もののけ姫の火器 上

 もののけ姫という作品を知らない人はほとんどいないだろう。見どころは色々あると思うが、実は火薬兵器が大がかりに登場するという点で面白い作品でもある。ここではその古い火薬兵器について言及してみる。もちろんフィクションなのだから厳密な分析など意味はない。火薬兵器の破壊力描写が派手すぎるとか、オーパーツが出てくるといった指摘も、基本的に「フィクションなんだから問題なし」で済む話だ。以下に書いているのは、あくまで舞台となった時代において現実の火薬兵器がどうであったかについてまとめたものである。

 まずそもそもこの作品の時代背景だが、実は明確ではない。こちら"http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/miyazaki/m_yomitoku.html"では「室町時代の中期頃」と推測しており、おそらくこのあたりが一般通念だと思われるが、細かく考えると微妙な部分がある。
 作中の時代を推測する材料として使われるのは、エミシの村人が言った「大和との戦に敗れこの地に潜んでから五百有余年」と、エボシ御前の「明国のものは重くて使いにくい」という台詞だ"http://teru.lolipop.jp/ghibli/mononoke.html"。ただ、この両者の辻褄を合わせるのは実際はなかなか難しい。
 蝦夷が大和朝廷との戦いに敗北した例として、11世紀の前九年・後三年の役"https://kotobank.jp/word/%E5%89%8D%E4%B9%9D%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%BD%B9-88132"を挙げる向きがある。ところがそれから500年以上が経過した時期となると、これはもう鉄砲伝来よりも後の16世紀後半~末期になってしまい、古臭い中国式の火銃を使っている意味がなくなる。というか作中に出てくるサムライ連中が誰一人として火縄銃を持っていないのがむしろおかしくなってしまう。
 それに比べれば阿弖流為の降伏"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%A4"から500年強後と考える方がまだ辻褄が合う。阿弖流為の件があったのは西暦800年頃なので、その500年強後は1300年プラスアルファ。明の建国は1368年なので、時期としては明のごく初期(14世紀後半)に当たると考えるべきだろう。
 問題はこの時期が足利義満の時代であり、室町幕府の全盛期に当たっている点だ。あの作品に描かれた各種の戦いを「戦乱の時代を示すもの」と解釈するなら、義満の時代は最も当てはまらないだろう。そうではなく、あくまで中世的な自力救済の範囲と考えるならOKだ。ただし、当時の大陸最新鋭兵器をあそこまで使い倒していながら「単なる自力救済」を主張するのは無理があるようにも思う。
 最もすっきりするのは、室町中期つまり15世紀の出来事であるという解釈だ。応仁の乱などで幕府の箍が外れつつあった時代なら、そして西欧由来の鉄砲が現れる前であれば、作品の舞台として適当である。こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56341710.html"で指摘したように、15世紀前半はまだしも、中盤以降になれば中国式の火銃が日本に伝来していた可能性も高まる。
 ただしこの場合、五百有余年前に「大和との戦に敗れ」た例が見当たらないのが問題。もちろん阿弖流為や前九年・後三年のような大規模な合戦ではなく、もっと小規模な紛争で蝦夷の一部が大和朝廷に服属した流れが10世紀頃にあり、それがアシタカの村の先祖であったと考えれば矛盾はなくなるのだが。
 とりあえず、この作品で描かれたのは中国製の火銃が日本において最新兵器であった時代だと見做す。まだ欧州製の火縄銃が日本に、のみならず倭寇の手元にも届いていない時期だと考えれば、これが当てはまるのは15世紀後半から16世紀初頭までのせいぜい50年程度だろう。国内の政治情勢的には応仁の乱(1467-77年)をきっかけに紛争が全国的に広まっていた時期から、明応の政変(1493年)を経て戦国時代の初期に至るまでの期間となる。

 まずはほとんど誰も言及していないのが、作中で使用された火薬兵器のうち最も古い種類と言ってもいい「火槍」だ。といっても実際は火銃に弾薬ではなく火薬だけを詰めて打ち出しているものであり、見た目は火炎放射器だ"https://pbs.twimg.com/media/CpGMObBUEAAi7Rc.jpg"。要するに火銃の通常とは異なる使い方をしているものを便宜的に火槍と呼ばせてもらう。
 火銃を使って炎を出しているのだから、ポンプで可燃物を供給する「猛火油」のような兵器ではない。火薬から飛び出す火花にしては炎が派手すぎるのは確かだが、そもそもこの作品は上でも指摘したように火薬兵器の威力がマシマシで描写されているので、まあこの程度はありだろう。火槍は12世紀に徳安で使用されたものがおそらく初出"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55908741.html"であり、15世紀の日本に伝わっても不思議はない。
 次に石火矢こと「火銃」について。ここで気になるのは映画に出てくる石火矢の口径が随分大きいこと。弾丸を見ても直径が軽く4~5センチはあるように見える"http://ghiblifan.info/wp-content/uploads/2014/09/mononokehime3.jpg"。以前こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56262303.html"で指摘した通り、元代には3センチ程度も珍しくなかった手持ち式銃砲の口径だが、明代には小型化が進み、15世紀になると「大半が15ミリ前後」まで小さくなっている。石火矢衆が持っている火銃の口径は、明国の銃に比べてもでかく、そりゃ当然重いはずである。
 もちろん、明から大きな口径の銃が完全になくなっていたわけではない。こちら"http://img.dpm.org.cn/Uploads/pdf/1926/T00092_00.pdf"に故宮博物院が所蔵している明の手銃が紹介されているが、口径サイズは14~40ミリとなっており、大きいものだと4センチあったことが分かる。こちら"http://www.xzbu.com/4/view-4684605.htm"によれば中国の「首都博物館」には口径の小さな手銃が22件所蔵されているほか、「永楽中型火銃」なる口径3~6センチの兵器も3件あるという。
 こちら"http://blog.sina.com.cn/s/blog_820fb9ab0101ft2j.html"には中国における初期の火銃について多くの図版や写真が掲載されている。中には中型のサイズともっと小型のものを並べて展示している写真"http://s15.sinaimg.cn/orignal/002nFJJFzy75j0VxFvw0e"もある。サイズ感を把握するにはちょうどいいかもしれない。作品世界では、本来中国で数が多かった小型の手銃ではなく、なぜかサイズの大きな中型手銃のみが伝来していたのかもしれない。
 そうなると「明国のものは重くて使いにくい」という理由で新型の石火矢が開発されるのは少しおかしいと言えるかもしれない。全くの新型を作るのではなく、口径を1.5センチサイズまで小さくして軽く扱いやすい兵器にすればいいだけだ。実際にそういう兵器が明にあるのだから、それに倣うのがむしろ自然な展開だろう。もしかしたら口述する「ロマン兵器」を出したいがために、あえて数の少ない中型手銃を採用したのかもしれない。

 石火矢に比べると登場頻度は少ないが演出の派手さでは勝っているのが「地雷火」"https://pbs.twimg.com/media/CwPq8HDUAAArzJz.jpg"だ。巨大なイノシシの群れを10メートルかそれ以上吹っ飛ばすという豪快な威力を見せている"http://awakin.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/vol1-b884.html"が、もちろんこれもアニメ的な演出だろう。
 ここで使われている地雷は、中国で石雷と呼ばれているもの"http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3816/heikijiten/heikikaisetu/jirai.htm"だろう。中国では発掘作業によってその現物と見られるものも出土しており"http://www.wallstime.com/archives/10767"、この兵器が現実に存在したものであることは間違いない。
 武備志"https://archive.org/details/02092315.cn"にもこの兵器のことが書かれている。石炸砲(36-37/79)と呼ばれるこの兵器は火攻備要"http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=84459"にも紹介されている(56-57/66)。Needham"https://books.google.co.jp/books?id=hNcZJ35dIyUC"によると火攻備要は火龍経の別名(xxv)だそうで、そこには14世紀の情報も含まれているという。
 石をくり抜いて作るこの兵器は、中に火薬を詰め、導火線として小さな竹の節を挿入する。火薬の上には紙と乾いた土を入れ、粘土で蓋をする。町を守るために適切な場所にこの兵器を埋めて隠し、そしてこれを爆発させる(Needhan, p196)。具体的にどのように点火するかは触れられていないが、作品ではその部分は描写せず、点火済みのものを崖の上から落とす場面にとどめていた。以下次回。
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