ヒトの足取り

 うーむ、変化が速い。こちら"http://sicambre.at.webry.info/201712/article_9.html"で「現生人類の拡散に関する古典的な仮説」として、ホモ・サピエンスがアフリカで生まれ、「6万~5万年前頃」からユーラシアへ移住しホモ・ネアンデルタレンシスなどと置換していった説が紹介されている。でもこの「古典的」な説が定着したのはやっと「1997年以降」"http://sicambre.at.webry.info/201410/article_32.html"。つまりまだ主力説となって20年くらいしか経過していないのである。
 実際、アフリカ単一起源説が多地域進化説を圧倒するようになったのは本当に最近、だと私は思っていた。それ以前、つまり20世紀が終わる直前まで、人類は各地に広がった様々なヒト(ホモ属)から独自に進化してきたとの仮説は、特に化石研究の分野では根強く存在していたし、ミトコンドリア・イブ"https://en.wikipedia.org/wiki/Mitochondrial_Eve"はとても目新しい主張のため信頼度は今一つと思われていた。それが今や「古典的な説」である。本当に目まぐるしい変化のスピードだ。
 もちろん変化が起きたといっても、基本的な枠組みが変わったわけではない。人類は各地のホモ属が独自に進化したのではなく、アフリカにいたホモ・サピエンスが出アフリカを通じて世界に広がったという基本の流れは変わっていないし、その際に「6万~5万年前頃」にアフリカを出たグループが大きな影響量を持っていたのも確かだ。だがこの説明はよく調べてみると大雑把すぎた、実はもっと細かい色々な動きがあった、というのが最近の説なのである。
 ホモ・ネアンデルタレンシスやデンソワ人との交雑などは以前から報道されていたし、むしろ最近はそちらが常識になっている。だが通説が変わったのはそこだけではない。ホモ・サピエンスは6万~5万年前頃よりもさらに前にアフリカを出ていた可能性が高まっているのだそうだ。少なくとも彼らが1回だけまとめて出アフリカを行ったと考えるのは難しくなっている。後の遺伝子に最も大きな影響を与えたのが6万~5万年前の出アフリカだったのは確かだが、それ以前にもホモサピはアフリカ外に足を入れていた。
 例えば東アジアで「12万~8万年前頃」と推定される現生人類の歯が見つかった"http://sicambre.at.webry.info/201510/article_17.html"話。他にもスマトラ島における7万3000~6万3000年前の現生人類の存在"http://sicambre.at.webry.info/201708/article_12.html"や、オーストラリアでの6万5000年前の人類の痕跡"http://sicambre.at.webry.info/201707/article_21.html"など、早期の出アフリカがあったことを窺わせる考古学的なデータは増加傾向にある。
 こうした流れを踏まえ、2年前には既に「現生人類は遅くとも7万~6万年前頃までに、早ければ10万年前頃までに東南アジアにまで拡散した可能性が高い」と指摘する論文が現れている"http://sicambre.at.webry.info/201509/article_6.html"。こうした「早期の拡散はそれに続く拡散に圧倒された」ため、現在生きている人類のゲノムに残っているのは6万~5万年前にアフリカを出た人々の痕跡が大半。ただし、早期にアフリカを出た人類のゲノムが一部に残っているとの説もある"http://sicambre.at.webry.info/201609/article_24.html"。
 早期の拡散が事実だとすれば、以前紹介した"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56510899.html"中期旧石器時代のレヴァントの遺跡に生きていたホモ・サピエンスがそのまま他地域に拡散していた可能性も出てくる。これまではアラビア半島南岸沿いの南回りが有力説だったが、レヴァントを経由した北回りこそが主流だったという研究も存在するそうだ"http://sicambre.at.webry.info/201505/article_37.html"。
 出アフリカが前倒しになるのと同じように、ホモ・サピエンスの進出時期が前倒しになっているのがアメリカ大陸だ。以前はクローヴィス文化の担い手が所謂「無氷回廊」を通ってベーリング陸橋からアメリカ大陸にやってきたという説が主力だったが、最近ではこれはほぼ否定されている"http://sicambre.at.webry.info/201608/article_12.html"。クローヴィス以前の1万4000年ほど前の遺跡が見つかっているため"http://sicambre.at.webry.info/201709/article_21.html"であり、代わって最近は海岸沿いに移住が行われたという説"http://sicambre.at.webry.info/201708/article_14.html"が出ているそうだ。

 人と交雑したデニソワ人についても色々と研究が進んでいるようだ。こちら"http://sicambre.at.webry.info/201709/article_28.html"に最近の研究のまとめが載っているが、デニソワ人についての最大の問題は遺伝学的情報が充実している一方で、形態学的情報がわずかしか得られない点にある。そしてその遺伝学的情報についても、非常に面倒な特徴がある。
 デニソワ人の遺伝学的情報はデニソワ3と呼ばれる手の末節骨から取り出されたもので、この年代は5万年以上前だそうだ。デニソワ3のミトコンドリアDNAを調べると、彼らの祖先とホモ・サピエンス及びホモ・ネアンデルタレンシスの共通祖先が分岐したのはおよそ100万年前"http://sicambre.at.webry.info/201003/article_26.html"となる。ところがその後でデニソワ人の核ゲノムを使って分析すると、最初に分岐したのはホモ・サピエンスの祖先で、その後にデニソワ人とホモ・ネアンデルタレンシスが分岐したことになる"http://sicambre.at.webry.info/201012/article_24.html"。これは他のデニソワ人個体でも同じだそうだ。
 ややこしいことに、スペインにあるおよそ40万年前の遺跡から見つかった早期ホモ・ネアンデルタレンシスもしくはその祖先のものと思われる人骨からは、デニソワ人と近いミトコンドリアDNAが発見されている"http://sicambre.at.webry.info/201312/article_9.html"一方で、核ゲノム分析ではホモ・ネアンデルタレンシスに近縁である"http://sicambre.at.webry.info/201603/article_17.html"ことが判明している。これをどう解釈すべきか、色々な説が出回っているようだ。
 母系のみに遺伝し情報量も少ないミトコンドリアゲノムより、両親それぞれから受け取り情報量も多い核ゲノムの方がより実態を示している可能性が高いと考えるなら、3者の関係はまずホモ・サピエンスが分岐した後でデニソワ人とホモ・ネアンデルタレンシスが分岐したと考えるのが妥当だろう。最近の研究ではまずホモ・サピエンスの祖先が75万年強前に分岐し、デニソワ人とホモ・ネアンデルタレンシスは74万4000年前に分岐したと推定されている"http://sicambre.at.webry.info/201708/article_10.html"。世代でいえば前者が2万5920世代前で後者が2万5660世代前。ホモ・サピエンスの分岐直後にデニソワとネアンデルタレンシスが分かれたことになる。
 この矛盾を解決する説として紹介されているのが、デニソワ人と他のヒトとの交雑によってミトコンドリアDNAが入れ替わったという説だ。交雑の結果、ミトコンドリアDNAが他の系統のものと入れ替わったと考えれば、核ゲノムとの矛盾が解決できるというわけで、色々な説がそこから生まれている。また実際にデニソワ人がオセアニアの現代人の祖先集団と交雑する前に、ネアンデルタレンシス及び「中国や東アジアの他地域の祖先集団」と交雑していたとの研究もある"http://sicambre.at.webry.info/201311/article_36.html"。
 最近の研究"http://sicambre.at.webry.info/201712/article_13.html"では「デニソワ人は分類学的実態を有さず、地域的な祖先的集団と交雑したネアンデルタール人である」という仮説も出ているようだ。そこでは南アジアあるいは東南アジアにいたデニソワ人なるものが、実はジャワ島のホモ・エレクトス系統との交雑で生まれたとの見方が示されており、彼らと交雑したホモ・サピエンスがその遺伝子をオセアニアの現代人に伝えているという。
 この説が正解かどうかはともかく、デニソワ人を巡る問題がかなり複雑なのは確かなようだ。当時のユーラシアの人口密度はかなり薄かっただろうし、その結果として割と簡単に生殖的隔離が起きたのかもしれない"http://sicambre.at.webry.info/201711/article_16.html"。一般に想定されているより複雑な経緯をたどってホモ・サピエンスへとゲノムが伝わった可能性はある。

 それも含めてこちらのblog"http://sicambre.at.webry.info/"は最新研究の紹介が多く、とても参考になる。ありがたやありがたや。

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