フィクションと火薬兵器

 以前、もののけ姫に出てくる火器について言及した"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56514816.html"。火縄銃以前の火器が登場するという点で珍しい作品だと言えるのだが、同様の作品は他にないのかというとそういうわけではない。例えばアニメであれば純潔のマリア"http://www.junketsu-maria.tv/"という百年戦争を舞台にした作品の中で、やはり火器が登場するようだ。
 まずこの作品の時代であるが、こちら"http://www.junketsu-maria.tv/special/nazenani_01-02.php"によれば百年戦争の最中であり、なおかつ勅令隊"https://fr.wikipedia.org/wiki/Compagnie_d%27ordonnance"が存在した時代ということになる。つまり1445-53年という百年戦争でもかなり末期を扱った作品というわけだ。もののけ姫に比べれば狭い時代に絞り込める。
 登場する火器は、まずこちら"http://www.junketsu-maria.tv/special/nazenani_05-06.php"に出てくる「中世の銃」。説明文にある「個人が携帯できる火薬で何かを発射する武器が、ヨーロッパの歴史資料で確認できるのは14世紀頃からと言われている」という表現は、もしかしたらタンネンベルクガン"http://www.musketeer.ch/blackpowder/handgonne.html"などを念頭に置いているのかもしれない。
 ただし描かれているハンドゴンの形状はタンネンベルクガンとはかなり異なり、むしろ長さが短く口径の大きいこちら"https://i.pinimg.com/736x/31/a9/dd/31a9dda487e324f9bd5f37faf14317a9--hand-cannon-th-century.jpg"のものに近い。こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56494320.html"で紹介したハンドゴン史に従うなら、むしろ14世紀末頃によく見られた形状("http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=165518&postcount=2"一番上の写真の左から2番目など)となる。半世紀前の古いハンドゴンを持ち出したのかもしれない。
 もう一つ、中世の大砲"http://www.junketsu-maria.tv/special/nazenani_07-08.php"も登場している。ただここの説明文はかなり変。火薬が「ヨーロッパに入ってきたのは、11世紀頃ではないかと言われている」などと書かれているが、それが事実ならへースティングの戦いの頃から火薬があったことになり、流石に早すぎ。普通に考えて13世紀のロジャー・ベーコン"https://en.wikipedia.org/wiki/Roger_Bacon"以降と考えるべきだろう。
 火薬の伝来が早すぎるため、Pot-de-ferの登場も「12世紀」というとんでもない時代設定になってしまっている。百年戦争の200年前だ。もちろん史実のPot-de-fer"https://en.wikipedia.org/wiki/Pot-de-fer"は14世紀に現れている。銃の方はそれほど変な記述になっていなかったのに、なぜ大砲がこんなに素っ頓狂になってしまっているのか、理由は不明。
 また、公式サイトの説明文は野戦でぶっ放した兵器を「射岩砲(ボンバルデ)」だとしているが、当時のボンバルドは野戦で利用できるような取り扱いの容易な兵器ではなかった。例えば1436年にフランス軍が使用していたボンバルドは直径56センチ、重さ250~300キログラムの石弾を撃ち出す巨大兵器で、移動時には2つのパーツに分け、使用する前にねじ止めしてから使用したという(Partington"https://books.google.co.jp/books?id=fNZBSqd2cToC" p115)。
 物語終盤の城攻めで城壁を破壊していた兵器はボンバルドでいいと思うが、野戦で使用したものはもっと小さな兵器ではなかろうか。舞台となっている15世紀半ばには既に重さ45~90キログラムのクラポドーや、小型のものなら50~150キログラム、中型のものでも200~400キログラムだったヴグレールといった兵器が存在した(The Artillery of the Dukes of Burgundy"https://books.google.co.jp/books?id=UAL0SfuyUGQC")。そうしたものの方が描写的にも辻褄は合う。

 アニメで火縄銃以前の火器の登場例を探すとこんなところになるが、漫画ならもっと遡ることができる。フス戦争(15世紀前半)を描いた乙女戦争"http://seiga.nicovideo.jp/comic/6131"については既に何度も紹介している。同じ百年戦争でも14世紀まで時代を戻れば、ホークウッド"https://www.amazon.co.jp/dp/4040665686"の中にクレシーの戦いを描いた場面が出てくる"http://blog.daruyanagi.jp/entry/2015/08/10/063230"。
 もちろんこの場面のPot-de-ferは、以前指摘した"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55806472.html"ように史実に比べて大きすぎる。こちら"http://vikingsword.com/vb/showthread.php?t=18049"で言われているように「中世のアーティストは作中で最も重要な人物あるいは物を巨大化しがちだった」。だからこの作品に火器が出てくること自体は正しいのだが、そのサイズはフィクションと見るべきだろう。
 一方、そもそも火器が出てくること自体、論拠が十分とは言えないのが、狼の口"https://www.amazon.co.jp/dp/4047263184"に登場する手銃(ハンドゴン)"http://services.2012sep.akibablog.net/images/14/wolfsmund/114.html"である。見た目はフス戦争に出てくるピーシュチャラそっくりなのだが、この作品の時代はそれより1世紀以上前だ。
 この作品は1315年のモルガルテンの戦い"http://attendre-et-esperer.hatenablog.jp/entry/2016/10/05/220034"前後を舞台にしている。もちろんハンドゴンもその中で出てくるのだが、この当時において欧州に銃砲が存在したことを示す歴史的証拠はない。こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56370073.html"でも指摘している通り、1321年時点でもまだ火器が伝わっていなかったという説もあり、モルガルテン前後にハンドゴンが出てくるのはフィクションである可能性が存在する。
 欧州ではホークウッドより前に遡るのは難しそうだが、アジアならもっと過去に行くことはできる。例えば1274年の文永の役を描いたアンゴルモア"https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_KS00000007010000_68/"の中には、てつはうに加えて火銃も姿を見せている"https://twitter.com/gryphonjapan/status/677152719241502720"。もちろん前者(つまり震天雷)は史実だ"https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/19/M%C5%8Dko_Sh%C5%ABrai_Ekotoba.jpg"。
 だが火銃の方は史実というには証拠が足りない。確かに「直元捌年」の銃"https://tieba.baidu.com/p/147482619?red_tag=1224442056"が本当に1271年製なら、その3年後の元寇で使われていたとしても時間的な辻褄は合う。だがてつはうと異なり、火銃が使われていた証拠は文献にも歴史的図画にも出土品の中にも見当たらない。
 さらに遡ると、西暦1200年頃の西夏を舞台としたシュトヘル"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%88%E3%83%98%E3%83%AB"の中に火薬が出てくる。こちら"http://nakano-laboratory.hatenablog.com/entry/2014/10/04/040604"によれば「着弾と同時に爆発する火薬の入った矢」を弩で撃ち出す場面があるそうだ。史実でもこの時期は火薬の破壊力が増し、もしかしたら「火缶」と呼ばれる爆弾のようなものが既に生まれていたかもしれない時期である"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55908741.html"。
 漫画で遡れるのはここまでだが、中国の楊家将ドラマには火薬が出てくるらしい"http://adlovejyxg.exblog.jp/13363440/"。もし北宋初期を描いた漫画が登場すれば、それが歴史を題材にした最古の火薬を描くフィクションとなる可能性はある。

 その他、落穂拾いをいくつか。古い銃の表現として、中国では時々「槍」という言葉が使われる、火縄銃を「火縄槍」"https://zh.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E7%B9%A9%E6%A7%8D"と呼ぶのが一例。実際、明史の中にもこちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55827723.html"で紹介した沐英の戦いについて「益置火槍」と書いている例がある("http://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=776124" 53)。
 だが明史は清の時代に書かれた史書で、明の同時代文献ではない。逆に同時代性の高い明実録で同じ事件についての記述を見ると「火銃」という言葉が使われていることが分かる("http://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=207468" 186)。火槍という言葉が銃砲を示す言葉として使われるようになったのは、割と最近なのかもしれない。
 次に日本における火縄銃以前の記録を一つ。鉄砲伝来の直前とされる1542年に尼子が行った戦いの中に「鉄砲二十挺に弓を交え」("http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/987593" 47-48/131)という文言がある。これが火縄銃ではなく、中国風の火銃を使った戦闘の記録だったかもしれないそうだ。一方、もののけ姫の「石火矢」ではなく、大砲としての石火矢が最初に記録に出てくるのは1560年"http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2608945&id=26018376"。「石火矢ならびに種子島筒、歳阿を以て到来、殊に類なく候、別して喜び候」との礼状を足利将軍が大友氏に宛てて書いたそうだ。
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