近代初期の攻城戦

 以前こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/54366710.html"で、マンガであれば「戦国時代に聖ヨハネ騎士が活躍しようと、あるいは逆に宗教戦争の中で戦国武将が暴れ回ったとしても」問題はないと書いた。そうしたらその後で本当に日本人が宗教戦争時代に欧州で活躍するというマンガが出てきた。こちら"http://afternoon.moae.jp/lineup/753"ではその第1話を読むこともできる。
 こちら"http://30yearswar400th.ehoh.net/box/issak1.html"ではマンガの紹介ついでに舞台となっている1620年の「プファルツ遠征」"https://orange-white.blue/battles/wars/palatinate-campaign/"にも言及し、実際に史実で活躍した人物について載せている。プファルツ選帝侯を中心とした神聖ローマ皇帝位を巡る三十年戦争でも初期の戦争だが、確かに有名なのはボヘミアでの戦争であり、プファルツでの戦いはマイナーだ。
 マンガの原作者はこちらのインタビュー"https://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/17/013100070/041000004"で「話の中心にできるだけ大きな嘘を1つ作り、史実や学術的な話などの事実で固める」と話している。ただ一方で、歴史物については「不安を感じることはあります。おそらく、自分よりもはるかに詳しい人がいるだろう」とも述べている。そしてどうやら原作者のこの不安は的中している。少なくとも第1話を見ただけだと、歴史に詳しい人間ならいろいろと違和感を覚えてしまうのは避けられない。

 別に日本人がいてもいいし、火縄銃がかなり遠方から命中してもいい(あの距離で胸甲を撃ち抜くことが可能かどうかについてはこちら"http://30yearswar400th.ehoh.net/box/ota2.html"に詳細な研究がある一方、こちら"http://www.syler.com/SiegeWarfare/outside/digdownsmallarms.html"には比較的遠距離でも貫通できるとの指摘がある)。このあたりは「話の中心」にある「大きな嘘」だろうし、そこは受け入れて楽しむのがフィクションの嗜み方だ。ただ、このマンガにおいては「史実や学術的な話などの事実で固める」べき周辺の部分が残念な結果になってしまっている。
 無料公開されている第1話は、ライン河畔にある架空の要塞を巡るスペイン軍とプファルツ選帝侯軍との攻城戦を描いているのだが、実はその中身が17世紀のものとは思えない奇妙なものになってしまっている。攻め手がパイクを林立させながら姿を現す場面は、この時代がPike and Shotの時代であることを考えれば別に構わないのだが、なぜか彼らは飛び道具としてアルケブスではなく弓矢を使っている。こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55631463.html"でも指摘したように既に15世紀には銃の威力が弓矢を上回っていた。最後まで長弓の使用にこだわっていたイングランドでも、1595年には銃に取って代わられている("https://books.google.co.jp/books?id=_6qBAgAAQBAJ" p40)。このマンガの舞台となっている時期よりも四半世紀も前の話だ。
 違和感は攻撃側だけでなく、クロスボウをやたらと使い倒している守備側にも感じられる。こちらの本"https://archive.org/details/Book_of_the_Crossbow_The_by_Sir_Ralph_Payne-Galloway"によるとクロスボウは1522~25年頃に欧州大陸では(軍事用としては)使われなくなった(p48)。英国ではもうしばらく長持ちしたようで、こちら"https://books.google.co.jp/books?id=kKNbAAAAQAAJ"によれば1572年に使用例が見られるそうだが、でもそれ以降はやはり使われなくなったという(p98)。つまりクロスボウも三十年戦争より前に戦場から姿を消しているはずなのだ。
 もう一つ、目を疑うような存在が攻城塔だ。これもまた火薬兵器の発達によって用済みになった兵器。これが15世紀の戦争で登場したならまだ良かった(コンスタンティノープル攻撃で「木製の塔」が使われていることが同時代人の記録に残されている"https://deremilitari.org/2016/08/the-siege-of-constantinople-in-1453-according-to-kritovoulos/")のだが、16世紀に入ってルネサンス式要塞が増えてくるようになると、そもそも兵たちを城壁に合わせて高く持ち上げる必要性そのものがなくなっていく。17世紀の三十年戦争に登場させるのは、さすがに厳しいのではないか。
 既に指摘されている("https://twitter.com/Hatashirorz/status/978947991129153537"や"https://twitter.com/saitama_1989/status/978952212830285824")通り、こうした描写は歴史に詳しい人から「設定資料がおかしい」と言われてしまう類いのものだ。せっかく攻城戦を極めて精密な絵柄で迫力をもって描いているだけに、こうした時代設定上の違いは個人的には残念。もちろんフィクションとしては問題ないし、しばしばヨーロッパ中世と近代初期を混同しがちな日本人("https://togetter.com/li/1119042"など)の大半は気にしないだろうが、つい野暮を言いたくなる。

 では実際の三十年戦争における攻城戦はどういうものだったのだろうか。こちら"http://www.syler.com/SiegeWarfare/index.html"にはイタリア戦争が始まった1494年から三十年戦争の終わる1648年までの攻囲戦について詳しい説明が載っている。大砲の発達によって中世風の城壁が無意味になり、それに対応して低く分厚い土製の城壁が16世紀にイタリアから欧州各地へと広まったこと、及びそれに対する攻撃側の対応が実に細かく書かれている。ヴォーバン登場前の攻囲戦がどんなものかはこちらを読んでもらえばほぼ分かるだろう。
 マンガに出てくるスピノラもこの時代の人物であり、そしてこの時代に使われていた手段を使っていくつもの要塞を落としている。彼の代表的な勝利とされている1624年のブレダ攻囲戦の地図"https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Siege_of_Breda_1624_-_Obsidio_Bredaem_per_Ambriosium_Spinolam_ (anno_1624).jpg"を見ると、ブレダ要塞の周囲を二重の塹壕線(外側のcircumvallationと内側のcountervallation"http://www.syler.com/SiegeWarfare/digging2/dig2fort.html")で取り囲むという、後の時代から考えるとかなり大規模な包囲作戦を展開している様子が窺える。
 もっともマンガの描写が全ておかしいというわけでもない。確かにこの時代は稜堡(bastion)を持つルネサンス式要塞が増えてきてはいたが、古い城壁に頼っていた町もまだあった。1620年のオッペンハイム奪取の様子を描いた絵"https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wenceslas_Hollar_-_Capture_of_Oppenheim.jpg"を見ると、この町の城壁は中世風のcurtain wallのままだったように見える。1618年のピルゼン攻囲の絵"https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Siege_of_Pilsen.jpg"を見ても、外郭に稜堡が1つあるだけで、他は中世風のままだ。
 こちら"https://de.wikipedia.org/wiki/Frankfurter_Stadtbefestigung"にフランクフルト=アム=マインの城壁に関する詳しいまとめが載っているが、16世紀までフランクフルトの城壁が中世風のcurtain wallだったこと、17世紀前半に壁の外側に稜堡を付加する形でルネサンス式要塞に衣替えしたことが分かる。改築に多額の費用がかかるために古い(火薬兵器への対応力が低い)城壁に頼らざるを得ない町がまだ存在していたことは確かで、だからスピノラが強襲で一気に町を落とそうとしたこと自体はおかしくない。
 その場合、実際にはどのように攻撃をすることになったのか。一つはオッペンハイムで行ったように攻撃開始時刻を工夫する(夜間に接近し夜明けに奇襲する)といった方法がある。もしくは守備隊の数が少ないことを描写し、攻撃側の数に圧倒されて降伏を決めるという描写も考えられる(バハラッハ奪取"https://en.wikipedia.org/wiki/Capture_of_Bacharach")。こちらの話"http://www.syler.com/SiegeWarfare/onset/digdowngotcha.html"などは漫画にそのまま使えそうだし、こちら"http://www.syler.com/SiegeWarfare/onset/digdownnonviolence.html"なら政治劇っぽく描くこともできる。
 あるいはいっそ強襲が無理だと判断して正攻法での攻囲(守備側の大砲の射程外に塹壕線を構築し、そこから接近壕を使ってじわじわと近づいていく)に切り替えるという展開も考えられる。そうなればさらに多様な描き方ができるだろう。砲台を構築して城壁に破口をどうやって開けるか、接近壕を掘りジグザグに進みながらどう接近していくか、解囲軍が接近した場合にどう対処するか、補給上の困難をどう乗り越えるか。もちろん守備側についても色々な活動が必要になる。夜間を利用した出撃とそれによる塹壕線の破壊、攻撃側よりさらに厳しい食糧事情、そして城壁を巡る最後の戦闘とそれに続く略奪。中世風の戦い方とは異なるが、中世と同じかそれ以上に血腥い戦闘を描くことはできる(ちなみに最近少し話題になっていたアニメ"http://goblinslayer.jp/story/episode01/"のワンシーンにこの時代の戦術"http://www.syler.com/SiegeWarfare/digging2/digdownarrierecoin.html"が使われていた)。
 大坂の陣終了後に欧州に渡った日本人の話をフィクションとして描くなら舞台は三十年戦争、という発想は間違っていない。また何度も言う通りマンガはフィクションなのだから、戦闘描写が史実と違ってもそれ自体に問題はない。だが知っている人が見ればPike and Shotでないことは分かってしまうし、それが引っかかってしまう。何しろ中世末期から近代初期の欧州は、火薬兵器の登場と進化によって急激に戦場の現実が変化しており、結果として少し年代が違うと全く描写が異なってしまう時代だ。実はフィクションで取り上げるにはかなり「ハードルの高い」時代であることを、改めて感じさせられた。
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