c'est une révolution

 NFLに革命が到来した。アナリティクス革命、略して「アナ革」だ。別に略す必要はない。

 アナリティクス、つまりデータの解析を通じてゲームの目的、つまり「勝利」や「優勝」を狙おうとする取り組みは、他のプロスポーツでは以前から広く行われていた。MLBではマネーボール"https://en.wikipedia.org/wiki/Moneyball"の時代から実際に行われていたものであり、今ではむしろやっていない方が珍しい部類だろう。
 MLBの後を追ったのがNBAだ。2009年からコート上の選手の動きを追跡するシステムが稼働し、データ解析がゲームに影響を及ぼすようになってきた。最も大きなインパクトは3ポイントの重要性向上"https://qz.com/1104922/"で、足元のWarriors dynastyなどはこうしたアナリティクスの成果がもたらしたものとも考えられる。
 それに比べNFLはアナリティクスへの対応が遅れていることで知られていた。昨年のドラフトでGiantsのGMがアナリティクスを馬鹿にした話"https://twitter.com/benbbaldwin/status/989886092374667264"などは一例に過ぎないし、またシーズン中に行われた「14点差からのTD後の2ポイント」"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56797138.html"を巡る反応を見ても、チームだけでなくマスコミもアナリティクスをまだよく理解していないことが分かる。
 だが2018シーズン、NFLはゼブラ・テクノロジーズ"https://www.zebra.com/us/en/nfl.html"などと連携して進めていた「選手にicチップをつけてその動きをより詳細に追跡する」取り組み"https://operations.nfl.com/the-game/technology/nfl-next-gen-stats/"を、各チームが本格的に利用できるようにした。今までなかった新たなデータが使えるようになり、各チームのアナリティクス強化が一気に進み始めたようなのだ。
 そのあたりについて、より古い時代の歴史まで含めていろいろと紹介している記事がこちら"https://www.theringer.com/nfl/2018/12/19/18148153/"。マネーボールの時代からNFLのスタッツ分析に興味を持って見てきた立場からすると、ようやくここまで来たかと感慨にふけるところだ。
 実のところ、シーズン前から既に「NFLにおけるアナリティクス革命の夜明け」"https://www.usatoday.com/story/sports/nfl/columnist/bell/2018/03/07/405322002/"が来たということは言われていた。だからシーズン中にアナリティクスに対する各チームの姿勢が変わっていったのも想定内ではある。結局のところ勝つために有用なものなら何でも利用するのがNFLというところである。データが使えるなら、それを使って他者を出し抜こうとするのは当たり前だ。

 NBAの「3ポイント」に相当する、アナリティクスの広がりを示す指標をNFLで探すなら、4th down shortにおけるgo for itの増加かもしれない。2018シーズンにおいて4th downで残り1~3ヤードの時にランかパスを行った比率は35.8%と全体の3分の1を超えた。17シーズンのこの数値が26.8%だったのに比べ、一気に増えていることが分かる。Pro Football Focusの創設者であるHornsbyは、各チームが攻撃権を保持することの重要性をやっと理解したのだと指摘している。
 NFLのコーチが4th downに消極的過ぎるという話は、別に最近になって初めて指摘されたものではない。既に2009年の時点でBrian Burkeが詳細な分析をしているし、こちら"http://archive.advancedfootballanalytics.com/2009/09/4th-down-study-part-4.html"の最後のグラフにはどの局面でgo for itすべきかをまとめてもいる。残る距離が3ヤード以内の場合、よほど自陣深くに押し込まれていない限り、ほぼ常にgo for itすべきというのがその結論だ。
 Burkeだけではない。Warren Sharpは自分のアナリティクスサイト"https://www.sharpfootballstats.com/"を20年にわたって運用してきたが、実際に彼に対してNFLのチームがアプローチしてきたのはやっと2018年になってからだという。彼は実際にあるチームのコンサルティングも始めたそうだ"http://www.sharpfootballanalysis.com/blog/2019/why-the-rams-lost-the-super-bowl"。
 Sharpの指摘の中には、一般通念とアナリティクスとの差異を示す一例が紹介されている。曰く「3rd down efficiencyは効率的なオフェンスのカギではない」。むしろそれより前のdownでFDを取ることの方が重要だという指摘はその通りだろう。3rd downは母数が小さく、数字がぶれやすい。それよりはプレイ全体の中でFDを更新したものの比率がどの程度だったかを見る方が、オフェンスの強さを計る指標としてはより適切に思える。
 彼はまた1st downでよりパスを投げるべきだとも主張している。そして2018シーズン、1st downにパスが投げられた比率は50.1%と、17シーズン(47.1%)から大きく伸びた。1st downからよりアグレッシブになるべきだというSharpの意見も、20年の時間を経てようやく受け入れられるようになってきたわけだ。
 もちろんそうした動きの多くはまだ「始まったばかり」だろうし、具体的にどこまで重視し導入すべきなのかについてはしばらく試行錯誤が続くと思われる。データ活用は例えばゲーム内だけではなく、選手の体調管理といった側面でも利用可能ではあるが、実際にそれを上手く使いこなすには一定の時間を要するという。それでも、そうした課題は「他チームより一歩でも先んじる」必要性によってどんどん乗り越えられていくだろう。

 もう一つ、この記事が面白いのは、アナリティクスの歴史を知ることができる点にある。Burkeに言わせると、フットボールにおけるアナリティクスの歴史はVirgil Carter"https://www.pro-football-reference.com/players/C/CartVi00.htm"に始まるのだそうだ。彼はBengalsでWalshと一緒に後のウエストコーストオフェンスにつながるオフェンスを始めたQBとして知られているのだが、もう一つ彼が大きな影響を残すことになったのが、1つの学術論文である。
 Operations Research on Football"https://pubsonline.informs.org/doi/pdf/10.1287/opre.19.2.541"と題したこの論文で、彼は1st and 10の局面でフィールドポジションごとに期待できる得点をExpected Point Valuesとして数値化している。今や広く使われるこのシステムをいわば最初に生み出した人物なのだが、そのために彼は各チームからplay-by-playデータを取り寄せ、それをパンチカードを使ってコンピューターに入力するという面倒な作業をわざわざ行ったそうだ。
 論文に対する反響は皆無だったとCarterは述べているが、彼の取り組みは後の時代に確実に影響を及ぼした。1988年に出版されたThe Hidden Game of Football"https://www.amazon.com/dp/0446514144"にはCarterの論文と似た数値化の手法が紹介されているし、そしてこの本はのちにアナリティクスが広がっていくうえでの淵源となった(例えばAdjusted Yards per Attemptといった概念もこの本で紹介されている)。
 21世紀に入ると、今度はネット上での取り組みが広がっていった。Football Outsiders"https://www.footballoutsiders.com/"は2003年にスタートしている(私がこのサイトの存在に気づいたのはその1年ほど後だったと思う)し、データサイトでもあるPro-Football-Reference"https://www.pro-football-reference.com/"も同年スタートしている。Burkeがアナリティクスを手掛けるようになったのは2006年で、その翌年にはAdvanded NFL Stats(後にAdvanced Football Analyticsに名前を変更"http://archive.advancedfootballanalytics.com/")というサイトをオープンしている。
 また2005年にはMasseyとThalerがNFLドラフトに関して分析した論文を発表"https://www.nber.org/papers/w11270.pdf"。トレードダウンした方が有利だというこの論文は、だがNFLのオーナーから一顧だにされなかったという。ただBelichickはこの論文に目を通していたという話もあり、彼がそこから他チームを出し抜くノウハウを得た可能性はある。さらに最近にはより多くのアナリティクスが登場"https://thepowerrank.com/top-analytics-articles/"している。
 Football Outsidersの創業者であるSchatzは、アナリティクスが本当に受け入れられるには最終的にはオーナーたちがアナリティクスを理解し、コーチたちのアナリティクスに基づく決断を理由に彼らをクビにしないようになることが必要だとしている。アナリティクスが勝つうえで役立つものであれば、いずれその時が来るのは間違いないだろう。少なくとも革命前に戻ることは、おそらくもうできない。
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