コストダウン革命

 以前紹介したHoffman"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56266742.html"が書いている別の論文"http://gpih.ucdavis.edu/files/Hoffman.pdf"があった。軍事革命の過程で西欧で起きていた「武器の生産性向上」をデータで裏付けたものだ。西欧が軍事分野において急速で持続的な成長が産業革命前に経験していたという点では、大分岐説よりも旧来の説に近い。
 と言っても、分析対象となっているのは英国とフランスの数字のみだ。要するにそれ以外のデータが入手できなかったためらしい。個人的には中国において平和な時期とそうでない時期に生産コストがどのように変わっていったのかを知りたいところだが、西欧のように売り手も買い手も複数いるところなら市場が存在し値段も付くだろうけど、中国のように明政府が製造し明政府が買い取る場合にはそもそも価格データが残らない可能性は高い。
 また分析対象は産業革命以前の兵器のみとなる。出てくるのは大砲(キャノンだけでなくクルヴリーヌやセルパンティーヌ含む)とマスケット(アルケブス含む)、ピストル及び火薬。ただしこれらの兵器についてはその大半において時間とともに大幅な価格の低下が生じており、それだけ生産現場における技術革新が進んだ様子が窺えるという話だ。コスト面での優位は西欧が持っていた軍事的優位の一側面を示すものと考えられ、それは大分岐以前から存在していたという結論になる。

 具体的にはどのように分析しているのか。p15にある表1が基本的なデータだ。そこでは大砲やマスケットといった武器の他に鉄や銅といった原料の金属、さらに木材の相対的な価格についてのデータが載っている。相対価格を算出する際に基準となっているのは熟練労働者の賃金で、データの開始年を100とした場合に終了年にどうなっているかをまとめたものだ。
 まずフランスの大砲は1476年から1690年までの期間を対象としている。この間、大砲そのものの価格は労働者賃金に比べて大幅に減少(終了時の指数は32)しているのに対し、材料である鉄や銅はいずれも開始年よりも価格が上がっている。つまり大砲を製造するために必要な金属及び職人の賃金が上昇した一方で、完成品である大砲そのものは大幅な値下げに成功しているのだ。それをもたらしたのが生産過程における技術革新である、というのがこの表の意味であり、その生産性向上は年間0.5%に相当するという。
 0.5という数字はかなり高い、というのがHoffmanの指摘。近代初期の欧州の様々な経済セクターにおいて、年間の成長率が0.1%を超えることはほとんどなかったという。例外は英国における農業(勤勉革命"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56433149.html")だが、それでも0.2~0.3%程度。いやそれどころか、産業革命後になっても英国における生産性の向上は年0.1~0.35%の間を推移していたという(p5)。
 一方、1451年から1800年までを対象にしたフランスのマスケットにおいてこの数値は0.1%となる。見ての通り、こちらはあまり高くない。だが武器関係で低いのはこのフランスのマスケットだけであり、後は英国の大砲(0.9%)、同マスケット(0.6%)、ピストル(0.5%)はいずれも産業革命前にしては非常に高い水準だ。この極めて高く持続的な生産性の向上こそ西欧が世界において優位を保った一因ではないか、というのが彼の見方なのだろう。
 こういった指摘をもっと分かりやすく示しているのが、p21以降に掲載されている各種のグラフだ。さらにp26以降においては労働力や原材料だけでなく、資本価格(例えばパリの家賃など)との比較を掲載しており、さらにp28以降では民間の製品(フランスでは釘、英国では鋤)と比較して武器の価格が相対的にどう推移したかを示している。明確な傾向がないものもあるが、英仏の大砲や英国での火薬などは明らかに民間製品よりもハイピッチで価格が下がっている。
 どのようなメカニズムで生産性が下がっていったのか。筆者は英国やフランス、さらにおそらくはドイツにも「多数の小規模な契約業者及び独立した職人」がおり、加えて長期的には武器市場への参入が開かれていたため、買い手側が値段が高いと思えば別の製造者に仕事をふることができる状態があったと指摘している(p4)。おまけに買い手側の間にもサバイバル競争があり、彼らは軍事的な革新に対する強いインセンティブを持ち続けていた。それは武器の破壊力を増す方にも働いたし、一方でコストダウンをもたらす圧力にもなったのだろう。
 実際、欧州の武器は生産コストが下がる一方で攻撃力を増していた。それを示すのがp18の表4で、1600年頃には全兵士1人が1分当たり0.1~0.2発の弾を成功裏に射撃していたのが、1750年にはこの数字が1.33発まで急増している。銃兵自体の比率増加(銃剣の発明)、火縄銃より短時間で装填/発射が可能なフリントロックの登場などがこうした変化をもたらしたという計算だ。これに兵器自体のコストダウンが重なれば、国家の軍事力はさらに拡大したと考えられる。

 ただ、一連のデータを見て注意すべきなのは「持続的な生産性向上」といっても必ずしも一様なものではないと考えられる点だ。改めて表1(p15)を見てもらうと分かるのだが、最も高い成長率を出している英国の大砲は、対象期間が1382-1439年、つまり欧州に火器が伝わったごく初期の成長率であることが分かる。次に高い英国のマスケット(0.6%)は期間が1620-78年だ。
 0.5%の数字を出しているのはフランスの砲兵と英国のピストル(1556-1706)で、いずれも終了時期は英国の大砲やマスケットより遅い。最も終了時期が遅いフランスのマスケット(1451-1800)の成長率が最も低いのは指摘した通りだ。つまり全体的な傾向として、調査時期が遅い武器ほど成長率が低く出る傾向がある。
 それがもっとはっきりとわかるのが、1399-1431年におけるフランクフルトでのハンドゴン価格だ。この期間の生産性向上は実に年3.0%に達しており、それは産業革命時における英国で最もダイナミックに成長した綿織物よりも高い成長率だったという(p8-9)。もちろん、市場に十分出回っていなかった製品が市場そのものの成長に合わせて急速に価格低下を生じた面があるため、これが全て技術革新によるものと断言はできないだろう。だが同時にこのデータは、目新しい製品ほど技術革新の余地が多く残っていることを示すとも考えられる。
 市場が広がった後でも、古い時代の方がより高い成長率を出す傾向があったのだとすれば、やはりそこには「技術革新の余地」という問題が残っていたように思われる。また比較対象の民間製品として登場した釘や鋤といったものが武器に比べて生産性向上に乏しかったのも、そうした製品が古くから存在し技術革新の余地が限られてたためかもしれない。
 そうなると欧州が世界を制したのは、彼らが長期にわたる戦国時代にあったことに加え、そこに運よく火薬兵器という「新しくて技術革新の余地がある」兵器が現れたことも寄与したのかもしれない。もちろんそれだけでなく、遠洋航海を可能にした船舶技術なども重要な役割を果たしたのは間違いないだろう。もしかしたら、中国人が火薬を発見していなければ、西欧による世界支配がここまで圧倒的になることはなかったかもしれない。
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