本&研究3題

 エコノミスト誌が選んだ「今年の本」"http://econ.trib.al/mFMl5pN"と、WSJがまとめた「ビジネスリーダーが2017年に読んだもの」"https://www.wsj.com/articles/what-business-leaders-read-in-2017-1513107964"の両方に、Walter ScheidelのThe Great Leveller"https://press.princeton.edu/titles/10921.html"が顔を出した。どうやら西洋でもScheidelの本は関心を集めているらしい。
 日本でも今年の年初からいくつかのサイトで彼の本は取り上げられている("https://gigazine.net/news/20170127-violence-inequality/"や"https://indeep.jp/catastrophe-is-the-only-the-great-leveller-for-freedam/")。いずれも格差問題やそれを背景にした政治や外交での不穏な動きが世界各地で見られる現状を反映したものだろう。格差の拡大が何をもたらすかについての関心が高まり、回答を求める人が増えているのだと思われる。
 以前この話を述べた時に指摘したが、格差は発展や成長とともに必ず広がるというのがScheidelの考えだ"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56535202.html"。つまり人間社会には必ず存在する傾向というわけなのだが、それどころか人間以外の自然にも同じ傾向があるという論文"http://www.pnas.org/content/114/50/13154.full.pdf"をScheidelは紹介している"https://twitter.com/WalterScheidel/status/940967651245019141"。
 自然群落を見るとエネルギーの過半をごく僅かな種が独占する傾向が見られる。その様子は人間社会の富の分布と非常に似通っていることが2ページ目のグラフから窺える。そしてこの格差は、完全に平等な状態で始めたとしてもいずれは訪れるものだそうだ。もちろん筆者らは格差が「自然」なものだと主張しているわけではないが、格差の拡大に歯止めを掛けるには内在的なメカニズムだけでは難しいようだ。

 格差が生じるかどうかはともかく、世界のあらゆる地域で政治体の成長は似たような傾向をたどるという研究成果をまとめたのがこちら"http://www.pnas.org/content/early/2017/12/20/1708800115.full"。Peter TurchinとThomas Currieという、以前こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55677354.html"で紹介した論文を書いた組み合わせであり、Turchinが普段から宣伝しているSeshat"http://seshatdatabank.info/"が取り組んできた研究の成果だ。
 論文の内容をもう少しシンプルに紹介したのがこちら"https://phys.org/news/2017-12-human-societies-evolve-similar-paths.html"。世界30地域における過去1万年にわたる414の社会を相互に比較し、それらの発展が似たようなものであることを数値的に評価した試みだ。基本的には人口が増えるほど社会の複雑さが増すという、誰でも予想できる結論が導き出されているのだが、それを具体的に数字で裏付けたのがこの論文の肝だろう。
 具体的には9つの分野に関するCC(complexity characteristics、複雑さ指標)を算出し、それらがどの程度相関しているかを調べたという。結果はこちらの図"http://www.pnas.org/content/early/2017/12/20/1708800115/F2.expansion.html"に簡単にまとめている。人口、領土、首都人口、階級の複雑さ、政府、インフラ、情報システム、文字情報、貨幣システムという9つの分野について複雑さをまとめたところ、それぞれのCCは互いに相関係数0.49~0.88の間で優位に相関していた。
 つまり複雑な社会はどのような地域にあっても色々な側面で似たような複雑さを示すということだ。そこから社会的な複雑さの度合いを指標化し、その指標に合わせてそれぞれの社会がある時点でどの程度の複雑さを手に入れていたかを横で比較することができる。例えばこちら"http://www.pnas.org/content/suppl/2017/12/21/1708800115.DCSupplemental/pnas.1708800115.sapp.pdf"のp15以降に載っているグラフを見ると、1500年頃の欧州は複雑さ指標が9前後だったのに対し、同時期の南米は高いところで6強、北米は4前後にとどまっている。両者の遭遇が極端な結果をもたらした背景がここから説明できるかもしれない。
 アセモグルら制度重視の議論を否定するような言い回しもある。複雑さの成長度合いについて、特定の政治体制や特定の文化的伝統はあまり影響していないというのがこの論文の主張だ。もし本当に体制や文化が複雑さを支えるうえで重要なのであれば、それを裏付けるデータを統計的にそろえる必要がある、とこの論文を書いた研究者は主張したいのだろう。チェリーピッキングではなく、統計的に調べた体制や文化の違いが複雑さ指標に影響を与えるかどうか、できれば知りたいところである。
 複雑さの成長経路が、長期の静的な状態と短期の急激な上昇という流れを見せるのも、今回の研究から分かったことだそうだ。一方、どの社会でも見られる複雑さ指標が増加する傾向をもたらす要因の分析はこれから。戦争が大きな要因と思われることは既に指摘されているが、他にも社会的な複雑さの進化を説明する要因を調べるべくデータを集めている最中だそうだ。農業生産性、宗教、儀式、制度、公正さ、福祉などがどんな影響を及ぼすのか、それが分かれば面白い。
 ちなみにSeshatのデータは、例えば黄河中流域の北宋時代だとこちら"http://dacura.scss.tcd.ie/seshat/polities/cnnsong.html"に載っている。人口や面積の他に、各種の社会的階層の複雑さや、専門家といえる職種の存在など、様々なデータについての評価とそれを裏付けるソースが採録されている。これだけのデータを多くの研究者が協力して集めることができるのも、ネット時代ならでは。昔の研究者には不可能だった贅沢な試みと言えるかもしれない。

 もう一つ、ゲノム分析を通じて過去における人の移住がどのように進んだかを調べた研究もある"https://www.biorxiv.org/content/early/2017/12/13/233486"。各地のゲノム情報を分析してそれを地図上にプロットしたところ、ヒトは決して均等に移住するのではなく、地理的な条件に結構影響を受けていることが分かった、という話だ。
 論文全体はこちら"https://www.biorxiv.org/content/biorxiv/early/2017/12/13/233486.full.pdf"。内容はともかく、手っ取り早くどんな傾向があるかを見たいのならp6及びp7の地図が参考になる。ただし分析対象はアフロ=ユーラシアで、アメリカやオセアニアは対象外だ。新大陸近代において大量の移住があった地域のため、サンプルが集めにくいのだろう。
 全体図(p6)で興味深いのは、アフロ=ユーラシアがいくつかの地域に分断されていること。中国が孤立感の強い地域であることは予想できたが、他にも欧州は割と他地域から切り離されている。南アジアと南西アジアはシナイ地峡を通じて北アフリカとつながりが強そうだが、サハラ以南のアフリカはこれまた分断度合いが強い
 大きな境界線となるのは山地、砂漠、海だ。西をヒマラヤなどの山地と砂漠に隔てられた中国は他地域とつながりやすい「回廊」が限られているのが特徴。ただし東シナ海を通じて朝鮮半島や日本と、また南方のインドシナ半島からボルネオ付近までは比較的交流が多かったことが分かる。ローカルなデータ(p7)を見ると中国でも中心地と西方との間には障壁があった様子が窺える。
 欧州は全体図ではひとまとまりに見えるが、地域図では結構細かく分断されている。特にアルプスやアドリア海、カルパティア山脈はかなり大きな境界で、南北の分断はそれなりに大きかったと考えられる。北方平野部でもゲルマン語族とスラブ語族の境目付近にやはり分断があるなど、交流の難しさが存在した可能性が窺える。中国に比べると分断されやすい地形という説も、これを見ると一理あるかもしれない。
 興味深いのはインドネシアを東西に分断する線だ。生物相の分野では氷河期のスンダランドとサフルランドを隔てるウォレス線"https://en.wikipedia.org/wiki/Wallace_Line"が有名だが、この研究ではむしろスラウェシ島の東にあるウェーバー線"https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Map_of_Sunda_and_Sahul_2.png"の方が強い分断をもたらしているように見える。船を使う人と他の生物とでは、同じ海であっても分断されやすさが違うのかもしれない。
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