タボール山の戦い 6

 承前。タボール山の戦いに関してLa Jonquièreの本を基に解説してきた。だがここまで詳しいことが分かるのは彼の本くらいだ。基本的にこの戦いは、今ではマイナージャンルと化しているナポレオニックの中でもさらにマイナーな部類となっている。
 代表例がwikipediaだろう。日本語wikipedia"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%9C%E3%83%AB%E5%B1%B1%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84"は中身がスカスカで、参考文献はSmithのNapoleonic Wars Data Book"https://www.amazon.com/dp/1853672769"のみ。そもそもシリア戦役の本ですらない。おまけにオスマン軍の指揮官がジャザールになっているが、アクルに立て籠もっていた彼がタボール山に来られるわけもない。実際に指揮を執ったと言われているのはダマスカスのアブドゥラ=パシャだ。
 ちなみにオスマン軍の指揮官の名前をきちんと記しているMilitär-historisches Kriegs-Lexikon"https://archive.org/details/bub_gb_Eo4DAAAAYAAJ"によれば両軍の戦力はオスマン軍は2万6000人とフランス軍4000人となる(p331)。
 英語wikipedia"https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Mount_Tabor_(1799)"は分量的に多少は増えるが、例えば同じ東方遠征におけるアブキール海戦"https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_the_Nile"と比較すれば扱いの寂しさは一目瞭然。フランス語wikipedia"https://fr.wikipedia.org/wiki/Bataille_du_Mont-Thabor"に至っては英語よりも少ないくらいで、実に報われない扱いである。
 wikipedia以外を探してもこの戦いに焦点を当てたサイトはほとんど見当たらない。例えばこちらのサイト"http://www.frenchempire.net/battles/mountTabor/"などは数少ないその例だが、見ての通り中身はほとんど皆無に等しい。正直、以前調べたバイレンの戦いの方がまだ関連サイトが多くあったんじゃなかろうか"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55374277.html"。

 ネットを見ても参考にならないなら本を探すしかないのだが、こちらも決して満足のいく結果は出てこない。以前、タボール山の戦いについて調べた時はSchurのNapoleon in the Holy Land"https://books.google.co.jp/books?id=yf8hAQAAIAAJ"やPaul StrathernのNapoleon in Egypt"https://books.google.co.jp/books?id=fYsAahjQ5xQC"などを参考資料に使ったが、十分とは言えない情報量だった。
 だがネット上を見ると、もっと残念な文献がたくさん見つかる。例えばLanfrey"https://books.google.co.jp/books?id=ABIbAAAAMAAJ"の本を見ると「ジュノーが指揮する」部隊がクレベール師団のところに後退した結果、「今度はクレベール師団がトルコ軍全軍に脅かされるようになった」(p294)。彼を救出することが急務となったため、ボン師団を率いてボナパルトが自ら出陣したと書かれている。
 見ての通り、細部を省略しすぎて具体的な動向がほとんど分からないようなまとめ方である。クレベールがタボール山を迂回してオスマン軍の背後に回ろうとしたこと、またその際には夜襲を考えていたが夜明けに間に合わなかった件についての言及は一つもなく、ボナパルトが駆けつけた時には敵に囲まれていたという部分までいきなり話が飛んでいる。
 そしてこうした「いきなり会戦まで話が飛ぶ」記述で済ませている本はかなり多い。Robertson"https://books.google.co.jp/books?id=6KoCAAAAYAAJ"もその一例で、「翌[16]日朝、彼はフリの高地に到着し、そこで2万騎を超えているに違いない多数の騎兵に包囲されたクレベール将軍を見つけた」(p138)ことは書かれているが、なぜクレベールがそのような状況に陥ったのかについては説明がない。どちらも一方的に攻められて追い込まれたとしか読めない書き方だ。
 Jomini"https://books.google.co.jp/books?id=mopLAQAAMAAJ"ですら実は同じ。単に敵がヨルダン川を渡って攻めてきたことを知ったボナパルトが「彼[クレベール]の支援に駆けつけた」(p229)という記述があるだけだ。同じJominiのHistoire Critique et Militaire des Guerres de la Révolution, Tome Onzièeme."https://books.google.co.jp/books?id=NnAPAAAAQAAJ"も、基本的な記述は同じである(p411-412)。

 これらの書物よりは踏み込んで書かれている一例がAlison"https://books.google.co.jp/books?id=J-RPAAAAcAAJ"の本だ。その中ではクレベールがトルコ軍の宿営地を攻撃するためナザレを出発したことには言及している(p238)。上で紹介した一連の本のように、気がつけば敵に包囲されているという状態よりは史実に近いと言えるだろう。だがそれだけ。そこには迂回も夜襲も言及されていない。
 Thiers"https://books.google.co.jp/books?id=SaVCAAAAYAAJ"も同じだ。単に「クレベールは彼の師団とともに、フーリ村からほど近いタボール山の麓に広がる平野へと出撃した」とあるだけで、彼が迂回行動を取ったことについては全く触れていない。それでもまだ「彼は夜間にトルコ兵の宿営地を奇襲するアイデアを思いついていたが、それを実行するには到着時間が遅すぎた」(p390)と述べているだけマシだろう。
 一方、残念な方向に話が詳しくなっている例もある。それがRyan"https://books.google.co.jp/books?id=vUyaBgAAQBAJ"だ。彼の本によると「自らの小さい戦力がこの[オスマン軍の]群れに囲まれ圧倒されるのを恐れたクレベールは、夜の間にトルコ軍の背後を迂回し安全に彼の兵をサン=ジャン=ダクルまで連れて行く計画を考案した」(p81)と書いてある。
 戦力がずっと少なかったのは間違いないし、迂回しようとしたのも確かだ。だがなぜその目的が逃げ出すためになってしまったのだろう。「案内人に道を迷わされ、事実上トルコ軍の戦力に囲まれてしまった」と書いてあると、あたかも案内人が彼らを騙して罠に嵌めたかのようにも取れるのだが、そんな話は一次史料には見当たらない。戦いの日付が17日になっているのも含め、一体どこの平行世界の話だろうかと驚くしかないような主張だ。
 もちろんまともな本もある。一例はThibaudeau"https://books.google.co.jp/books?id=SbEUAAAAQAAJ"で、そこにはボナパルトによる迂回行動の推奨とそれを受けたクレベールの行動をきちんと説明している(p215)。だがこういうまともな本は本当に少ない。きちんとした研究者でもそこまで詰め切れていない例が多いのだ。
 Phipps"https://books.google.co.jp/books?id=-59bAAAAIAAJ"もボナパルトを批判し、「ボナパルトはいつもの良識を発揮し、後の書物でこの計画を批判したのだが、彼自身がそれをクレベールに推奨したことは忘れていた」と書いている。だが同時に彼は「クレベールがここに踏みとどまるか、それとも大砲に釘を打ち込んで丘へ向けて突破を図るか議論している時」(p401)と書いて、セント=ヘレナのナポレオンが述べている話をそのまま紹介している。
 要するにタボール山の戦いについて信頼に足る情報を集めるのは、実はかなりハードルの高い取り組みなのだ。よほどうまくやればともかく、普通に本を探すだけだと役に立たない情報不足のものか、あるいは間違った説明が書かれたものにぶつかる可能性が高い。実に難易度の高いチャレンジといえよう。

 それに運よくまともな文献にぶつかったとしても、そこにも決定的な欠落がある。オスマン軍側の史料だ。La Jonquièreの本ですらクレベールの報告は読めてもオスマン側の記録は読めない。おそらく彼ですらそうした史料を見つけられなかったのだろう。オスマン軍はなぜガラリヤ湖の両側から前進したのか、なぜバザール周辺からフーレへと移動したのか、フランス軍に対してどのような攻撃をかけるつもりだったのか、そのあたりは実は全く分からない。
 オスマン側にも何らかの史料が残されている可能性はあるのだが、例えばトルコ語が読める人物がそういうものを発掘して世界に向けて発信でもしない限り、アブドゥラ=パシャの軍勢が何を考えていたのかは分からないままだ。もし史料そのものが残されていないのだとしたら、もう打つ手はない。オスマン軍の行動の背景は、今後も永遠に分からないままだろう。実に厳しい話だと言える。
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