火器画像

 欧州で描かれた火器のうち最も古い時期に属すると思われるものをこちらの掲示板"http://www.vikingsword.com/vb/showthread.php?t=15361"が紹介している。そこにあるのは4種類で、うち2種類がMilemeteの本、1種類はイタリアのシエナ近くにある修道院の壁画で、最後の1種類はブラバント公の行為を記した手書本だ。
 まず2種類あるMilemeteのうち、オクスフォードのクライスト・チャーチ大学に残されていたものを紹介しよう。こちら"http://www.chch.ox.ac.uk/library-and-archives/western-manuscripts-0"のMS92がそれで、城壁に開いた銃眼のようなスリットに向いたPot-de-ferに武装した人物が点火しようとしている場面がページ(144/173)の下部に描かれている。Partingtonによれば1326年のものだという("https://books.google.co.jp/books?id=fNZBSqd2cToC" p99)。
 もう1つはホルクハム・ホールのレスター伯が集めたマニュスクリプトの中に含まれていたもの"http://www.vikingsword.com/vb/attachment.php?attachmentid=86008&stc=1"。以上の2種類は1913年に(白黒ではあるが)書籍化もされており"https://archive.org/details/cu31924032172029"、クライスト・チャーチのものがp140の下部に、ホルクハム・ホールのものがp181の下部に描かれているのが分かる。Partingtonによればこちらも1326-27年頃に遡るそうだ(p98)。
 次に紹介されているのはイタリアのシエナ近くにある聖救世主修道院"https://it.wikipedia.org/wiki/Eremo_di_San_Salvatore_di_Lecceto"に残されているフレスコ画。ネリという画家が描いたもののようだが、映像を見て分かる通りかなり劣化している。Guttmanが1906年に出版した本"http://www.e-rara.ch/zut/doi/10.3931/e-rara-13414"の中でこの壁画が再現されている。
 描かれているのは中世風の城を攻める光景だ(189)。左下には台の上に据えた銃砲に点火しようとしている人物の姿がある。守備側では一番上に手持ちのハンドゴンらしきものを構えている人物がいる。また右側にいる城攻め側にもハンドゴンらしいものを持っている人物がいるが、すぐそばには似たようなものを顔に当てている人もおり、もしかしたらこれはハンドゴンではなくラッパかもしれない。
 The book of rifles"https://catalog.hathitrust.org/Record/000733476"ではハンドゴンに火のついた炭で点火する姿が描かれていると主張している(p9)が、Guttmanが再現した図を見る限り本当にそうなのか判別はつかない。Guttmanの本には壁画そのものを撮影した写真もある(191)のだが、劣化が激しすぎて炭を持っているかどうかなどとてもじゃないが分からない。
 壁画の中には船に乗った兵がハンドゴンらしきものを持っている場面も描かれているようだ(187)。こちらはオリジナルの壁画(193)にもそれらしい姿が捉えられる。この壁画については1343年の日付が記された領収書が存在する(Partington, p100)そうなので、それ以前に書かれた可能性は十分ある。つまり14世紀前半の時点で据え付け式の銃砲と手に持って使う銃砲の2種類が存在したことを示す証拠になり得るのだ。
 そして4種類目が1343-45頃に描かれたというブラバントの年代記"http://bibliodyssey.blogspot.jp/2011/04/brabant-chronicle.html"。これは煙草屋が紙巻用の紙として使っていたものから発見されたものだが、据え付け式の銃砲を描いた絵が複数存在する。いずれも木製らしき台に据え、石製の弾丸を撃ち出すようになっている。絵のサイズを信用するなら人間大くらいの大きさはあることになるが、いかんせん中世絵画はサイズの誇張が激しいため実際の大きさを判断するのは難しい。
 実際、早ければ1344年頃に書かれたこちらのマニュスクリプト"http://bestiary.ca/manuscripts/manu8179.htm"に載っている細密画"http://image.ox.ac.uk/images/bodleian/ms.bodl.264/255r.jpg"では、同様に木製の台に据えた銃砲を撃とうとしている人物が描かれているが、こちらの銃砲は随分と小さい。中国で見つかった据え付け式の銃砲(長さ30センチ強)と比べてもあまり変わらないサイズだろうか。隣にカウンターウェイト式のトレビュシェットが描かれているのも面白い。
 これ以外に、Partingtonが紹介しているものとして、ミュンヘンの図書館にあるCodex 600なるマニュスクリプトに銃砲の図があるらしい(The book of riflesもp10で言及している)。だがこれに関連すると思われる図像をネット上ではほとんど見つけられなかった。かろうじてこちら"http://www.vikingsword.com/vb/showpost.php?p=105257&postcount=2"にあったものくらいだ。このマニュスクリプトは1350年頃のものという意見もあるが、もっと遅く14世紀末との見方もあるらしい。
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