メディア・バイアス

 松永和紀氏の「メディア・バイアス」を読んだ。同氏についてはネット上でニセ科学などについて色々と言及していたものに目を通しており、DDTに関する指摘などを見ても注目に値する人物なのではと考えている。この本は新書で安い(洋古書を買っていると大半の日本語本は安く見えてしまうのだが)こともあるので買って損はない。
 同氏が既にネット上で言及していることも多いが、私にとって目新しかった部分もあるのでそのあたりを紹介しよう。一つは「昔はよかった」の過ちという題で触れられている戦後の生活改善普及事業。家庭で味噌などを作る際に、戦前まではなかった技術の普及に努めた結果、それまでよりずっと美味しい味噌が作れるようになったという話は初耳だった。一人あたり大豆の摂取量が戦後ずっと増えて1996年にピークをつけたことについても同じ。野菜の摂取も戦後、時間と伴に増えてきたのが実態らしい。
 昔の日本が今より栄養状態が悪かったのは間違いないが、実際にこうした変化が戦後のものだと聞くとやはり驚きを覚える。地方の道の駅などで販売されている手作り味噌の大半も、戦後の普及活動で新しい味噌作りを学んだ当時の若い女性たちの手によるものだそうだ。確かに伝統を大切にすべきだと主張する人間の「伝統」についてよく調べてみると実は戦後普及したものだったという事例は多いが、大豆の摂取や手作り味噌まで戦後の「伝統」だったとは。紋切り型の言い分を鵜呑みにせず、物事はもっと批判的に見なければならないことが分かる。
 バイオエタノールのブームに関する分析も私にとっては初耳。最近になって急速に注目を集めているのは知っているが、なぜ米国などがこの分野にそれほど力を入れているのかについては知らなかった。一種の地産地消と聞いて納得。なるほど、米国にとってはトウモロコシの需要先が増えるのはプラス材料だろう。正直、食糧をエネルギーに回すのには「倫理的な批判」以上の違和感を覚えるのだが、バイオエタノールが製造に要したエネルギーの125%のエネルギーを作り出しているとの指摘が事実ならその批判も考え直さなければならない。なかなか興味深い話だ。
 個人的に最も共感したのは「日本語の壁」という指摘。有名な食品安全情報ブログを紹介しながら著者が「日本人は情報収集において『日本語』という大きな壁がある」と指摘するのは、実に頷けるものがある。「インターネット上の日本語の情報にあまりにもウソが多い」というのも、全てに当てはまる訳ではないと思うが、おおむね同感。実際には「(どの言語であれ)インターネット上の情報にはあまりにもウソが多い」面もあると思うが、英語に比べてソースが限定されてしまう分だけ日本語が不利なのは否めない。
 食品安全情報のように海外も含めて大量の情報が出回っている場合、日本語よりは英語の方が母数が大きいだけマトモな情報の数も多いだろう。しかし、日本ローカルの話(例えば日本の歴史とか)であればそうとも言い切れないと思う。逆に、本来海外のローカルな話に関する日本語情報となると、これはより悲惨な事態が待っている。私が関心を持っているナポレオン戦争などが典型。日本語情報にはウソが多いし、それはネットだけでなく出版物にも当てはまる。敢えて質の良くない本を選んで翻訳しているのでは、と疑いたくなるほどだ。日本語の壁は、この分野にも間違いなく存在する。
 ナポレオン戦争なら基本的に単なる趣味の話なので、ウソが飛び交っていても生活に直接影響することはない。それに対し、食品安全情報は下手をすると人生に関わる。ナポレオン戦争に関する「日本語の壁」についてはほとんど諦めているが、食品情報などについてはできるだけ質のいい日本語情報を発信してもらうよう、松永氏らに期待をかけることにしよう。

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