啓蒙

 Pinkerの最新作、Enlightenment Now"https://www.amazon.co.jp/dp/0525559027"についてこちらのblog"http://d.hatena.ne.jp/shorebird/"がかなり詳細なレビューを掲載している。以前の「暴力の人類史」"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55350978.html"で行った主張と同じく、彼は基本的に世の中がいい方に向かっており、現代は歴史的に見ても最も恵まれた時代だと主張しているようだ。そしてまた「暴力の人類史」同様、多数のデータを使ってその立証を試みている。
 それは不平等に関する彼の見解についても同じ。彼は例えばこちら"https://ourworldindata.org/global-economic-inequality"のデータを紹介し、先進国内で少し格差が広がっているとしても世界的には新興国の経済成長によってむしろ格差は縮小していると指摘している。確かにこのデータによれば世界のジニ係数は2003年の68.7から2013年には64.9まで低下しており、2035年にはさらに61.3まで下がる見通しだとしている。
 そもそもPinkerは「不平等」が人のwell-beingの「基本的構成要素ではない」としているそうだ"http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20180515"。健康や経済的繁栄や知識や安全や平和といったものは、人々がいい生活を送るうえで重要な要素となるが、不平等は違う。貧困はモラル的に受け入れられないが、不平等は貧困とは違うというわけだろう。
 彼は有名なエレファントカーブを紹介し、「80~90%タイルでゲインが10%でしかなかった層(つまり先進国の中流下層)が『敗者』」"http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20180525"だと説明している。つまり敗者と言われている者たちですら、実際には過去より所得を増やしているということを指摘しているようだ。あくまで新興国の面々に比べて伸びが低かっただけであり、実際には彼らもまた豊かになっているという主張である。

 だがPinkerの議論には批判もある。わかりやすいのがこちら"http://www.psychiatrictimes.com/couch-crisis/should-americans-be-happier-they-are-steven-pinker-thinks-so-i-have-my-doubts"。精神科関連の専門サイトのようだが、メンタルヘルスの観点からPinkerには「少なくとも3つの分野でPinkerの見方にはバイアスがある」と指摘している(p2-3)。
 1つ目は自殺率だ。2010年の自殺率は1960年や1980年とほとんど変わっていない(10万人当たり12人台)とPinkerは指摘しているのだが、足元だけ見ると15年間に10.5人から13.0人へと上昇傾向を見せているという。ティーンとヤングアダルトに限れば現在の米国の自殺率は1940年代の3倍まで膨らんでいるし、思春期の自殺率は1999年から2014年の間に2倍近くまで急増した。特にこうした自殺が急増しているのは2007年以降で、中でも少女の間で目立っているという。
 2つ目は平均余命。米国では2015年から16年にかけ、2年連続で平均余命が低下した。エコノミストのSachsは「ショッキングであり、最近数十年において豊かな国ではほとんど前例がない」と指摘している。そして3つ目はメンタルヘルスに関する包括分析。26の研究を調べた人によればその3分の2近くで「所得格差と鬱病のリスクの間に有意な正の相関がみられた」という。しかしこれらの問題についてPinkerは言及していない。この点についてはレビューを載せているblogでも「もう少し丁寧に扱っても良かったのではないか」としている。
 加えて、Pinkerが取り上げているエレファントカーブでも、いささか正確さに欠ける書き方がなされているようだ。Milanovicらが描いてみせたエレファントカーブの現物("https://www.resolutionfoundation.org/app/uploads/2016/09/Examining-an-elephant.pdf" p5)を見ると、「敗者」とされている連中のところには、確かに10%のプラスを手に入れている面々も存在するが、一方でマイナスになっているところもある。ごく少数とはいえ「昔より貧困になった層」、つまりwell-beingが悪化している層が存在していると解釈できる。
 もう一つ、Pinkerの議論で違和感を覚えるのはScheidelの主張"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56599137.html"について触れた部分だ。彼が平等化をもたらすものとして「戦争、大変革を伴う革命、国の崩壊、破局的パンデミック」を挙げているのは、間違いなくScheidelの言う「4人の騎手」のことを指しているのだろう。ところが一方でPinkerはクズネッツカーブについて特に批判することなく「クズネッツの説明の通りだ」"http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20180525"とそのまま受け入れている。
 少なくともScheidelはそうは言っていない。彼はむしろクズネッツの議論に異論を提示し、実際の事例研究でむしろクズネッツカーブが見つからない事例の方が多いことを紹介している("https://press.princeton.edu/titles/10921.html" p372など)。もしScheidelの議論を受け入れるなら、少なくともクズネッツカーブについてScheidelとは意見が異なる理由を説明すべきだし、そうでないのなら「4人の騎手」の紹介を手控えるべきだろう。Pinkerは自説に都合のいい部分をクズネッツとScheidelからチェリーピッキングしているように見える。

 以下は思い付き。well-beingの視点で、長期的に見て今が過去に比べていい時代であることは確かだろう。一部に見られるような狩猟採集社会をほめそやす見解には違和感しかないし、そこまで遡らなくても1世紀前と今とではどちらがよりいい世の中であるかは明白だ。50年前と比べても生活の質が高くなっていることは否定できない。そうした事実を無視して過去を美化したがる風潮にPinkerが異論を述べているのは別におかしなことではない。
 ただ、格差に関する彼の記述を見る限り、この本につけたEnlightenment Nowという表題はあまり内容と合っていないように見える。啓蒙主義とは名前の通り「蒙を啓く」という意味で、要するに人間の理性によって今よりもいいものを目指すというものだろう。その背景には現在がむしろ暗い状態にあるという認識があると考えられる。でもPinkerの主張は逆。今は言われているよりも明るいというのが彼の主張である。
 それはむしろバーク的な保守主義の主張ではなかろうか。バーグは人間の理性というものを安易に信用することを批判し、現在あるものは過去の経験によって積み上げられてきたそれなりに意味のあるものだと主張している。理性なるものを簡単に信じてそれを変えようとしたらむしろ拙い状況が引き起こされかねないというのがその考えの背景にあるのだろう。
 もちろんバークが正しいという保証もない。時にはマイナスの均衡が生じることもあるし、そうした均衡はむしろ崩してよりよいプラスの均衡を探る方が世の中がよくなるケースもあるだろう。どちらがいいかはケースバイケースとなるし、しかもそれを事前に完全に予測することはおそらく無理。現実の世界ではまた常に両方の力が働き続けるし、時には偶然の要素によってどちらに転ぶか決まることもある。
 ただ一つはっきりしているのは、変わらないことはあり得ない点か。変化することだけが不易だとも言える。保守主義と啓蒙主義の差は、慎重に変わるか、積極的に変えようとするかの違いだ。Pinkerは過去の変化を肯定している点で啓蒙主義的に見えるが、足元の姿勢はむしろ保守主義的。この本の題名も、実はReflections Nowとした方がよかったのかもしれない。
 とまあ最後は割と思い付きを並べたが、Pinker的な視点の持ち主がいること自体は今の世の中で必要なのだろう。彼がこの本を書いたのは「暴力の人類史」でデータを中心に主張したことが一般の人にあまり受け入れられなかったためだという"http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20180325"。科学や進歩の価値を否定したがる人は昔からいたし、今でも存在する"http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20180319"。だからこそPinkerは、これまで理性と科学とヒューマニズムがwell-beingの向上に役立ったことをくどいほどに述べているのだろう。悲観主義を装って間違った処方箋を与えようとするよりは、楽観主義を振りまく方がマシだと考えたのかもしれない。
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