飛び道具

 ホモ・サピエンスがここまで成功したのは彼らが互いに連携できる動物だったからだろう。Peter Turchinの言うように「協力は強力」"http://peterturchin.com/ultrasociety/"なのだ。そうした複雑な連携を可能にした言語の存在(あるいは認知革命)が、ホモ・サピエンスの歴史の中でも重要な画期となっているとの指摘は「サピエンス全史」でも唱えられていた"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56252545.html"。
 一方、言語や認知革命以外にも動物としてのヒトに優れた点があったという見解もある"http://honeshabri.hatenablog.com/entry/kemono-friends"。よく紹介されるのが長距離移動に適した部分"https://togetter.com/li/932883"で、以前こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56156115.html"で紹介したように「人体600万年史」では他の動物と比べても持久狩猟ができる点が強みになっていたとの指摘があった。
 持久狩猟を始めたホモ・エレクトスは、同時に投擲の能力を高めた種であったことも知られている。可動域の広い肩、柔軟な腰などを使って他の類人猿よりもはるかに速く正確な投擲ができるのが特徴だ"http://blog.livedoor.jp/xcrex/archives/65753473.html"。こうした能力は、しかし言語ほど突出してヒト特有のものとまでは言えない。あくまでヒトが肉体的に弱い存在だったという指摘が必ずしも正確ではないことを示す事例と見るべきだろう。ネコ科の大型肉食獣などとは得意分野が違っていたのだ。
 最初に投げられたのはおそらく石や棒といったものだろう。やがて旧石器時代になり、槍が誕生"http://articles.latimes.com/2012/nov/16/science/la-sci-hafting-spears-20121116"すると、それも投げる対象になった思われる。また棒の中にはブーメランのような投げるために加工されたものも登場してきた"https://en.wikipedia.org/wiki/Throwing_stick"。だがこれらはいずれも人力のみで投擲されていたものであり、飛び道具としては最も簡単なものだった。
 より複雑な飛び道具が生まれたのは、およそ5万年前から1万年前に相当する後期旧石器時代だと言われている。一つはアトラトル"https://en.wikipedia.org/wiki/Spear-thrower"で、CrosbyはThrowing Fire"https://books.google.co.jp/books?id=vyFxldb2GJQC"(邦題『飛び道具の人類史』)の中でこの武器を「石器時代のカラシニコフ」(p31)と呼んでいる。
 もう一つは弓矢。こちらについては6万4000年前に存在していたという説もある"https://doi.org/10.1017%2Fs0003598x00100134"のだが、他の記録と隔絶して極端に古いこともあって受け入れるのに慎重な向きもあるようだ("https://books.google.co.jp/books?id=sm-lBAAAQBAJ" p36-37)。いずれにせよ後期旧石器時代のうちに生まれていたことは間違いないと見られる。
 もう一つ、考古学的な物証はないもののこの時代に使われていたと見られるのがスリング。少なくともCrosbyはそのように推測している("https://books.google.co.jp/books?id=vyFxldb2GJQC" p72)。他に比べても遺物として残りにくい材料で作られているため、古い時期にどの程度使われていたかがはっきりとしないようだ。ただ新石器時代になるとスリング用の弾が見つかる("https://books.google.co.jp/books?id=8QNqCwAAQBAJ" p207)ため、遅くともその時期には生まれていたことが分かる。
 以上のような、単純に投げるだけでなく道具を使ってより大きなエネルギーを飛翔体に与えるようにした飛び道具こそが、ホモ・サピエンスの出アフリカに寄与したとの説もある"http://www.paleoanthro.org/static/journal/content/PA20100100.pdf"。投げるだけの「簡単な」投擲武器に比べ、これらの「複雑な」投擲武器は、破壊力も正確さも高く、それだけ効率よく獲物を狩ることができた。そうした武器を持たないネアンデルタール人はやがてホモ・サピエンスとの獲物獲得競争に敗れ、彼らのユーラシアへの進出を許したという説だ。
 レヴァントにある中期旧石器時代と後期旧石器時代の遺跡から見つかるProjectile Points(尖頭器)を分析し、中期の遺跡からは(ホモ・サピエンスのものであれネアンデルタール人のものであれ)飛び道具には向かないタイプのものしか見つからないのが、後期になってホモ・サピエンスが進出した時期の遺跡には弓矢やアトラトルを使う投槍用の尖頭器が見つかる、というのがこの論文の主題。実際に矢柄や槍の柄に付属していた石器の特徴を調べ、それと合致するものを調べたそうだ。
 投擲武器用の石器は、矢であれば0.5×最大幅×最大厚みの数字が33平方ミリ、投槍なら58平方ミリになるそうで、それより大きなものは投擲用には向かないのだそうだ(p108)。レヴァントで見つかった石器は中期旧石器時代の場合は113~162平方ミリと大きく、投げるよりも白兵戦用の槍として使うのに向いていた。一方、後期になるとサイズがずっと小型化し、投擲用としてふさわしい大きさになった。
 論文ではなぜネアンデルタール人が複雑な投擲武器を開発できなかったかについても推測している。体の大きなネアンデルタール人はホモ・サピエンスより必要なカロリーが多く、そのため構造が複雑で製造に時間のかかる複雑な投擲武器を作るための時間がなかったという説明だ(p114-115)。そんなものを作る暇があったら従来の武器を使って獲物を獲りに行く方が合理的だったのだろう。だが変化を拒んだ彼らは結局絶滅への道を歩んだ。変わる環境への適応に失敗したということだろうか。
 面白いことに、後期旧石器時代からあったと思われるこれら「複雑な投擲武器」は、歴史のかなり新しい局面になっても使用された例がある。スペイン内戦時にはスリングを使って手榴弾を投げる兵士を映したフィルムが存在するそうだし、第二次大戦中にロングボウで敵を倒した軍人もいる"https://en.wikipedia.org/wiki/Jack_Churchill"。アトラトルは今でも狩猟に使われているようだ"http://www.alloutdoor.com/2017/01/11/deer-hunting-atlatl/"。
 もちろん飛び道具の主力は今では火薬兵器へと様変わりしており、こうした古典的な武器は一部のニッチで生き残っているに過ぎない。でもたかだか1000年の歴史しかない火薬兵器に比べ、これらの武器がはるかに長い歴史を持っていることも事実。ある意味とても枯れた技術なわけで、それだけに使い方を工夫すればまだ利用できる面もあるのだろう。少なくとも漫画"http://fknews-2ch.net/wp-content/uploads/fknews/imgs/e/2/e2ba4ec3.jpg"やアニメ"https://twitter.com/WYS_/status/904348342204764162"のネタとしては時々使われている。

 初期の投擲武器として有名な弓矢、スリング、アトラトルだが、それ以外にも投擲用の道具は存在する。こちら"https://mythcreants.com/blog/five-ranged-weapons-that-can-replace-bows/"にそのいくつかが載っている。
 といってもこのうち鉛製の鏃を持っているPlumbataというダートは、昔ながらの人力で放り投げる道具であり、それほど興味深いものではない。こちら"https://www.youtube.com/watch?v=ndNT3cjwugs"にはローマ時代のPlumbataを再現した人がそれを実際に使っている様子がアップされているが、普通にダートのように放り投げているだけだ。
 Francisca"https://en.wikipedia.org/wiki/Francisca"と呼ばれる「投擲斧」も、やはり人力で投げる点は同じ。むしろ日本で有名なのはネイティブアメリカンが使っていたトマホーク"https://en.wikipedia.org/wiki/Tomahawk"の方だろう。白兵戦にも使用できる武器を投擲にも使えるようにしたものの一例だ。
 むしろ面白いのはAmentum"https://en.wikipedia.org/wiki/Amentum"。ジャベリンに革製の紐を巻き付け、それを指に引っ掛けてジャベリンを投げる。するとジャベリンにスピンがかかり、軌道が安定するうえに飛距離が伸びるという仕掛けだ。アトラトルは道具を使って遠心力を増す機能を持っていたが、それとは異なるメカニズムで投槍の威力を増しているところが面白い。
 Amentumを使った時にジャベリンがどのように飛んでいくかは、こちらの動画"https://www.youtube.com/watch?v=S0P4_qUu6DM"の最後の方、6分50秒あたりから後を見てもらうのが分かりやすいだろう。Amentumで回転を与えられた槍が、アメフトのボールのようにスピンしながら飛んでいく様子が見える。
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