可能性もある。2018シーズン時点でGronkを解雇していた場合のデッドマネーは、少なくて4ミリオンから多くてSpotracの言う12ミリオン強まで、様々なケースが考えられると見た方がいいだろう。だとすれば、最少額で済む場合について考察してみるのは悪くない。

 もしデッドマネーが4ミリオンで済むのだとしたら、Belichickはトレードに失敗した時点でなぜさっさとGronkを解雇しなかったのか。
 順を追って考えよう。まずBelichickが2017シーズン終了後にGronkの成績が落ち始める深刻な可能性を感じとったのは間違いあるまい。それがなければさすがのBelichickでもGronkをトレード対象には考えないだろう。実際にPatsはドラフト前後にLionsとトレードでほぼ合意していたという。
 この場合、トレードしてもPatsに4ミリオンのデッドマネーが発生するのは絶対に避けられない(既に支払ったSigning Bonusをキャップに均等配分しているだけなので)。ただしトレードを行えば対価としてドラフト権が手に入り、トレード相手は4ミリオンを割り引いた金額でGronkを使える。言うなればPatsは4ミリオンでドラフト権を買うことになるわけで、例えばLionsから2018シーズンの1巡を手に入れるのであれば、全体20位を4ミリオンで買うつもりだったと解釈できる。
 しかしこのトレードはGronkの抵抗に遭って失敗に終わった。それによって4ミリオンを何らかの形で取り返すことは不可能になったと考えていいだろう。要するにこの4ミリオンはsunk costと化したわけだ。経済学的に言えばsunk costにこだわってさらなる投資を続けるのは無駄である。経済学部出身のBelichickも当然そう考えるだろう。4ミリオンの損失はもはや決まったものだとして、では次にどんな選択を取るべきだろうか。
 まず確定した4ミリオンの損失とともにGronkから去る方法がある。つまり解雇だ。逆にGronkを手元にとどめる方法もある。この場合のキャップヒットは11ミリオンになるが、4ミリオン分は損失として確定しているので、実質的にGronkにかかるコストは7ミリオンと割り切って判断することになる。
 2018シーズンのTEのキャップヒットを見ると、ちょうど9番目のBrateが7ミリオンだ。BelichickとしてはGronkの成績が落ちるとしてもBrate並みの順位までしか下がらないなら、引き続きGronkを雇い続ける意味はある。逆に彼の成績がもっと大幅に落ちるのであれば、Gronkに7ミリオン分の価値はないことになり、彼を解雇するのが正しい選択となる。Belichickは後者を選んだ。つまり彼はGronkに、まだリーグ9位のTE並みかそれ以上の力は残っていると判断したことになる。
 結果はどうだったか。単純にヤードで見ればGronkはリーグで6番目の成績を残した。20回以上ターゲットになったTEの中で、Y/Tgtでは8位になっている。Approximate Valueなら6位タイだ。最も厳しいPFFの評価だと10位になる。全体としてみれば、Belichickが行ったであろう計算に見合う程度には仕事をしたと考えられる。
 もちろんこの結果はたまたまにすぎない可能性がある。Belichickの見積もりが間違っていればGronkの成績はもっと大きく下がっていただろうし、その場合は「やはり解雇しておけばよかった」という結論になる。怪我の可能性は当然考慮に入れていただろうが、実際に出場した13試合よりも少ない試合しか出られない状態になっていれば、やはりコスト高だったという話になる。
 個人的にはBelichickも迷ったのではないかと思う。根拠は2017シーズンの契約見直しが5月には終わっていたのに対し、2018シーズンは開幕直前の8月まで時間がかかった点にある。解雇するつもりの選手にインセンティブを乗せるような契約見直しはしないだろう。まず解雇するかとどめるかを判断し、後者に決まったならそれからインセンティブの話をする。おそらくそういう順番で判断をしていったからこそ、契約見直しが8月までずれ込んだのだと思う。
 なおインセンティブが全て発動していればGronkの契約はさらに膨らんだことになるが、インセンティブを満たすだけの活躍をしてくれれば決して割高ではないという判断だろう。Pats側がつけた条件を見ると、First Team All-Proに選ばれた2017シーズンの実績を超えることを求めている。リーグトップのサラリーにふさわしいプレイをすることが条件なわけであり、実際にそれだけの活躍をしたのならチームは喜んで金を支払っただろう。

 以上は基本的にGronkのデッドマネーが4ミリオンであればという前提に基づく私の想像でしかない。Belichickが本当は何を考えてあのような行動を取ったのかは不明。ただ、前年にAll-Proに選ばれたTEをトレードに出そうとしたあたり、彼が冷徹な判断をする人物であることは間違いないし、であれば彼の判断がそれなりに合理的な手順を踏んで行われたと考えるのはおかしくないと思う。
 彼はまずGronkの衰えを察知し、その度合いがどの程度かも推測した。そしてまず、Gronkに対して支払い済みの4ミリオンを少しでも取り返すべくトレードを画策。しかしそれが失敗するや否や、4ミリオンについてはsunk costであるとあっさり割り切り、それを除いて残る選択肢の中から最も利得が多そうな道を探した。そして最後に、Gronkが衰えるという自分の判断が間違っている可能性を潰すために、インセンティブを上乗せする契約見直しを行った。トレードのせいで不満を抱いていたGronkをなだめ、シーズンに集中さえるために行なった面もあるだろう。
 GMとしてのBelichickの仕事は、限られたサラリーの枠を最大限に活用してチーム力を高めることにある。Gronkに関する彼の判断もそうした方針に合わせたものだろうが、その際に経済学が想定するようなhomo economicus的発想で行動するところが彼の特徴なのだと思う。

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コメント

きんのじ
情報ありがとうございます(^^)/

考察されてる通り、トレードという選択肢が無くなった時点で、インセンティブ追加での雇用 or 解雇となりますが、解雇→即引退ではなく、Gronkを求めるチームがあればFA移籍があるなぁ。とも思いました。

Patriotsが前年のスキームやプレイブックを引きずるとは思えませんが、レシービングTEとして自軍のLB、CB、Sの癖は体感してると思います。

プレイオフやスーパーでぶつかるかも知れないチーム、或いは同地区に移籍されると、多少は嫌だったかも?
などとも考えました...。

desaixjp
確かに解雇して他チームに行った場合のマイナスも考慮材料に入っていた可能性はありますね。
それ以外にも妄想をたくましくすれば、色々なことが考えられます。
例えばGronkがトレードに応じていればBrandin Cooksは手元に残しておいたかもしれないとか。Gronkを使えば1巡が手に入りますし、5年目を迎えていたCooksのサラリー増加分もGronkを減らした分で調達できます。その場合、Josh Gordonのトレードは見送られていた可能性もありますし、1年早く別のTE探しに取り組んでいたとも考えられます。
Patriotsに限った話ではありませんが、無数にあるルートの中からどうすればもっともいいチームが作れるのかを考えることも、ファンの楽しみ方の1つかもしれません。
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