ジャンヌと投石機

 以前、こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56003297.html"でジャンヌ・ダルクと大砲に密接な関係があるという話をした。それに関連し、こちら"http://www.scottmanning.com/content/joan-of-arc-fired-cannons-not-trebuchets/"で「ジャンヌ・ダルクが撃ったのは大砲であり、トレビュシェットではない」というエントリーが掲載されている。槍玉に挙げられているのは、リュック・ベッソンの映画"http://www.imdb.com/title/tt0151137/"だ。
 私自身、かなり前に見たっきりなので映画の内容は憶えていないのだが、件のエントリーによればそこには投石機トレビュシェット"https://en.wikipedia.org/wiki/Trebuchet"は登場するものの、大砲が姿を見せないという。当該シーン"https://www.youtube.com/watch?v=_90q3ITB89w"そのものはなかなか派手だし、そもそもフィクションなので史実に反していてもそれ自体は問題ないと思うが、一方で過去のジャンヌ・ダルク映画においては大砲が登場するのが通例だった点は興味深い。

 ではジャンヌ・ダルクの時代にトレビュシェットは完全に大砲に取って代わられていたのだろうか。例えば上記のエントリーで紹介されているVigiles du roi Charles VIIという手稿"http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b10720761s"には、大砲を描いたものがある一方でトレビュシェットは全く姿を現さないそうだ。だが特定の史料に見当たらないという理由だけで、戦場から姿を消していたと断言するのは無理である。もっと調べる必要があるだろう。
 百年戦争の後半、ジャンヌが出てくる少し前の時代においてもまだトレビュシェットが使われていたのは間違いなさそうだ。DeVriesらによると、1405年のモルターニュ、1406年のサン=トメール、1419-20年のサン=ポル、1421年のトゥレーヌ、1421-22年のパリ、そして1422年のピカルディにおいてトレビュシェットが使われていたという("https://books.google.co.jp/books?id=KO6Xxn7tsl4C" p129)。
 15世紀前半のオルレアンにもトレビュシェットはあったようだ。こちら"https://books.google.co.jp/books?id=w5-g-ZojtBEC"では「オルレアンのサン=ポールの塔を邪魔していた巨大なエンジン[攻城兵器]は、英軍に対する1428-29年の名高い防衛戦に先立って解体され、荷車26台分の木材を生み出した」という手書きの記録がオルレアンで発見され、1576年に出版されたと書いている(p29)。またこちら"https://books.google.co.jp/books?id=xVCRpsfwkiUC"には、1420年にオルレアン市民たちが秣の包みを使ってトレビュシェットをテストしたという話が載っている(p270)。
 ジャンヌの活躍後、1460-70年代になっても、なおフランス軍の在庫の中にはトレビュシェットが登場していたという。フランス国外まで目を向ければ1476年のブルゴス、1480年のロードス島でトレビュシェットが使われていた("https://books.google.co.jp/books?id=xVCRpsfwkiUC" p270)そうだから、ジャンヌの時代にも存在していたことは間違いなさそう。問題はジャンヌが参加した戦場で使われていたかどうかだ。
 使われていたと主張する例はある。こちら"http://sill-www.army.mil/firesbulletin/archives/1938/jul_aug_1938/jul_aug_1938_full_edition.pdf"にはジャンヌが「より巨大なもの[トレビュシェット]をオルレアンで英国から奪った」(p309)との主張が載っている。これが事実ならジャンヌの戦場にもトレビュシェットがあったという結論で決まるのだが、残念ながら論拠がはっきりしない。
 もう一つはこちら"https://books.google.co.jp/books?id=AoIsUnTgQHQC"に紹介されている話で、それによると1430年のコンピエーニュ攻囲の際にジャンヌは「少なくとも攻城用ボンバード5門、ヴグレール2門、及び多数のカルヴァリンに加え、2基の機械的な攻城兵器と直面した」(p60)そうだ。こちらはそもそもトレビュシェットでない可能性もあるが、火薬を使わない攻城兵器の存在と使用を窺わせる指摘ではある。
 一方で真逆と言ってもいい主張もある。こちら"https://once-and-future-classroom.org/archives/?page_id=561"がその例で、やはりベッソンの映画は信用ならないと指摘したうえで「オルレアン攻囲では何ら個別のトレビュシェットについて報告している年代記はない」一方、ベルジエールという名で呼ばれていた大砲の存在が記録に残されていると書いている。

 本当のところはどうなのか。ここは手っ取り早く同時代史料を見るとしよう。1428-29年のオルレアン攻囲について記した日記"http://www.stejeannedarc.net/biblio/cuissard_charpentier-siege.php"がそれで、それを再編集したものが1896年に出版されている"http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k102284m"。もちろん本自体はそれ以前から存在し"https://books.google.co.jp/books?id=ZdHLJIbEVwUC"、1824年には英訳も出ている"https://books.google.co.jp/books?id=v9MGAAAAQAAJ"。
 この史料を見ると、ジャンヌの時代において大砲が主要な戦力になっていたことが分かる。オルレアン攻囲開始直後、イングランド軍は「巨大なキャノンから204発の岩を町の中に投じ、そのいくつかは160ポンドの重さがあった」そうだし、またイングランド軍が「パス=ヴォラン」と名付けた巨大なキャノンがあったという記述も見られる("https://books.google.co.jp/books?id=ZdHLJIbEVwUC" p3)。
 しかし同じページには非常に気になる言い回しも存在する。曰く「イングランド軍のキャノンとエンジン(canons & engins)にもかかわらず」という部分だ。現代フランス語でもEngin de siègeと言えば攻城兵器の意味だ"https://fr.wikipedia.org/wiki/Engin_de_si%C3%A8ge"。では中世のこの時代はどうだったのだろうか。
 歴史的なフランス語についてまとめた辞書でengin("https://books.google.co.jp/books?id=4WEVMLkGPOcC" p375)を調べると、最初に出てくるのが「Engin à verge」なるもので、詳細は不明だがその後に「トレビュシェットとマンゴネルに分けられる」と書いている部分があるため、機械的な攻城兵器を意味する言葉であることは確かだろう。一方、現代では大砲もenginと見なされているのだが、そうした用法がいつ頃生まれたのかは分からない。
 ここで重要なのは日記に出てくる「エンジン」が「キャノン」と並んで書かれている点だ。もしキャノンが大砲一般を指す言葉として使われているのなら、わざわざそれと並べて記した「エンジン」は大砲以外の攻城兵器、つまりトレビュシェットなどの機械的攻城兵器だった可能性が高まる。そうした使用例が日記内で多ければ多いほど、オルレアン攻囲の際にトレビュシェットのような兵器が使われていた確率が上がると考えられるのだ。
 そして探してみるとそういうものが結構見つかる。例えば「キャノンと重アーティラリー(canons & gorsse artillerie)」(p6)や「ボンバード、大型キャノン、弓、クロスボウ及び他のアーティラリー」(p91)。現代では砲兵の意味で使われるartillerieだが、「大砲が使われる以前において、町や城の攻撃や防御用に使われた機械は、全てアーティラリーの名で呼ばれていた」("https://books.google.co.jp/books?id=nS2pTlxxl0UC" p206)とある。これもキャノンが大砲一般の意味なら、アーティラリーは火薬を使わない攻城兵器だった可能性がある。
 戦争用の装置(abillemens de guerre)という言い回しもある。「食糧、キャノン、ボンバード及び他の戦争用装置」(p10)や「キャノン、クロスボウ、スタッフスリング、カルヴァリン、石及び他の戦争用装置」(p11)、「キャノンや他の戦争用装置」(p17)などだ。こちらも辞書には4番目の意味として「戦争用の機械(machine)、アーティラリー」("https://books.google.co.jp/books?id=FnsaAAAAYAAJ" p3)が紹介されている。
 またtraictという言葉も重要だ。「キャノン、ボンバード、カルヴァリン及びその他のtraict」(p26)や「キャノン、カルヴァリン及びその他のtraict」(p57)などが使用例で、英訳では矢(arrows)や発射体(discharges)などと翻訳されている。だがこれまた古い辞書を見ると、最初に紹介されている意味こそ「ダート、矢、大砲」となっているが、3番目には「アーティラリー」という意味も紹介されている("https://books.google.co.jp/books?id=j_VDAQAAMAAJ" p74)。

 トレビュシェットという言葉自体は見当たらないし、エンジンやアーティラリーが機械的な攻城兵器だという絶対的な証拠もない。だがわざわざキャノンと並べて書かれている事例がこれだけあるということは、トレビュシェットのような機械的攻城兵器がオルレアンで使用された可能性がそれなりにあることを示している。ベッソンの映画は、大砲が見当たらない点がおかしいのは確かだが、トレビュシェットが出てきた部分まで変だと決めつけるのは難しいように思う。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック