FA市場停滞

 NFLではFA開始直後の喧騒が落ち着き、ドラフトまでの比較的静かな期間に突入している。次に大きな動きが出てくるのはドラフト時になるのだが、その前にFAの動きに関してNick Korteが面白い指摘をしている"https://overthecap.com/are-compensatory-picks-slowing-down-free-agency/"。もちろん彼が専門的に取り上げている補償ピック絡みの話だ。
 最近になって以前より補償ピックへの注目度が上がっていることは間違いない。comp pick crazyと表現している記事もあるほど"https://www.cbssports.com/nfl/news/nfl-insider-notes-comp-picks-all-the-rage-in-free-agency-the-steelers-perfect-draft-fit-and-more/"。結果起きているのが、FA市場の停滞だという。
 というと違和感を覚える人もいるだろう。今年のオフも例年通り、いや例年以上に大きな動きが出ているではないか、と。確かにそういう印象を抱くのはおかしくない。ただ注意しておくべきなのは、その「大きな動き」の中に数多くのトレードが含まれている点だ。こちら"https://www.spotrac.com/nfl/transactions/trade/"を見ればわかるのだが3月中に行なわれたトレードは12件で、そのうち先発級のQBが2人いるほか、キャップヒット10ミリオン以上の選手が6人含まれている。
 FAとして新たに契約を結んだ選手の数も、今年が突出して少ないわけではない。Korteの記事にもあるのだが、3月中に契約を結んだ補償対象のFAは122人。去年や一昨年よりは少ないものの、その前の2016年、2015年よりは少し多めだ。例年以上とは言えないまでも、例年並みとであることは否定できないように見える。
 だがKorteはさらに2種類の数字を挙げ、実際にはFA市場が停滞していると主張する。「もし補償ドラフト対象FAと契約すれば、自らの補償ピックが相殺されて失われる可能性を抱えているチーム」の数が例年以上に増えているのがその理由だ。
 4月に入る前の時点でそうした懸念を抱えているチームは、今年は15も存在するという。過去4年でこの数字が最も大きかったのは12チーム。これまで補償ピックの有無を気にかけていたチームは多くてもリーグの3分の1強にとどまっていたが、今年はそれが半分近くまで膨らんだことになる。失われるリスクのある補償ピックが6巡以上のチームとなると、これまで最多7チームだったのが今年は9チームに達している。
 具体例を挙げるなら、新たに補償ドラフト対象FAを手に入れることで3巡の補償ピックを失うリスクがあるのがRavensとSteelers、4巡がRams、Chargers、Eagles、そして5巡がBearsとDolphinsだ。これらのチームにとっては今FAを取りに行くことは将来のドラフト権を失うことと同義である。また今の時点で補償ドラフト権はないものの、相殺分と同数なのがBengals、Chiefs、Cowboys、Buccaneersなどであり、彼らは自分たちのチームにいたFAがどこかと契約すれば補償ピックが手に入る可能性があるため、やはり相殺対象になる新たなFAとの契約を躊躇する理由がある。
 つまり今起きているのは「FA契約そのものが減る」という現象ではなく、「FA契約によって補償ピックを失うことを気に掛けるチームが増えている」ことなのだ。Korteに言わせれば、かつて補償ピックを重視していたのはNewsomeのRavens、BelichickのPatriots、及びThompsonのPackersくらいだった。だが最近はそれにSteelers、Bengals、Broncos、Seahawks、49ers、Ramsなどが加わり、そして足元ではさらにBearsやRedskinsまでが補償ピック重視に転じてきた。かつて圧倒的に少数派だったのが、今や多数派になっているというわけだ。
 結果として何が起きるか。FAを積極的に取りに行くチームが少なくなるということはそれだけ彼らの需要が減ることを意味する。FAの中でもトップクラスの選手たちはそれでも行き先を見つけることはできるだろうが、二線級以下の選手たちはそもそも行き先がなくなる。彼らが仕事にありつけるのはドラフト後の2回目の火曜日以降。制度上、この時期以降になればFAは補償ピックの相殺対象から外れることになる。
 Korteは補償ピックのためにFA市場が停滞するのを避けるべく、この相殺対象から外す時期の前倒しを提案している。それ以外にも補償ピック対象となるサラリーを今より引き上げる案、7巡相当の補償ドラフト対象FAは7巡以外とは相殺しない案、3巡や4巡の補償ピックの入手をより困難にする案、さらには補償ピックそのものの廃止案なども提示している。最後の案などは実現されるとKorteの仕事がなくなることになってしまうのだが、補償ピックが実際には金持ちがより豊かになるという勢力均衡と逆の効果を持っているのだとしたら、むしろ廃止こそがリーグとして首尾一貫した対応になりそうだ。

 いずれにせよKorteの改革案がすぐ実現することはない。つまり今の制度のまま、補償ピック重視チームが過半数を超えた状態になった今、市場はどのように変わるのだろうか。いくつか考えられる。
 まずKorte自身も指摘している"https://twitter.com/nickkorte/status/1111379612381044736"「補償ピックを気にしないチームが有利になる」現象がある。今年でいえば大量のFAを取りまくっているBillsなどがその効果を得られる可能性がある。積極的にFAを取りに行くチームが減った結果として、過去よりも買い手有利な市場が出来上がっていると考えるなら、今こそ例年より割安になっているFAを取りに行くべきという考えは間違ってはいない。
 問題は「例年より安くなったとしてもルーキー契約よりは高い」可能性が残っていることだろう。終わってみればやはりドラフトで手に入れた方が割安だった、というケースが生じ得る。どのくらいまで買い手が減ればルーキー契約と比べても遜色ないFA選手が入手できるのか、その水準を見定めなければならない。それこそBillsの今後の成績に注目したいところだ。
 逆にこのタイミングで補償ピック重視へと舵を切ることは、思ったより高いリスクをもたらす懸念もある。かつて補償ピックを重視していたのはあくまで少数派であり、だからこそ彼らはいわば「補償ピック獲得市場」の数少ない買い手として割安にドラフト権を手に入れていた。しかし今やこの市場には買い手が殺到しつつある。32個しかない補償ピックの取り合いにリーグの過半が参加する状態になると、おいしいピックは手に入らなくなるかもしれない。
 個人的には現時点で相殺対象となっても、第10週より前にカットしてしまえば補償ドラフト権対象から外れるのだから、補償ピック重視であっても1人くらいなら採用する余地はあると思う。FA市場が買い手有利になっているタイミングを生かして少しでも多く確保しておき、一方でダメだった相殺対象選手をカットする形で補償ピックを手に入れる余地も残すという両にらみ作戦も必要だろう。
 もう一つ、FA市場より補償ドラフト権を重視するということは、既に存在する「自家製選手重視」の流れがさらに加速することを意味する。だがそれは、もしかしたら現時点で既に存在する「割高な選手を抱え込む要因」"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56912355.html"を一段と強める結果をもたらしかねない。
 今のところ上のエントリーで紹介したVAMPに対しては米国でもあまり反応がないのだが、「自家製ベテラン選手」が過大評価を受けやすいことについてはNate Silverの本"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/54459736.html"でもNBAの事例が紹介されていた。当然NFLにもそうした事例はあるはずだし、自前のベテランを容赦なく切り捨ててきたPatriotsの例は逆説的に他チームが保有効果に囚われていることを証明している。
 Patriotsが補償ピック重視だったのはFA市場がもたらす「落札者の呪い」を回避するためであるが、一方で彼らは補償ピックへの影響が限定的な安いFA選手、及び影響皆無のトレードを使って自家製選手以外をかき集めることにはあまり躊躇しない。補償ピック重視がFA軽視になってしまうと、それはむしろPatriots優位を強化するだけになりかねない"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56809701.html"。
 何しろBelichickはRBのサラリーが落ち込みきったところで彼らを買いあさり始めるなど、市場の変化には敏感に対応しているGMだ。補償ピック重視が行き過ぎ、需給のバランスが変化したことに気づけば、当然それに合わせて行動を変えてくるだろう。勝ちたければ成功者の真似をするだけでは不十分。いかに彼らに先んじるか、どうやって彼らを出し抜くか、各チームはそうしたことをもっと考えなければならないのだろう。
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