分岐・分散・分断

 ドーキンスの「祖先の物語」"https://www.amazon.co.jp/dp/4093562113"はなかなか面白い本だ。ただし出版時期からそこそこの時間が経過したため、内容的には古くなっている部分もあるらしい。2016年には第2版が出ている"https://www.amazon.co.jp/dp/0544859936/"ようで、そちらを確認すればさらに新しい情報もゲットできるはず。英語であるという点を気にしなければ、だが。
 初版との違いについてはこちらの書評"http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160704"が詳細に紹介している。特に系統関係についての理解がどう変わっていったかは興味深いところ。以前こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/42944827.html"で紹介した脊椎動物、ホヤ、ナメクジウオの分岐の流れも、最新の研究を反映して初版とは違う順番になっているという。
 一方、日本ではこちらの本"https://www.amazon.co.jp/dp/4860644107"が同じような切り口で書かれている。この本はもともとネット上のまとめ"http://kagakubar.com/mandala/mandala01.html"に大幅加筆してまとめたものだそうで、逆に言うとネットの記事で基本的な部分は確認できるとも言える。ドーキンス本との違いは先の書評でもまとめられているが、基本的に分岐の根元についてはあまり詳しく言及していない。

 このネットまとめで興味深いのは分散に関する話だ。例えば第4話「マーモセットとヒトの共通祖先」では新世界ザルについての話が出てくる。彼らは名前の通り南米大陸に生息するのだが、南米で見つかる霊長類の化石は2600万年前のものが最も古く、それ以前は存在しないという。しかし彼らが旧世界に住む我々と分岐した時期はもっと前の3000万~4000万年前"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E9%BC%BB%E4%B8%8B%E7%9B%AE"。彼らは我らの先祖と袂を分かった後で、どこかから南米へとやってきたことになる。
 どこから来たのかについて、ここでは「およそ3,400万年前にアフリカから海を越えて渡って来た」との説を紹介している。これが「分散」だ。南米とアフリカは1億500万年前に大陸移動によって分裂しており、陸伝いに移動することはできなかった。であれば何らかの方法で海を越えたと考えるしかない。今よりは狭かったとはいえ大西洋を渡って移動するのは普通に考えればとても簡単ではなかったはずだが、事実として新世界ザルが南米に広まっている以上、そうした「分散」がなされたと考えるしかない。
 筆者は「浮島」にたまたま乗っていた新世界ザルの祖先が流されて南米にたどり着いたのではないかと指摘している。滅多に起きることではないが、長い時間があれば運良くそのような移動が成功することがあったかもしれない。行った先でうまくニッチに定着することができれば、そこで進化を遂げるのも不思議ではないだろう。アフリカではなく北米経由という説もあるらしいが、北米で新世界ザルの化石が見つからないという弱点がある。一方、アフリカには新世界ザルに似た化石が見つかっている。
 彼らと同じようにアフリカから渡ってきたとみられる哺乳類は他にもいるそうだ。新世界に生息するテンジクネズミ上科"https://en.wikipedia.org/wiki/Caviomorpha "がそうで、彼らもおそらく何らかの手段で大西洋を渡ったのだろう。さらにその一部は南北アメリカ大陸がつながった後に北米まで進出した。滅多に起きない大洋を越える「分散」が、それでも複数回起きた可能性を窺わせる。
 大陸移動についてはこちら"http://kagakubar.com/mandala/mandala05.html"やこちら"http://kagakubar.com/mandala/mandala10.html"に説明が載っている。およそ3億~2億年前頃に存在した巨大大陸パンゲアは1億5000万年前までには北のローラシア、南のゴンドワナに分裂。続いてゴンドワナからはまず1億3000万年前にインドとマダガスカルの部分が分かれ、1億500万年前にはアフリカと南米が分裂。7500万年前にはさらにインドとマダガスカルが分裂し、という具合に細かく分かれていった。
 しかし、例えばそのマダガスカルには6000万年ほど前に原猿類の1種がアフリカから流れ着いている。彼らはそこで進化し、アイアイなどキツネザルのグループをそこで形成した。つまりこれも分散の例である。同じようにマダガスカルにはテンレック、マングース、アシナガマウスなどのグループが生息しているが、彼らもやはり海を越えたのだろう。この4種類以外に陸上型の哺乳類がいないことから、陸橋のような場所を経由して分散がなされた可能性は低いというのが筆者の考えだ。
 分散の話がなぜ興味深いのかというと、それが真獣類(有袋類や単孔類以外の哺乳類)"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8D%A3%E4%B8%8B%E7%B6%B1"の4大グループを巡る問題につながるからだ。ゲノムなどから現生の真獣類を分類すると真主齧類、ローラシア獣類、アフリカ獣類、異節類の4種類に分かれることが知られているが、彼らがどのように分岐したのかについては、真主齧類とローラシア獣類が近縁である(まとめて北方真獣類と呼ばれる)ことは分かっているが、それ以外は諸説あってはっきりしていない。
 これは一見しておかしなこととも思える。4大グループはそれぞれ別々の大陸で進化したことが分かっており、真主齧類とローラシア獣類はローラシア大陸で、アフリカ獣類はアフリカ大陸で、そして異節類は南米大陸にいた。であればこれらの大陸が分裂した順番から彼らの分岐の時期をたどることができそうに思える。
 だがそうはいかない。北方真獣類、アフリカ獣類、異節類の3グループが分かれたのは分子分析によるとおよそ9000万年前と見られているが、その時期には既にローラシアどころかアフリカと南米も分裂した後だ。つまりこの3グループは大陸が分裂した後で海を渡ってローラシア、アフリカ、南米の3大陸に広がったと考えられるのだ。一応「祖先の物語」最新版に従うならまず北方真獣類が分かれ、その後でアフリカ獣類と異節類が分岐したと見られているようなのだが、そうした分岐の原因は海を渡った分散ということになる。
 いずれにせよ大陸の分裂時期だけに基づいて進化の道筋を定めるのは無理なのだろう。分子時計など他の手段を駆使して調べなければならないし、相互に矛盾した結果が出てきた場合はより確からしい仮説を採用するのが無難だ。少なくとも真獣類4大グループの分岐については海を越えた「分散」を想定する方がよりもっともらしいと考えられているのだろう。
 なお分散についてはこういう本"https://www.amazon.co.jp/dp/4622086492/"も出ている。過去の論争を踏まえて分散の重要性を説いたものらしいが、こちらの書評"http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20160126/1453854925"によればいささかバイアスが強すぎるとか。分断と分散の論争は「共通要因としての分断に対して、個別要因としての分散を位置づける」という方向でまとまったそうで、それは確かに平凡かもしれないが説得力のある考えだと思う。さらにこうした議論をまとめた「生物系統地理学」という学問も発展したそうで、日本語訳も出版されている"http://www.utp.or.jp/book/b305869.html"。

 ちなみに有袋類と真獣類が分かれたのは1億2500万年前以上になるらしい"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E8%A2%8B%E9%A1%9E"。パンゲアが南北に分裂した後だと思われるだけに、もし有袋類が北方の大陸に生きていればやはり分散の可能性が論じられただろう。ただ実際に彼らが進化したのは南米とオーストラリアというゴンドワナ系の大陸であるため、それほど極端な分散を考える必要はなさそうだ。南米とオーストラリアは3500万年前ほどまで南極大陸経由でつながっていたため、この両大陸に有袋類が広がっていることにもまた不思議はない。共通要因としての分断でかなりの部分が説明できるのではなかろうか。
 ただし有袋類に関しても新しい研究は出ている。こちら"http://sicambre.at.webry.info/201806/article_39.html"によれば今まで最古の有袋類の化石だと思われていたもの(1億2500万年前)が実は真獣類であることが判明し、有袋類最古の化石は1億1000万年前の標本まで時代が下ることになった。一方で真獣類最古の化石としては1億6000万年前のものがあるという。こうしたデータだけを見ても、パンゲア分断後に両者が分かれたと断言するのは難しいようにも思う。
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