ホラント遠征

 英=ロシア連合軍による1799年のオランダ遠征については最近になって複数の本が出版されている。1つはA Waste of Blood and Treasure"https://www.pen-and-sword.co.uk/A-Waste-of-Blood-and-Treasure-Hardback/p/13573"で、もう1つはThe Secret Expedition"https://www.helion.co.uk/the-secret-expedition-the-anglo-russian-invasion-of-holland-1799.html"だ。
 著者名を見ればわかるのだが、前者は英国人で後者はオランダ人が書いたもの。実のところ後者は既に同じ戦役についてオランダ語で本をまとめている"https://books.google.co.jp/books?id=2_uhAAAACAAJ"。ただし今回の英語の本はページ数が倍以上になっており、新しい方が詳細に書かれている可能性が高い。ちなみに英国人の書いた方は約200ページとそれほど多くはない。
 これらの中で最も古いオランダ語の本についてはこちら"https://www.napoleon-series.org/reviews/military/c_uythoven.html"できちんとレビューがなされている。採録されている地図についての不満を除けば、ほぼ称賛ばかりだ。この時代の戦争についてマニアックに掲載しているサイトでの評価だから、おそらくそう間違ったものではないだろう。
 英国人の書いたものについてはアマゾンにすらレビューが書かれていない"https://www.amazon.com/dp/1473885183"。私が見つけられたのは書評サイトに載っているたった1つのレビュー"https://www.goodreads.com/book/show/34379277"だけだったが、中身はほぼ書き捨てに近いもので参考にならないこと山の如しである。
 一方、最も新しいSecret Expeditionについては発売されて間もないにもかかわらず既にいくつかのレビューがアマゾンに載っている"https://www.amazon.co.uk/dp/1912390205"。これまたどれもこれも高い評価。実際に史料からの引用が多く、充実した地図がついているなど、内容的には満足のいくものになっている。
 基本的に英国人の書いたものは「英国の視点」で見たこの戦役についての説明だ。それは第4章の題名が「敵――フランス=バタヴィアの戦力」となっているのを見てもわかる。他国の動きについての説明がないわけではないが、その多くは現場における各軍(ロシア、フランス、オランダ)の動向を簡単に述べているだけで、その背景分析や彼らの考えについて深く踏み込んだ話は書かれていない。あくまで英国の読者向けの本と見ていいだろう。
 一方The Secret Expeditionはやはりオランダ側の視点が中心。英国本が例えばアバクロンビーの性格にまで踏み込んで書いているのに対し、こちらはそういう部分はあっさり流し、代わりに上陸を受けてやって来たフランスの増援は到着が早かったのか遅かったのかといった点を詳しく記している。この本については後で個別にレビューを書いてみたい。

 この時期の戦役の中でもかなりマイナーなものだが、その割にネット上の情報は充実している。英語wikipediaで戦役を扱ったページ"https://en.wikipedia.org/wiki/Anglo-Russian_invasion_of_Holland"は結構詳しい経緯が記されているし、大きく5つあった個々の戦闘についてもそれぞれに専用のページが存在する。英国の王族(ヨーク公)が参加した戦役でもあるので、それなりに注目されているのだと考えられる。
 オランダ語wikipedia"https://nl.wikipedia.org/wiki/Brits-Russische_expeditie_naar_Noord-Holland"も同じくらい詳しく記されているが、何より凄いのがフランス語wikipedia"https://fr.wikipedia.org/wiki/Invasion_anglo-russe_de_la_Hollande"。文章の量はおそらく英語wikipediaの8割増しくらいに達しているはず。一方、同じくこの戦役に参加したロシア語のwikipedia"https://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%93%D0%BE%D0%BB%D0%BB%D0%B0%D0%BD%D0%B4%D1%81%D0%BA%D0%B0%D1%8F_%D1%8D%D0%BA%D1%81%D0%BF%D0%B5%D0%B4%D0%B8%D1%86%D0%B8%D1%8F_(1799)"はさみしい分量になっている。
 ネットのデータが充実しているのは参考文献の多くをネットで確認することができるため、という面もあるのだろう。まず英語wikipediaで紹介されている文献を見ると、De Bataafsche republiek"https://archive.org/details/debataafscherepu00cole/"、The Campaign in Holland, 1799"https://books.google.co.jp/books?id=fU1NAAAAcAAJ"、British minor expeditions: 1746 to 1814"https://books.google.co.jp/books?id=2EEJAAAAIAAJ"、Histoire Critique Et Militaire Des Guerres de la Revolution, Tome Douzième"https://books.google.co.jp/books?id=Bb8AAAAAYAAJ"、Geschiedkundige Beschouwing van den Oorlog op het grondgebied der Bataafsche Republiek in 1799"https://books.google.co.jp/books?id=vFtKAAAAMAAJ"についてはネット上で無料で閲覧できる。
 フランス語wikipediaには上記の他にHistoire de la campagne faite en 1799, en Hollande"https://books.google.co.jp/books?id=MYk7AQAAIAAJ"、Tableau Des Guerres de La Révolution, de 1792 a 1815"https://books.google.co.jp/books?id=P7eriT8DBzYC"、La République batave et le 18 brumaire"https://journals.openedition.org/ahrf/301#tocto1n2"、Narratives of some passages in the great war with France"https://books.google.co.jp/books?id=rDkIAAAAQAAJ"などが紹介されている。
 それだけにとどまらない。例えば英語ではA Narrative of the Campaign in North Holland. 1799"https://books.google.co.jp/books?id=ZRtlAAAAcAAJ"、The Army and Navy Magazine"https://books.google.co.jp/books?id=tIEDAAAAYAAJ"に収録されているThe Anglo-Russian Expedition to Holland(p179-)などもあるし、ロシア語史料だと公式戦史のドイツ語訳がこちら"https://books.google.co.jp/books?id=hYFBAAAAcAAJ"で読める。
 実際に戦役に参加したものたちの書簡などを確認できるものとしては、英軍のムーアの日記"https://archive.org/details/diarysirjohnmoo01moorgoog/"、フランス側のヴァンダンムの書簡("https://books.google.co.jp/books?id=-YjmjKENQIwC"と"https://books.google.co.jp/books?id=1ZZTAAAAcAAJ")、ブリュヌの伝記"https://books.google.co.jp/books?id=Ok06AAAAcAAJ"に掲載されている史料などもある。少し探しただけで意外に色々と見つかるものなのだ。
 ただネット上の史料だとなかなか補完できないのが地図。一応こちら"http://wars175x.narod.ru/175maps.html"の一番下にベルヘンの戦い及びアルクマールの戦いに関する詳細な地図が紹介されているが、それ以外となるとあまりいいものが見つからない。もっと一般的な地図を使おうと思っても、例えばジョミニの著作に付属している地図集"https://www.e-rara.ch/zut/content/titleinfo/9345320"の中にはオランダの地図は収録されていない。

 もちろんそうは言っても基本的にはマニアックな歴史の一断面。英語圏の人間であっても、大多数はせいぜい童謡のThe grand old Duke of York"https://www.youtube.com/watch?v=ktkM2GtaSMk"を思い浮かべるくらいだろう。この童謡で歌われているヨーク公は1799年のオランダ戦役を率いたフレデリックであるとの説が多いそうだが、それ以外の説もあり"https://en.wikipedia.org/wiki/The_Grand_Old_Duke_of_York"実際のところは不明。これについてもいずれ書いてみたい。
 日本語になるとこの戦役について触れているものはネット上ではほぼ皆無になる。私自身がこちら"http://www.asahi-net.or.jp/~uq9h-mzgc/1799hlnd.html"で書いたごくごく簡単な説明以外には、まとまって言及しているものが見つけられないレベルだ。英語圏で手に入る情報との落差という点では、この時代の軍事史の中でもかなり大きな戦役の一つだろう。
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