契約締結 妄想編

 NFLではキャンプが始まったが、冒頭話題になっていたのは契約締結が遅れていた新人たち、特にDarnoldだった。正直言って彼を指名したのがNYのチームでなかったらここまで話題になったとは思えないのだが、それでも実際に契約にサイン"http://www.nfl.com/news/story/0ap3000000943032/article"するまで、キャンプの大きなニュースとして報じられていたのは確かだ。
 当初はルーキー契約にしばしば付随しているオフセット条項が問題だとされていた"https://overthecap.com/the-silliness-of-the-offset-fight"。契約途中で解雇され、他チームに雇われた場合、その他チームからもらったサラリー分だけ保証額から減らすという条項だ。Over The Capの記事もそうだが、この条項を巡ってチームが選手と争うことに関しては批判的な意見が多かった。現実問題として争うほどのメリットがある条件ではないという指摘だ。
 実際にはもめていたのは保証額の無効に関する部分だったという"https://overthecap.com/voiding-of-guarantees"。選手側に問題がある行動をした場合に保証を無効にするという契約で、だいたいどのチームの契約にも存在する条項だという。Darnoldの場合、無効化の条件から「罰金」を外すかどうかで条件闘争が行われたそうだが、言語道断な行為は一般に出場停止も含むので罰金を外してもあまり影響はないという判断からチーム側が要求に応じたという。
 ただこれも正直言ってキャンプに遅れなければならないほど深刻な条件闘争とは思えない。BearsのSmithがもめている出場停止に関する包括条項の方は、新しいタックルルールが適用されるのを踏まえた警戒感から生じたものだと言えなくもないが、Darnoldはそこを問題にしたわけではない。そもそもディフェンス選手でないDarnoldがその影響を受ける可能性はほとんどない。
 ではなぜキャンプに遅れることになるまで交渉に時間を要したのだろう。ここから先は陰謀論的妄想なのであまり信用しないでほしいのだが、Darnoldの最大の目的は実は「キャンプへの参加を減らすこと」そのものにあったのではないだろうか。
 いくらドラフト上位指名であっても、新人にとってルーキー契約の条件闘争に力を入れるメリットはあまりない。そもそも総額が抑制されているのだから、どんなに頑張っても金額自体が大きく増えることはない。2011年の新労使協定成立前ならルーキーの代理人がチームとの派手な交渉を繰り広げることにも意味はあったし、それが風物詩にもなっていた。でも今は長引かせても金額は増えない。今回話題になったように、ささいな条件を巡るみみっちい取引がなされる程度だ。
 そもそもNFLのルーキーにとっては、新人時点で締結する契約よりもその契約が終わった時にいかに新しい契約を結ぶかの方が大事だ。なにしろ2度目の契約では桁1つ上がるのも珍しくない。みみっちい額でもめるよりも、その時点で腰を据えた交渉をする方が合理的。ただし、2度目の契約で多額のサラリーを得るためには条件が1つある。ルーキー契約期間中にチームで不可欠の存在と見なされるだけの実績を残すことだ。
 自分に自信がある選手にとって、この「実績を残す」うえで最大の障害となるものは何だろうか。フットボールというスポーツの特性を考えるなら、おそらく「怪我」がそうだろう。ルーキー契約の選手たちにとって最も困るのは、怪我のせいで実績を残せず、ルーキー契約が終わった時に安いサラリーしか提示されないこと(Bridgewater参照)。フィールド内のプレイについては自分でコントロールできるし、そこでダメだと判断されればそれは仕方ないと割り切れる。でも怪我のために機会を失うのは、ルーキー契約下で安くこき使われる選手たちにとって極めてやりきれない結果ではないだろうか。
 試合中の怪我のリスクは避けられない。一方で試合は実績を積む場でもあるのだから、リスクを取りつつリターンも期待できる。だがキャンプを含めた練習はそうではない。練習で怪我をしてしまうと、何の実績もないまま下手をすればinjury proneという烙印を押され、チームから忌避されるようになる。高額サラリーを既にもらっているベテランならともかく、制度によって無理やり低いサラリーに抑えられている若手にとってはメリットがない。
 もちろん新しい労使協定で練習時間に上限は設けられている"https://www.nflpa.com/active-players/off-season-rules"。それでも練習に参加する時間が長くなればなるほど怪我のリスクが増えるのは避けられない。だったら無理に練習に出ず、「契約がまとまらない」ことを口実に練習時間を減らす方が合理的だ。そう考える選手がいてもおかしくないのではないか。
 代理人を使って細かいところで条件を出していきながら時間を稼ぎ、練習参加時間を減らして「つまらない場面での負傷」リスクを下げる。Darnoldがそう考えていたというつもりはないが、彼のようにずっとドラフトトップクラスの評価を受けてきた選手であれば、今よりも4~5年後の再契約を重視して行動するのは決して不合理な考えではない。
 何よりキャンプの参加期間がシーズンのパフォーマンスに影響する度合いがそれほど高いとは思えないという事実がある。少なくとも個々の選手のポテンシャルの方が、数日間の練習による影響よりもよほど重要だろう。多少の練習時間を切り捨てても怪我のリスクを減らす方が便益が大きいと判断するなら、契約交渉にかこつけてサボるのはプラスとなる。特にドラフト上位指名のようにチームが容易に放出しようとしない選手においては、メリットはさらに大きい。
 もちろん以上の考えはただの妄想である。だがこれを明確に否定するには、キャンプでホールドアウトした選手のパフォーマンスが下がったことを示す統計的な証拠が必要になる。残念ながらそういうデータを見たことはこれまでにないし、そして上にも述べたように実際には練習参加期間よりも個々人のポテンシャルの方が試合への影響は大きいと思われる。でなければ解雇直後に別チームへ移ったベテランが即座に先発するという、割とよく見かける現象を説明するのが難しくなる。練習参加のリスクが大きいと思うなら、特にルーキーが無理にそれに参加するインセンティブは低くなるのだ。

 一方チームにとっては話はそう簡単ではない。今年のようにQB人材が豊富であれば、Jets側も無理にDarnoldとの契約を焦る必要性は少なくなる。細かい条件でいちいち交渉した結果、シーズン序盤でDarnoldが使い物にならなくなったとしても、McCownやBridgewaterがいる。しかしながら一方で、ルーキー契約の期間は安く選手が使えるのも事実。できるだけその期間中にフルで活躍してもらう方がチームとしてはありがたい。
 それでも今年のJetsの場合、オフセット条項のような細部でしつこく交渉を続けることが「愚か」とまでは言えないと思う。というのも現在の労使協定は2020年までしか適用されないからだ"https://nfllabor.files.wordpress.com/2010/01/collective-bargaining-agreement-2011-2020.pdf"。新しい労使協定が結ばれ、例えばルーキー契約のような仕組みが廃止されたとする。ルーキーとの契約は以前と同じように高額サラリーを巡るものになるだろうが、この場合はオフセット条項が現状のような「ほとんど無意味」ではなく、とても重要な条項となる可能性がある。
 私が代理人なら「過去のルーキーとはオフセットなしで契約しているのだから、新しいルーキーともそういう契約を結ぶべき」と主張するだろう。もちろんチーム側は労使協定が変わったのだからと異論を出してくるだろうが、それでも交渉カードが1枚、代理人側に渡ることはまちがいない。それを考えず、Darnoldに大量のドラフト資源を投入したのだから彼と急いで契約すべきと主張するのは、少々近視眼的なのではないか。Darnoldは確かにチームの将来を担うかもしれないが、一方で使い物にならずルーキー契約が終わればあっさり解雇される可能性も現時点ではある。数日分の練習がなくなることと、将来の交渉における手札を失うこと、チームがその両方を秤にかけて前者を選ぶことが、それほど明白に「愚か」な選択だとは言い切れないのではないか。
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