移民と経済

 Turchinがこちら"http://peterturchin.com/cliodynamica/why-statistics-are-not-damned-lies-the-effect-of-mariel-boatlift-on-miami-wages/"で言及しているBorjasの研究を掲載した本の邦訳"https://www.hakusuisha.co.jp/book/b325937.html"が出ていた。題名の通り、移民が経済学的にどのような影響を及ぼすかについてまとめたものだが、著者自身が述べるように「通説から完全に逸脱している」と言われるような内容である。
 Borjasに言わせれば移民に関する研究は実際には「特定のイデオロギーに肩入れ」している。そのために「恣意的な前提条件を設定し、不審なデータ操作を行い、不都合な事実を見落とす」ことで「見え透いた通説」、つまり「移民が我々全員にとっていいことだ」という結論を導き出してきた。「移民のように政治的な論争の対象になる問題に対する専門家の意見には、懐疑的になる方が賢明だ」というのが著者の考えだという。
 彼が主に批判の対象としているのは上記の通り、移民が経済学的にも多くのプラスをもたらすという肯定的な見解に対してだが、だからと言って移民がマイナスしかもたらさないという意見を主張しているわけではない。そもそもキューバからの移民であるBorjas本人は、アメリカンドリームを求める移民を受け入れてきた米国の移民政策を評価している。彼が主張しているのは、移民によるプラスマイナスは決して一様ではないという、世の中の大半の出来事に当てはまる指摘である。
 例えば彼は世界を先進国と途上国に分け、国境が全くなくなった時にどのくらいの経済効果があるかというモデル計算を紹介している(p34)。確かに世界のGDPは実に6割もの増加を見せるのだが、そのために必要な南から北への移住者の数は実に56億人。途上国にはたった3億人しか残らない計算となる。またその過程で南の労働者の所得は2.4倍に膨らむ一方、北の労働者は4割の所得減を経験する。そして資本家の所得は6割近くも増加する。
 もう一つ、今度は米国を対象に移民による短期の影響を調べたモデルもある(p160)。実は移民によって生み出された短期余剰は500億ドルと、米GDP(18兆ドル)の0.3%未満にとどまる。しかもその過程で米国人労働者は5157億ドルの損失を被り、一方で米国企業の利益は5659億ドル増える。確かに経済全体では(微々たる水準とはいえ)プラスになるのだが、実際に起きている現象はむしろ米国内での所得の再分配とみなした方がいい。
 こうした経済モデルに関するBorjasの理屈は簡単な需要と供給の関係で、移民は労働力の供給となって賃金を下げ、その分だけ資本家の取り分が増える。加えて移民はただの労働力ではなく生身の人間であり、彼らの行動は経済モデルに収まらない範囲で影響を及ぼす。例えば社会保障の面では移民の貢献よりも移民のための負担の方が大きくなる可能性があり、そうすると0.3%弱の移民余剰はあっという間に吹き飛んでしまいかねない。
 しかしマイナスばかりでないのは確かで、例えば高技能移民が来ればその技能が周辺で働く米国人に伝わることで生産性が上がる可能性がある(そうはならず、同じ職種の米国人の仕事を奪う可能性もある)。また短期的に移民が社会保障に頼ることでマイナスをもたらすことはあり得るが、一方で米国でも特殊合計出生率は1.8人と人口置換水準を下回っており、そのままだと将来的に社会保障制度が破綻するリスクがある。移民による穴埋めがそれを防いでいると評価することもできる。
 経済的な課題以外にも問題がある。例えば移住したいと考える人と受け入れる側の望む人とのミスマッチ問題、移住後の同化にかかる時間が増えている問題(特に移民の数が多いメキシコ系の場合などで見られる現象)、世代を超えた米国社会への同化問題など、純粋に経済的とは言えない問題だ。まさに「生身の人間」ならではの課題があり、これがまた移民問題をややこしくしている。
 以上のように移民を巡る課題は一筋縄ではいかない。だからBorjasは「社会政策が科学的に決まるという主張」を全く馬鹿げていると批判する。むしろ「イデオロギーと価値観」が同じように重要だとして、そのためにまずは現実を認めてそれから生産的な議論をすべきだと述べている。事実を踏まえたうえで何が正義かという議論をすべきだという考えだろう。
 冒頭のTurchinのエントリーも、まずは事実把握のうえで大事なことを指摘している。キューバからの大量の移民はマイアミの労働者全体の賃金にはあまり大きな影響を及ぼさなかったように見えるが、高卒未満に絞ると10年近くにわたって彼らの賃金を大きく抑制したことがわかる。こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56774738.html"で指摘したように「特定のグループ」の話に目をつぶれば、いくらでも楽観論を導き出せるという一例だ。Borjasの本にはこういった適切とは言い難い統計処理の話がいくつも出てくる。

 日本でも最近になって外国人労働者をさらに増やそうとする動きが出ている"https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37685340T11C18A1MM0000/"。というか既に5年で倍増している"https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37478470X01C18A1000000/"。OECDのデータ"https://stats.oecd.org/Index.aspx?DataSetCode=MIG"を見ると2016年の外国人の流入数は独米英に続く4位、人口比で見ると0.33%と米国(0.37%)とほぼ同じ水準になっている。
 Borjasは米国の移民史分析において、20世紀初頭に最初のピークを迎えたあと、一度は減った移民の流入が20世紀末から再び急増していることを指摘。移民が少なかった時期の移民たちは短期間で同化できたが、そうでない時期の移民たちは同化に時間がかかった可能性を指摘している。つまり移民の急激な増加は下手をすると100年先まで影響を及ぼすわけだ。移民の経済学はもう日本にとっても他人ごとではなくなりつつある。
 こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56773470.html"で紹介したPutnamは、長期的に移民社会には大きな利点があると述べている"https://globe.asahi.com/article/11919966"。ただ一方、Borjasが書いているようにPatnumは「移民と民族の多様性」が社会資本を弱める傾向につながることも認めており(移民の政治経済学 p42)、話は簡単ではない。むしろ移民の増加が「われらの子ども」でPatnumが懸念していた不活発な大衆を増やし、デマゴーグの台頭に結び付くことだって考えられる。
 少なくとも足元の欧米の動向はそちらに向かっているように見える。Patnumはインタビュー記事の中でトランプの移民政策を批判しているが、一方で彼が「共和党を乗っ取った」とも書いており、伝統的に自由主義経済を重んじてきたこの党の内実が様変わりしつつあることを認めている(共和党をトランプが乗っ取ったという話はこちら"https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/110900172/"にもある)。
 さらにPatnumが紹介している「アウディの思い描く2030年」は、まさにBorjasの述べる「労働者が損をして資本家が得をする」社会が米国以外にも広まるという未来予想図だ。おそらく移民だけでなく、自由貿易もそうした所得再分配機能を持っているのだろう。どちらも「ジョン・レノンがうたった理想郷」、つまり国境のない(正確に言うなら経済面ではほとんど国境のない)世界によって実現した現象だ。
 だから損害を被る先進国の労働者がナショナリズムへと傾くことになる。たとえマクロンが批判"https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37635220S8A111C1000000/"しても、現実に追い込まれている労働者たちにとって選択しやすいルートがそちらにあるのであれば、それを止めることは難しい。というかマクロンはフランス革命時の「愛国主義」をナショナリズムとは区別しようとしているが、正直言って両者が違うと主張するのは無理がある。当時は貴族たちこそがコスモポリタンであり、それに対抗しようとすればナショナルな価値に力点を置くのは仕方ない選択だった。
 当然ながらマクロンの議論に対してこういう批判"https://twitter.com/umedam/status/1061812002685804544"も出てくる。エリートの利益最大化を目指せば移民や自由貿易を極大化したグローバリズムに向かうのはおそらく合理的だろうし、その流れを食い止められず、自分たちが割を食うと大衆が感じるようになれば、そこに便乗するカウンターエリートのナショナリスティックな言説に賛同する者も増える。そういう時代になってなお、貴族というコスモポリタンを吊るした革命の大義を正当性の根拠にしなければならないフランス大統領の苦しい立場が、このような素っ頓狂な主張をさせたのだろう。
 と最後はすこし話がずれたが、Borjasの本は移民が格差問題にかかわる可能性を窺わせるものだった。これが深刻な政治問題になるのもむべなるかな。
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