格差社会の淵源

 最近、Natureに載っていたこちらの論文"http://www.nature.com/articles/nature24646"が話題になっていた。日本でも一部で報じられていた"http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/DA3S13229804.html"が、新石器時代以降に生じた社会格差の度合いが、旧大陸と新大陸で違っていたという議論だ。
 新石器革命"https://en.wikipedia.org/wiki/Neolithic_Revolution"とも言われる農業の開始が人間社会の格差を拡大させたという議論は昔からある。最近でもこの時代に生殖によって子孫を残すことができた比率は女性17人に対して男性1人に過ぎなかったという記事"https://wired.jp/2015/11/10/neolithic-culture-men/"があった。新石器革命によって一部の勝ち組男性に富が集中し、それが生殖競争における極端な勝敗につながったという指摘だ。
 今回のNature論文は農業によって生まれた格差の度合いが、実は大陸によって違っていたという指摘である。分かりやすくまとめているのはこちら"https://www.laboratoryequipment.com/news/2017/11/researchers-measure-inequality-caused-agriculture-ancient-world"だが、それによると研究者グループは63の遺跡における「家のサイズ」を基にそれぞれの社会の格差を調べ、ジニ係数を算出したという。
 結果はどうだったか。狩猟採集社会における家(つまり資産)のジニ係数は低く、平均で0.17に過ぎなかった。だが新石器革命により生産園芸(小規模かつ低強度の農業)が始まるとこの数字は0.27に上昇し、より大規模な農業社会では0.35になった。こちら"http://www.sciencemag.org/news/2017/11/how-taming-cows-and-horses-sparked-inequality-across-ancient-world"によれば、農業開始からおよそ2500年でこの水準まで格差が拡大したという。
 問題はその後だ。調査対象となった遺跡のうち、北米やメソアメリカのジニ係数は0.35の水準を続けたが、中東や中国、欧州及びエジプト(つまり旧大陸)のジニ係数はなおも上昇を続けた。農業の開始からおよそ6000年後には平均で0.59まで高まったという("https://twitter.com/MichaelESmith/status/930996973712404480"のグラフ参照)。
 なぜこのような差が生じたのか。家畜化された動物の存在が主な理由だそうだ。「旧世界の農民は牛や馬に農地を耕す労働をさせ、商品や人々をより遠くまで運ばせるという贅沢ができた。この効率性の向上により農民たちはより大きな農地を作り、食糧を積み上げた。彼らはまた広大な領地を守り新たな土地を征服する戦士たちを生み出した」。戦争において馬匹の存在が広大な帝国を作り出したというTurchinの説"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55677354.html"とも平仄の合う考えだ。
 この説はこちら"https://core.tdar.org/collection/58175/inequality-from-the-bottom-up-measuring-and-explaining-household-inequality-in-antiquity"の考古学学会での議論をまとめたものだろう。最も肝になるのは家のサイズという簡単な手法でジニ係数を算出した部分だ。遺跡から貧富の格差を想定するという困難な任務の中でも、広くデータを集めやすくなおかつ格差を確認できるものとして家のサイズには一定の説得力がある。

 家畜化できる大型哺乳類の有無がその後の歴史に大きな影響を与えたという考えはジャレド・ダイアモンドも指摘していたが、格差という切り口ではなかった。その意味では格差問題がより注目されるようになった2010年代ならではの研究と言えるのかもしれない。
 そして、格差というのがどのように発生してくるかという点にも示唆を与える。こちらの図"https://images.nature.com/m685/nature-assets/nature/journal/vaop/ncurrent/images/nature24646-f2.jpg"はNatureの論文に採録されているものだが、左側の図では農業が発展するに従ってジニ係数(即ち格差)が拡大することが示されており、右側では社会の発展に伴って政治体が大きくなるほどやはり格差が広がっている様子が窺える。
 そう、人類社会の発展は即ち格差の拡大であったという傾向がここから想定できるのだ。こちらの記事"https://news.wsu.edu/2017/11/15/researchers-chart-rising-inequality-across-millennia/"にもある通り、2000年時点のジニ係数は中国の推定値が0.73、米国は0.80に達しているという。農業社会から産業社会へと新たな発展を遂げた結果、格差は農業社会でのピークを超えてもっと大きくなっているのだ。
 なお注意しておくべきなのは、ここで取り上げているジニ係数が「資産」を対象としたものであること。有名な世銀が算出している各国別ジニ係数"https://data.worldbank.org/indicator/SI.POV.GINI"はあくまで所得が対象であり、その場合は米国であっても2013年時点で0.41といった水準になっている。資産対象のジニ係数は、例えばアリアンツが算出している例"https://www.allianz.com/v_1506497732000/media/press/document/AGWR_17-Report_EN.pdf"があり、それによると例えば米国は0.81に達している(p137)。
 そしてこの社会や経済が発展すれば格差は必ず拡大するという説を唱えているのがスタンフォード大のWalter Scheidelだ。彼の主張はこちら"http://tuvalu.santafe.edu/~bowles/Scheidel.pdf"に概要が描かれているが、その中にはフランス革命によって一度は縮小した格差が「1830年からの産業化によって後に再び拡大した」という指摘もある。「発展は資産格差を広げる傾向がある」というのが彼の主張だ。
 Peter Turchinも以前、彼の主張を紹介していたことがあった"http://peterturchin.com/cliodynamica/economics-cant-answer-why-inequality-sometimes-declines/"。Scheidelの主張で最も重要なのは、格差を縮小できるのは大量動員を伴う戦争、体制変革を伴う革命、国家の崩壊、そして壊滅的な疫病という「黙示録の4人の騎士」しかない、というものだ。要するに暴力的な惨劇がない限り人間社会で格差は常に拡大するという、夢も希望もない主張だ。
 ただし、確かに過去の事例と整合性が取れる主張ではある。以前にも書いた"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55210985.html"が、20世紀において先進諸国に累進性の高い課税を課す原動力となったのは民主制ではなく戦争だったという論文がある。ピケティの唱える「r>g」という不等式も、真っ当に経済活動が続いている間は格差が開く一方である可能性を示している。平和と繁栄そのものを否定しなければ格差をなくすことはできない、のかもしれない。
 もちろん異論を唱える研究者もいる("https://www.nytimes.com/2016/12/06/business/economy/a-dilemma-for-humanity-stark-inequality-or-total-war.html"参照)。上に紹介した20世紀の累進課税でも、北欧などは戦争ではなく民主制に基づいて累進化を成し遂げたと言われている。だから局所的にこの傾向に逆らう現象が起きる可能性までは否定できないだろう。
 問題は、例えば北欧などは人口が数百万規模という小さな国家だったこと。政治体が小さいほど格差が小さくなる傾向はこれまた歴史的に観察できる事実であり、彼らの試みがより人口の大きな政治体にまで適用できるかどうかは分からない。加えて、現代のようにエネルギーを比較的安価に入手できる時代ならいいが、そうでなかった過去において小さな政治体はより大きな政治体に飲み込まれるのが一般的な傾向だった。そしてそういったタイプの征服戦争はむしろ格差を拡大させるとScheidelは主張している。

 彼は今年、自分の主張をまとめた本を出版した"https://press.princeton.edu/titles/10921.html"。日本語の翻訳権は東洋経済が持っている"https://web.stanford.edu/~scheidel/Leveler.pdf"そうなので、もしかしたら邦訳も出るかもしれない。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック