ただしMooreは、ルーキー契約の仕組みそのものをなくせとは言っていない。あくまでルーキー契約の額を増やし、契約年数を減らすことを要求しているだけで、ルーキーとベテランを全く同じ扱いにせよという要求は出していない。おそらくBradfordの高額契約のような事態を繰り返すことに対しては彼も避けたいと思っているのだろう。
なぜBradfordのルーキー時点の契約がそこまで高騰したのか。理由は簡単で彼がドラフト全体1位指名だったからだ。全体1位指名の選手の代理人たちが毎年のように高額契約を要求し、それに安易にチーム側が屈し続けてきたことこそ、問題の背景にある。新労使協定は、いわば個別の交渉では弱腰になるチームの代わりに、リーグが選手側と共謀して代理人たちによる「サラリー上げ攻勢」を防ごうとした結果だと考えられる。
とはいえそもそもの問題は「ドラフト1位指名」という、選手の能力とは関係ないところでついてくる肩書が持つ影響力。それがなければBradfordの代理人といえども常識外れな高額契約を要求するのは難しかったはずであり、諸悪の根源はドラフト制そのものと解釈することだってできる。リーグがやるべきだったのはルーキー契約をむりやり押さえ込むことではなく、ドラフト制をなくすことではなかっただろうか。
考えてもみよう。1936年に導入されたNFLのドラフト制度は、戦力均衡をもたらすための工夫だった。だがこの制度は選手側によるチームを選ぶ権利をかなり制限しており、それが法律的に問題だとされたことを受けて1994年に改めてサラリーキャップ制が導入された。この制度もまた戦力均衡をもたらすことを狙いとしているのだが、結果として同じ目的を持つ2つの制度を重ねがけしている格好となった。
Bradfordの高額契約は、この「2つの制度」間に生じたフリクションがもたらした問題と言える。サラリーキャップで戦力均衡を図りつつ、一方で古い制度であるドラフトも残ってしまい、それが結果として「ドラフト上位指名選手のサラリー高騰」を通じて上位指名権を持つ弱いチームのチーム作りを妨害していたのが2010年までの状況だ。2つの制度によって弱いチームが弱いままになってしまうリスクが増えたからこそ、その問題解決が迫られたのだろう。
しかし問題解決に際し、NFLは「2つの制度」の一方を破棄するという簡単な手段を選ぶことを避けた。ドラフトをなくし、全ての新人をFAと同じ扱いとする。そうすればドラフト1位指名であることを理由に多額の契約をむしり取られるリスクはなくなるし、サラリーキャップの総額で枠をはめているので戦力均衡を図るという目的からも外れない。トレードの材料としてドラフト権が使えなくなるという批判もあるかもしれないが、ならば代わりにサラリーキャップの枠をやり取りすればいい。ドラフトがなくても制度は動かせるはずだ。
この方法に付随する最大の問題は、ドラフトそのものがNFLにとって極めて重要なコンテンツになってしまっているという事実だろう。オフシーズン最大の目玉であり、時には他のスポーツ中継より高い視聴率を稼ぐこのコンテンツをなくすのは、興行主であるNFLにとって論外。たとえドラフトが戦力均衡の目的を阻害していても、また多くの選手たちから正当な稼ぎを得るチャンスを奪っているとしても、ドラフトをなくすことはできない。将来、NFLのファンがドラフトそのものに対する関心を完全に失う時が来れば話は別だが、それまでNFLはドラフトを残しつつ戦力均衡を図ろうとし続けるだろう。
それにふさわしい金額や契約年数はどのくらいが適当なのか。正直よく分からない。金額を上げる方法をとればBradford問題に近い現象が発生するリスクがある。全体1位の選手がBradfordではなくJaMarcus Russellであれば、たとえ意図的に抑制されたサラリーであっても問題視されるだろう。それに比べれば契約年数の短縮は問題に対処しやすい。2年以下としておけばその時点で活躍した選手はすぐ高額契約を要求できるし、そうすればルーキー契約自体を引き上げなくても選手がトータルで満足のいく報酬を得られる可能性は高まる。
もし契約年数が短縮されれば(ついでに1巡指名選手にあるオプションもなくせば)、現在各チームが採用しているドラフト戦略は大きく変化するだろう。安いルーキーを使いながら短期間に集中投資して優勝の可能性を高める方法は、その手段が通用する期間が短くなるため難易度が上がる。一方でPatriotsのように「4年トータルで使えるかどうかを判断するため、ドラフト時には怪我をしていて評価が下がっている選手を指名する」という裏技的な指名策も使いづらくなる。新たなチーム作りの手法について開拓が進む。
そもそも今の労使協定だって、このような副作用をもたらすことを完全に見通して締結されたわけではないだろうし、実際に動かしてみなければ影響を把握するのは難しいだろう。2021年以降に結ばれる今度の労使協定については、有効期間を10年ではなく5年としておき、ただし5年後に見直すのはルーキー契約がらみだけという条件で締結するのがいいように思う。
個人的には「安いルーキー」を使うチーム作りについては否定的だ。もちろん制度をハックして少しでも優位を築き上げようとすること自体は間違っていないし、最初にこの方法を追求したチームは大したものだと思うが、今やこの方法は優勝をめざすチーム作りの安易な手法としてかなり広まりすぎているように思う。手法が分かりやすく、かつ運がよければ実際に強いチームが作れるため、猫も杓子もこの方法に走る。結果として同じチーム作りを試みている他チームとの競争が激しくなり、むしろ優勝の確率は低下しているように思える。
SeahawksやEaglesのような成功例ばかりがもてはやされるため、この方法が鉄板のように見えるのも分からなくはない。だが似た方法を使うチームが増えれば、中には失敗するところも出てくるだろう。Jaguarsなどはおそらくその一例だ。他人と同じ方向へ向けて走り出せば、当然そのルートでの競争は激化する。敢えて裏道や反対の道を探して進むBelichickが、それだけ楽なコースを進むことになる。
Belichickと同じレベルで「ジグソーパズル」を組み合わせるのが容易でないことは確かだが、だからといって皆が分かりやすいパズルに殺到しているのでは、いつまでたってもPatriotsのDynastyは終わらない。もしかしたらBelichickが死ぬまで終わらないかもしれない。ここらで「優勝への安易な道」に障害物を置き、皆が工夫して他のルートを開拓するような条件を整える(つまりルーキー契約を見直す)ことこそ、リーグが目指す戦力均衡のための第一歩になるのではなかろうか。
コメント
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今までNFLは試合だけで満足していてサラリーの制度などはプロ野球と似ているんだろうなあしか考えていなかった私としては保証金制度こそ甘い罠何ではないかと思います。例えば単年で割ったときの8割は保証しなくてはならない。だとか逆にブレイディのような超高齢者(35歳以上?Kばかりでしょうか)はかつての?日本企業のような年功序列的こんだけ貰わなければならないと安易なペイカットを許さない体制にすればキャップヒットが変わって来るのではないでしょうか?
2019/01/28 URL 編集
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2019/01/28 URL 編集