オブラ・ディン号 ネタバレ考察1

 オブラ・ディン号の帰還"https://store.steampowered.com/app/653530/Return_of_the_Obra_Dinn/"について、さらに考察をしよう。もちろんネタバレ。前回はどちらかというと妄想が中心だったが、今回からはもう少しゲームの流れを把握しつつ、語られない行間を想像してみたい。特に中心として取り上げるのは、船長をはじめとした船の幹部たちがどのタイミングでどのように考えを変えていったかについてだ。

 まず基本的な条件として、オブラ・ディン号は現実の東インド会社の船舶(East Indiamanと呼ばれていた)とはかなり異なるものであることを踏まえておきたい。こちら"https://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/VideoGame/ReturnoftheObraDinn"にはゲームと現実との違いとして「索具が実際の船よりまばら」「船長室から後尾に出る出口に扉がなく雨が入り放題」といった点が指摘されている。
 何より重要なのは、実際のEast Indiamanには100人ほどの乗員がいるのが通常であった点だ。こちら"https://books.google.co.jp/books?id=yklDAAAAcAAJ"によれば800トンの船の乗員は「101人」(p264)であり、またこちら"http://www.ehs.org.uk/dotAsset/b02a89e3-b0cf-4689-95e1-892682f725da.pdf"によれば乗員1人当たりの船舶トン数は8~10トンだったという(p45)。オブラ・ディン号は乗客を除くと51人の乗員しかおらず、定数の半分強しかいないことが分かる。船というのはいわば24時間営業であり、通常は交代しながら作業に当たる。オブラ・ディンの乗員数だと交代要員が少なく、全員が睡眠不足のまま仕事をしなければならなくなるわけだ。
 だがゲーム中では乗員たちは普通に休息睡眠をとっている。いやそれどころかある場面では檣楼員・甲板員のうち1人を除いて全員がハンモックやその周辺で休んでいるほど。船を動かす手足であるはずの彼らがほとんどいない状態で船が動いていることになり、遭難前から既に幽霊船と化していたのではないかと言いたくなるほどだ("https://steamcommunity.com/app/653530/discussions/0/1748980761808814361/"参照)。
 そうなっている理由はもちろん、これがゲームだから。そもそも「オブラ・ディン号の帰還」はリアリティよりゲーム性に重点を置いて作られたものであり、だから見張り任務で大勢の檣楼員・甲板員が船室を離れることがなくても話が進むようになっている。つまり現実の船に当てはめてオブラ・ディン号の行動について推測するのは難しいのである。
 とはいえそうした手がかりなしでは「行間を読む」のが難しいのもまた事実。1人でも問題なく船が動かせてしまうのだとしたら、「船の運航」という条件から船員たちが置かれた状況を推測し、彼らの行動の背景にある考えを読み取る作業がそもそもできなくなる。だからここは敢えて「オブラ・ディン号は通常のEast Indiamanに比べて少ない乗員で運航していた」という想定で考察を進めたい。
 なぜ少ない乗員で運航していたのか。いくつかの理由が考えられる。1つはもちろん、乗員を減らして人件費を抑制するというものだ。オブラ・ディン号は商船であり、彼らの航海は商業行為である。成功すれば儲かるし失敗すれば損をする。乗員を減らせば人件費が減って儲けが増える一方、少ない乗員のせいで航海に失敗するリスクが高まる。オブラ・ディン号はいわばハイリスク・ハイリターンな商売をやろうとしていた、という解釈だ。
 人件費が理由ではなく急ぎの仕事が入ったためかもしれない。乗員を集める余裕もないほど急いで運ばなければならない積み荷があり、その要望に応じるため人員が足りない状態で強引に出港したという考えだ。乗客として乗り込んでいるフォルモサの王族たちが、こうした要求をしてきた可能性はある。あるいは運んでいるものがヤバいブツであり、だからできるだけ関係者を減らしたかったとも考えられる。これまたフォルモサの荷物がかかわってくる可能性があるが、船長たちがフォルモサ人の荷物の中身を知っていた様子はないため、この説はあまり成立しそうにない。
 いずれにせよここで考えられるのは、船長がハイリスク・ハイリターンな航海に乗り出していた可能性だ。商売としての収益に加え、船長ら幹部たちのレピュテーション・リスクもそこには含まれる。少ない乗員で無理な航海に出て失敗すれば、船乗りとしての船長や幹部たちの信用は地に落ちかねない。逆に成功すれば有能な船乗りとして今後の仕事は引く手あまただろう。航海に出る前からオブラ・ディン号には色々と影が差していたのである。

 オブラ・ディン号の乗客乗員は航海の途上で次々といなくなっていったわけだが、その減り方を見るとある特徴が浮かびあがる。まず最初に大幅な減少に見舞われたのが檣楼員と甲板員、つまり船を動かす手足となる人間たちであり、逆に偉いさんたちの数が減っていったのはむしろ後半になってからなのだ。オブラ・ディン号は帆船であり、機械化されていないため人力を必ず必要とする。だがこの船ではまず運航に欠かせない人手が消え、それから運航を司る頭脳が失われていった。
 ちなみに英語wiki"http://obradinn.wikia.com/wiki/Return_of_the_Obra_Dinn_Wiki"では日本語訳で「職員」となっている職を「オフィサー」「下士官・助手・士官候補生」とに分けている。船長と航海士、さらに「長」がついたり助手のつく役職(甲板長、掌砲長、事務長、船医、船匠)がオフィサーであり、下士官・助手には甲板手、掌砲手、船医助手、船匠助手の他に料理人、家畜番、操舵手が含まれる。
 実際問題、この時期の船舶における階級はかなり面倒なものだったようで、こちら"https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Navy_ranks,_rates,_and_uniforms_of_the_18th_and_19th_centuries"に載っている18~19世紀の英国海軍における役職と階級を見ると、士官の中にも何種類もの階級があったことが分かる。オブラ・ディン号は軍艦ではなく商船だが、それでも指揮系統にかかわる階級問題は避けて通れなかったはずだ。
 ただしゲームの流れを理解するうえではそこまで詳細な把握は必要ない。船員として人力が求められる檣楼員と甲板員に対し、彼らに命令を与えたり、あるいは専門的な仕事をこなすためにいるオフィサーたちという分類でほぼ大丈夫。特に船の運航に与える影響という点では、頭数が必要な檣楼員・甲板員の動きを見るだけでかなり状況はつかめるはずだ。
 当初、船内に生じた欠員は荷物の崩落による事故死や肺病による病死など、ごく限定的だった。途中まで失われたのは甲板員3人だけ。これは当初いた檣楼員・甲板員(25人)の1割強に当たり、決して無視できるような数字ではないが、かといっていきなり船の運航が不可能になるような数でもないだろう。過少な乗員数で動かしていたとはいえ、病人の発生などは想定の範囲だったはずであり、ここまではまだ計画通りに航海を進めることが可能だったと思われる。
 殺人の章その2までに追加で2人が失われた時点でも、なお問題はなかったと思われる。ニ等航海士ニコルズによって殺された1人と、彼に罪をなすりつけられて処刑された1人はどちらも乗客であり、船の運航には関係なかった。だから船上裁判が行われた段階でもなお、オブラ・デイン号の航海計画そのものは変わっていなかったはずだ。
 だがニコルズと彼の一味の脱走は、決定的な転換点になった。彼は脱走に際して檣楼員を1人殺し、檣楼員1人と甲板員3人を連れ出した。これによって檣楼員・甲板員の人数は合計で8人減ったことになり、残されたのは17人となった。つまり当初のほぼ3分の1が失われたわけである。この数はニコルズがいなくなった後のオフィサーらの数16人とほとんど同じ。頭と手足の数がほぼ同数になった格好で、人手がものを言う帆船の運航に当たっては大きな問題が生じたと捉えるべきだろう。
 オフィサーたちの中には甲板長や甲板手、操舵手など船の運航に詳しいものもいるが、一方で船医や船匠、料理人、家畜番、事務長といった船の運航とは直接関係しない仕事をしている者も多い。船員がいなくなった分オフィサーが体を動かして穴埋めする場面はあっただろうが、これだけ大勢の檣楼員・甲板員が失われるとそれも難しくなってきたとみられる。しかもニコルズは行きがけの駄賃のように操舵手を負傷させている。優秀な船員である操舵手の(一時的な)喪失により、船の運航はさらに困難度を増していたはずだ。
 手記の各章にある航海図を見ると、ニコルズ一味が出奔してから戻ってくるまで、オブラ・ディン号が喜望峰方面へほとんど進んでいなかったことが分かる。おそらく動きたくても動けなかったのではないだろうか。船の手足となる檣楼員・甲板員の不足は、これ以上インドへの航海を続けることに対する懸念を大いに膨らませていたに違いない。
 多分、船長や残った航海士たちは顔を突き合わせてどうするべきか議論したのだろう。少ない人数で無理にインドへ向かえば、それこそ遭難の恐れがある。一方でインド行きを諦め英国への帰路を取れば、距離も短く遭難のリスクは減る。だがUターンするということは積み荷をインドに運べないことを意味し、商売としては大損は避けられない。元からハイリスク・ハイリターンを狙った航海だ。引き返すことは(金と評判の両面における)多大な損失を意味する。
 ニコルズが戻って来たとき四等航海士が「撃つな」と言ったのも、船員が戻ればインドへの航海を再開できるという希望があったからだろう。実際には船員たちは既に全滅しており、かつニコルズ自身も撃たれて死んでしまったわけで、この希望ははかなくも潰えた。しかしニコルズが最後に叫んだ言葉は、オブラ・ディン号の幹部たちに別の希望を芽生えさせた。

 長くなったので以下次回。
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