もしもあの時 下

 承前。ここまで想定したHoffman Worldを基に、その後の歴史がどう動くか考えてみよう。まず欧州でフランク王国が生き延びた場合、中国から伝わった火器はどのように発展するのか、それとも全く発展せずに倉庫にしまい込まれるのだろうか。
 トーナメントモデルを抑制しそうな要因としてまずはフランク王国が覇権を持ち、周囲に強そうな国家が存在しないことがあげられる。イベリア半島は引き続きレコンキスタ中でキリスト教国も分裂している。フランク王国が教皇権を抑制している場合、十字軍は起きないと思われるためビザンツは史実よりはしっかりしているかもしれないが、それでも13世紀にはモンゴル、14世紀にはオスマンへの対処に力を奪われている。イングランド王国が成立していると面倒な相手になりそうだが、覇権国家に挑むほどの力を持つ確率はそう高くないだろう。
 長期にわたる平和と統一は戦争を行うコストも上げているだろう。東欧まで移動するのは距離があり、イベリアに行くにはピレネーを越えなければならない。イングランドとの間には海がある。一方でそれらの戦いに勝利しても得られる利得はあまり大きく見えない。拡大しすぎたEUが統一感を維持するのに苦労しているように、文化の違う地域への進出にはマイナス要素が伴うだろう。
 一方で遊牧民が最大の敵という状況にもない。13世紀はまだ元気だったジョチ・ウルスも14世紀前半のウズベク・ハン"https://en.wikipedia.org/wiki/%C3%96z_Beg_Khan"の時代をピークに次第に衰退への道を歩む。そうなるとステップから遠い西欧という特徴が影響してくる。戦争をするとしても相手は定住民になる可能性が高い。となればフランク王国が力を入れる武装の中に軽騎兵より火器が優先的に入ってくる可能性が高まる。
 より深刻なのは14~15世紀が欧州の永年サイクルにおける崩壊局面に当たるという点だ。14世紀の黒死病によって人口減に見舞われた欧州は、エリート生産過剰に見舞われ、彼らの対立が激化した時代だ。フランク王国がローマ的なクリエンテスに基づいた国家である場合、彼らの内紛が火薬兵器を使うインセンティブになり、それが武器の発展を促す可能性が存在する。
 以上、確かに史実より火器が発達する可能性は低いが、明代中国なみに停滞が続くとも思えない。史実より遅いゆっくりとした発展が進み、それがフランク王国の歴史を揺るがすところまでは予想できる。もしそれが王国転覆にまでつながるなら、それ以降は史実と同じようにトーナメントモデルが働きだすだろう。歴史の流れは今の状態へと次第に向かっていく。
 フランク王国がこの激動に耐えれば「ユーラシア西部の中国」として再び平和と停滞の時代が来る。それまでに銃や大砲くらいは生まれるかもしれないが、ルネサンス式稜堡が一世を風靡するに至るのは難しそうだ。欧州による世界制覇の時期は大きく遅れることになる。

 次は中国だ。宋戦国時代が13世紀ではなく15世紀末くらいまで続いたとしよう。おそらく青銅製の銃やマッチロック(少なくともサーペントロック)は生まれるだろうし、臼砲や門の破壊に使われる程度の小型大砲も登場する。でもそこまでだ。欧州で生まれたボンバルドや鋳鉄製の砲丸、砲車、砲耳はもとより、大航海時代を支えた艦載砲も小さいものしか使われない。そして当然ながらルネサンス式稜堡も現れはしないだろう。
 16世紀になると西洋人が東アジアにやってくる。残念ながら中国で戦国時代が続いても彼らの武器には勝てそうもない。史実よりは発展するし、また史実よりは艦船も大きなものを用意できそうだが、欧州を上回るほどの兵器を備えて迎え撃つという形を想定するのは難しい。鍛鉄製の銃も西洋から渡来するか、もしかしたらその少し前に日本で再発明されるかもしれないが、どちらにしても大きな違いはない。
 むしろ中国が分裂したままという事態は、インドがそうであったように西欧列強による植民地化への道を開きやすくしかねない。草原からではなく海からやってきた征服王朝の成立だってあり得なくはないだろう。そうはならず、個別の国が残ったまま西欧に追いつくべく富国強兵に走るというパターン、あるいは彼らの介入をきっかけに再び統一王朝ができるパターン、一部の国は資源動員力を高めて生き残るが一部は西欧列強に屈するパターンなどいろいろな事態が想像できる。
 だがこれらのいずれになるにせよ、艦船と要塞の2点で西欧に勝てないのは史実と同じだ。質で勝てないなら量で勝つ。史実と同様、統一国家の有無を言わせぬ国力を生かすことで、まだ産業革命前の西欧列強を牽制し、時には追い払うというパターンになるのが一番いい結果ではなかろうか。もちろんここで土台を築くことで、今度は19世紀の危機に際して日本並みの対応力を発揮できるようになる可能性はあるが、基本的には大きな変化があるとも思えない。

 では最後に、西欧と中国のどちらもHoffman Worldになったらどうだろうか。西欧では統一国家が残り、彼らのところに届いた火薬兵器は十分な発展を見せない。逆に中国は分裂が続き、これまで述べたような火器の進化が生じる。世界はどのように変わるだろうか。
 フランク王国が残ると考えれば、西欧は安定し沈滞したローカルな地域として存続するだろう。大航海時代に向けた艦船の開発はイベリアを中心に行われる可能性はあるが、イタリアがフランクの支配下にあるため利用できる技術に限界がある。そして船舶に搭載できるような大砲の発展がないと考えれば、たとえ遠洋航海できる船を造ったとしてもそれで砲艦外交を展開するのは難しくなる。
 それでもイベリアの国々がアメリカ大陸までたどり着ければ世界史は大きく動きそうだ。フランク王国がレコンキスタ終了までに国内の動揺を収め、イベリアの国々に圧力をかけられるようにして彼らの勝手な動きを抑制する必要があるかもしれない。あるいはこの時期までに中央集権国家の官僚として人々を広く集める手段を確立し、野心的な人物をコンキスタドールのような仕事ではなく国家官僚として取り込むようにしておくべきか。
 面白い世界を作り出すつもりなら、鄭和の航海が朝貢外交だったように、アメリカを見つけた船も貿易のみにとどめ戦争までは踏み出さなかったという設定が使えるかもしれない。この場合、旧大陸から入った技術を使って新大陸で相当な政治的波乱が生じると思われる。アステカやインカが滅亡し、別の西欧の技術を持った新大陸人による国家が生まれるかもしれない。アメリカ版の維新みたいなもんだ。
 一方、中国を中心とした東アジアでは史実ほどではないレベルの軍事革命が起きる。と言っても上に述べたように史実ほどのインパクトはない。西欧での武器の発展もないため、15世紀末になっても大砲らしい大砲はなく、銃は青銅製のまま。日本の戦国時代になってようやく鍛鉄銃が生まれ火縄銃が完成するが、これらの武器が史実のように一気呵成に世界中へ広まる事態は考えにくい。
 何より中国の艦船が抱える問題があり、彼らによる砲艦外交が困難となる。中国版のコンキスタドールは生まれやすくなるかもしれないが、彼らが暴威を発揮できるような相手は限られる。せいぜい太平洋の島嶼部、及びオセアニア大陸あたりだろう。インド洋沿岸は昔から文明との接点があるため、抵抗力は新大陸より大きい。そしてそこに楔として打ち込めるはずの戦列艦もルネサンス要塞も、この世界の中国は持っていないのだ。
 結果、東アジアで発展した武器は史実よりずっとゆっくりとした速度でユーラシア全域から世界へと広まっていく。新しい技術だから成長の余地は大きいものの、東も西もその成長を妨げる要因があるため、成長の速度は遅くなる。この状況だと、たとえ分裂が続いたとしても中国が常に最先端を行く保証はない。いずれどこかの地域で城壁を破るための大砲が生まれ、それが要塞とキールを持つ戦列艦につながるまで、世界の覇権は宙に浮いたままだ。
 新たなトーナメントモデルの発動地域はどこになるだろうか。ムガール崩壊後のインドか、イスラム圏のどこかでそういう動きが生じるのか、中国が時間をかけて大砲を生み出すのか、フランク王国のくびきがどこかで外れてやはり西欧が主導権を握るのか、あるいは日本国内の分断が長期にわたって継続した結果としてこの列島で火薬兵器の最後の発展が成されるのか。どのような歴史的経緯を想定するかによって、世界史は大きく変わるのだろう。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック