マッチロック2種

 以前こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56217856.html"で、2種類あるマッチロックについて紹介したことがある。Needhamによればスナップ式"http://onjweb.com/netbakumaz/essays/topic20.html"の方が歴史が古く、シア式"http://firearmshistory.blogspot.jp/2010/04/matchlocks.html"が新しいということになるそうだが、実は話はそう簡単ではないという指摘を見つけた。
 それが載っていたのは、火縄の歴史について書いた"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56386628.html"時に紹介した掲示板だ。こちら"http://vikingsword.com/vb/showthread.php?t=7524"にそのエントリーがあるのだが、そう書いているのは以前の火縄の歴史についても言及していたのと同一人物。いったい何者だ?
 その人物によれば、最初のマッチロックは実はシア式だったという"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=72176&postcount=8"。と言ってもこのシア式なるものは「15世紀初頭」に登場したというので、当初の時点ではそれはサーペンタイン式"http://albrechts.se/tag/serpentine-lock/"であったと思われる。だが、筆者が1500年頃のものと想定しているマッチロック"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=117455&postcount=34"は、もはやサーペンタイン式ではなくシア式の特徴を備えている。
 一方、スナップ式が好んで使われるようになったのは16世紀初頭から半ばまで。確かに筆者のコレクション"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=72114&postcount=2"を見ると、ブレシアやニュルンベルクのマッチロックにはスナップ式の特徴(バネの力によって火挟みが火皿に押し付けられるようになっている)が見られる。一方、16世紀後半のものとされる北イタリアのマッチロックは、逆にバネの力で火挟みが火皿から遠ざけられている。まさにシア式だ。
 筆者によれば実はスナップ式が登場した後もシア式は姿を消すことなく継続的に使用されたという。事実、こちら"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=72113&postcount=1"を見ればスナップ式が歓迎されていた16世紀前半においても、1539年のニュルンベルク、1540-50年のズール=シュトラウビンク製のシア式が存在したことが示されている。つまり、スナップ式が先に生まれ、後からシア式が生まれたのではなく、両者は特に16世紀前半には並行して存在していたことになる。
 並行して存在しただけでなく、両者を合体した武器も製造されていた。こちら"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=72133&postcount=3"のものや、こちら"http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1179/1741612414Z.00000000028"に見られるものがその事例。さらにマッチロック同士だけでなくホイールロックと組み合わせたものも製造されていた。中でも面白いのは見た目がホイールロックっぽいが、中身はスナップ式マッチロックというやつ。こちら"https://www.youtube.com/watch?v=jje_pBOJPaQ"にはそのレプリカの動画もある。
 しかし16世紀後半に流行ったホイールロックとマッチロックの組み合わせは、30年戦争の前になると戦場から姿を消していった。代わりに17世紀後半からフリントロックが登場すると、今度はフリントロックにマッチロックを組み合わせた武器が出てくるようになったという。新しいものに対する不安感から枯れた技術を持ち出そうとする人は昔からいたようだ。

 同じスレッドにはもう一つ、興味深い指摘がある。前に火縄の歴史について紹介した際に、最も古いマッチロックと思われる図"https://bildsuche.digitale-sammlungen.de/index.html?c=viewer&l=de&bandnummer=bsb00045460&pimage=00021&v=100&nav"の話をしたが、この図がいつ成立したかという問題だ。
 一般にこの図は1475年にMartin Merzが描いたとされているのだが、筆者はもっと遅かったと推測している"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=117523&postcount=37"。その理由が面白い。彼によればこの図にはいくつもの奇妙なところがあるという。
 まず、Merzの図にはロックプレートと呼ばれる金属製の板にまとめてマッチロックのメカニズムが組み込まれているのだが、こうした機構は1500年頃にならないと生まれてこなかった。他にこうした機構を描いたもので最も古いのは1516年のもので、しかもその図ではこの機構はネジではなく釘でストックに固定されているという。1520年代になってもなおサーペンタインを釘付けしているだけのマッチロックが存在していた。
 ネジについて筆者は1520年代以前に使われた記録を見たことがないという。15世紀に家具職人がネジを使っていたという記録はあるらしい"http://cool.conservation-us.org/coolaic/sg/wag/Am_Wood_Screws.pdf"が、一般的な使用が広まるにはかなり時間を要したそうだ。加えて1500年頃のネジはマイナスのネジ山を持たず、別の形状をしていたそうだ"http://www.vikingsword.com/vb/showthread.php?t=7715"。近代的なネジが銃に使われた例は1520年頃まで下るという。
 またサーペンタインの支点に使われるピンに至っては、似たようなものが登場するのは1600年頃。バレルの側面にある火皿についている火蓋が登場するのは15世紀末だ。ほくちを止めるクランプ(締め具)の形状は1550年頃の火器まで下らないと見当たらない。つまり、Merzの図に描かれているものの多くは、他ではもっと遅い時代にならないと使われないものが多いのだ。Merzがこの本を書き始めたのは1475年だが、彼が死去したのは1501年。だからこの図が書かれたのは15世紀末頃ではないかと、この筆者は推測している。

 また興味深いことに、この掲示板には一般的ではない他の点火法も紹介されている。一例がこちら"http://vikingsword.com/vb/showthread.php?t=19033"で紹介されている「Monk's Gun」なるものだ。点火メカニズムはこちら"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=175130&postcount=2"とこちら"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=175134&postcount=3"に紹介されているが、一種のフリントロックであることが分かる。
 フリントと金属の摩擦で点火するという点ではホイールロックと似ているが、この銃は銃身内にフリントとこすり合わせるために金属の棒が入れられており、棒の後部はリング状となっている。このリングを思いっきり引っ張ることでフリントと金属が火花を発し、それが火薬に点火するという仕組みだ。筆者は銃の製造時期を1525-30年頃と見ており、この時期にホイールロック以外にも様々な点火法のアイデアが試されていたことが分かる。
 もう一つはこちらのスレッド"http://vikingsword.com/vb/showthread.php?t=15329"で話題になっていた15世紀中ごろの図像"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=175679&postcount=4"に出てくるものだ。下部の拡大図を見れば分かるのだが、シンプルな形状をしているハンドゴンの上部に、何やら細いものが付いている。もしかしたらこれが点火装置ではないか、という指摘である。
 掲示板の参加者(以前こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55707261.html"で紹介した説をとなえた人物)は、サーペンタインよりもシンプルな点火システムを示しているのではないかと推測している"http://vikingsword.com/vb/showpost.php?p=175699&postcount=5"。点火口の上部に柔軟性のある金属のスプリングをセットし、そこに火種を挟んでスプリングを下へと押し付ければ点火できるという仕組みだ。図を見る限り、押し付ける作業は左手の親指で行うっぽい。
 火薬兵器の発展過程では、トンデモ兵器と呼べるものまで含めて様々な試行錯誤がなされたことは中国の歴史を見れば分かる。そして火薬兵器が割と完成度の高い状態で伝播したと言われる西欧でも、まだ改善の余地があった部分では様々なトライ&エラーが行われていたようだ。偽ブランド品ならぬ偽ホイールロックも含め、人間社会の営みはどこでもいつでも似たようなもの、と考えるべきかもしれない。
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