大脳化

 面白い話"https://academist-cf.com/journal/?p=8401"があった。脊椎動物の体重と脳サイズとの関係を見ると鳥類と哺乳類は他の脊椎動物に比べてかなり大きな脳を持っていることが分かるのだが、どうしてそのような差が生まれたかという研究だ。体のわりに脳が大きくなる「大脳化」と呼ばれる現象について、ビッグデータを使って分析したというのが売り文句である。
 ビッグデータという言葉が出てきたことからも分かる通り、この研究はメタアナリシス"https://en.wikipedia.org/wiki/Meta-analysis"を活用している。それも単に論文などにまとめられたものだけではなく、脳科学研究者や剥製師の協力を得て彼らが持っている未公開のデータも使ったそうだ。結果、4587種にわたる成体2万213個体のデータを集積したそうで、こちら"https://doi.org/10.6084/m9.figshare.6803276"でその全データを公開している。ただし出てくる動物種名が全部ラテン語の学名なので、正直言って素人には扱いづらい。

 データは大きく哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、硬骨魚類(と書いているが要するに条鰭類)、サメやエイ(軟骨魚類)に分けられている。実のところ鳥類は爬虫類の1種だし、硬骨魚類の中には四肢動物も含まれるので、分岐学的に言えばこの分類は微妙なところ。でも大脳化という切り口で話す場合、哺乳類と鳥類を他の種と分けて議論しなければならないため、このような分類が適切なのだろう。
 体重と脳の重さの関係には一定の等式が成立する(アロメトリー"https://en.wikipedia.org/wiki/Allometry"という)。要するに体重が増えると脳の重さも増えるという関係で、今回のデータもその関係を裏付けている。注目すべきなのは脊椎動物の中でも種によって等式の内容が異なってくる点で、例えば同じ体重の硬骨魚類と比べると鳥類や哺乳類の脳の重さは8~10倍にも達するそうだ。そのあたりを紹介しているのが最初のグラフで、右上がりの分布を示す中でも鳥類と哺乳類が一番上にいる。中でも鳥類と爬虫類が(先祖を共有しているにもかかわらず)全く重ならない分布を示しているのは面白い。
 次に2つ目のグラフだが、同じ種間の体重と脳の重さとの関係を見ると、哺乳類と鳥類では体の大きさにかかわらず成体の脳サイズがほぼ一定であるのに対し、他の種は体重が大きいほど脳サイズも大きいという結果が出たという。「鳥類と哺乳類の脳は体と独立に発達している一方で、他の脊椎動物では脳と体が一緒に発達している」というのが著者の指摘だ。
 このグラフで気になるのは、哺乳類と鳥類の種間成体サイズ差が硬骨魚類のサイズ差に比べて小さいように見えるところ。もしかしたら哺乳類と鳥類が一定のサイズまで成長するとそれ以上体が大きくならないのに対し、硬骨魚類は生きている限りどんどん体が大きくなるという成長面の違いがあるのではなかろうか。こちら"https://www.semanticscholar.org/paper/f495faf773cf6eada6a26b6a90ee7b460de97b85"のFigure 2には他の3種の脊椎動物について同じグラフが載っているが、いずれも鳥類・哺乳類より種間成体サイズ差が大きい。
 どうしてこのような差が出てくるのか。著者は鳥類と哺乳類に特有な「大脳化」の要因について面白い分析をしている。様々な発達段階における体と脳サイズのデータを8種類の動物について調べたところ、全ての動物においてある段階までは脳サイズが急激に成長し、その後は脳の成長が減衰すると同時に体のサイズが大きく成長するという傾向が見られたそうだ(3つめのグラフ)。脊椎動物はどれであってもまずは脳を優先し、それから体を中心に成長させるのである。
 問題はその「脳を成長させる」期間の差だそうだ。鳥類と哺乳類はかなり大きくなるまで脳を成長させたうえで体の成長に取り掛かっているのに対し、比較対照となった硬骨魚類は早い段階で急激な脳の成長を止め、以後は体の方が大きく伸びている。例えばマダイは体重0.04グラム、コイは2.9グラムになったところで急激な脳の成長は終わるのだが、これがニワトリだと14グラム、カンガルーなら1キログラム、ヒトは9キログラムになるまで脳の急激な成長が続くという。
 なぜこのような違いが生じるのか。脳のように多大なエネルギーを必要とする臓器を育てるには幼少期に十分な栄養を供給する必要がある。鳥類も哺乳類も子育て期間が他の脊椎動物よりはかなり長く、それが大脳化を支える条件になっているのではないかというのが筆者の推定だ。つまり「養育は脳の発育に対する投資」なのである。鳥類や哺乳類はこうした子育てに多くの投資をする形質を進化させており、それが両者の「大脳化」をもたらしていると推測される。

 以上がこのページに書かれている内容だが、筆者自身の英文サイト"https://www.masahitotsuboi.com/research.html"に載っている図を見るとまた印象が少し異なってくる。図bは上のページに載っている1枚目のグラフと同じなのだが、図aに載っているそれぞれの種の近似線を見ると、確かに哺乳類と鳥類が上にあるものの、それに次いでかなり上の方に軟骨魚類も存在する。その線の一部は鳥類の近似線と交差しているほどだ。
 実は軟骨魚類の脳はかなり大きく、例えば多くのサメの脳サイズは哺乳類や鳥類なみであるという指摘がある"https://www.telegraph.co.uk/news/science/science-news/9643039/Shark-brains-similar-to-those-of-humans.html"。そしてサメの中には卵胎生や胎生など子育てにかなりエネルギーを注ぐ種も存在する"https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/16/062800009/070100003/"。哺乳類や鳥類ほどではないにせよ、軟骨魚類もまた子育てに多くのエネルギーを投入している種だと考えられる。
 子育てに多くのエネルギーを割くのは、一般的に言って生態ピラミッド上位の種が多いだろう。下位の種であれば「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」方式でないと上位種に食われて絶滅してしまうリスクが高まるため、1つの個体に多大なエネルギーを投入している余裕はない。もちろん鳥類や哺乳類の中にもピラミッドで下の方にいる生物は当然あるだろうが、全体として上位種が多いグループほど子育てに熱心で、結果として大脳化が進んでいるとみることはできそうだ。
 さらに面白いのはこちら"https://www.mn.uio.no/cees/english/research/news/events/research/late-lunch-talks/llt-17-07-10.html"で紹介されているグラフだ。そこには絶滅した恐竜類の大脳化がどの程度であったかが書かれているのだが、体のサイズを考えなければ彼らの脳は現生の爬虫類(除く鳥類)と同じ水準であったことが記されている。つまり鳥類は先祖である恐竜よりも大脳化を進めた生物群であると解釈できる。
 そこで思い付きを1つ。赤の女王仮説ではないが、もしかしたら生物の歴史においては「大脳化」もまた軍拡競争の対象であったのではないだろうか。例えば最近では硬骨魚類の方が軟骨魚類より古い"http://www.afpbb.com/articles/-/3012896"との説が唱えられているらしいのだが、これはつまりより新しい種である軟骨魚類が、古い硬骨魚類より大脳化を進め、その結果としてピラミッドの上位に進出したという歴史があったことを窺わせる。
 これは陸生の脊椎動物についても同じ。最初に陸に進出してきたのは両生類だが、彼らは海の生態系とは異なる世界に出てきたため最初は高い大脳化を必要としなかった。だが続いて出てきた有羊膜類(哺乳類と爬虫類の共通先祖)が両生類より大脳化を進めたため、今度は彼らがピラミッドの上に来た。その後は哺乳類の先祖と、爬虫類の中の恐竜が交互に大脳化で先行し、順番にピラミッドの上位を占めるようになったのではなかろうか。
 現生鳥類が恐竜より大脳化が進んでいるのも、そうした歴史的な「大脳の軍拡競争」が今なお続いているため。鳥類は競争の中で過去の恐竜より大きな脳を持つようになり、そして彼らより下にいた爬虫類も時代ととも大脳化を進め、過去の恐竜並みのサイズにまで脳を大きくした。海と陸、それぞれにおいて後から新たに出てきた主ほど大脳化が進んでいるように見えるのは、包括適応度を高める競争の結果であるように見える
 もちろんこれは単なる思い付きであり、ほぼ確実にどこかが間違っているだろう。少なくとも恐竜以外の古生物について同じようにデータを集め、大脳化がどの程度進んでいたかを調べなければ、正確なことは言えない。とはいえこの研究が、色々と考えたくなる面白いデータであることは確かだ。
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