一方、東南アジアの動向についてはほとんどサイクルの見当たらないのっぺりと成長を続けるグラフが紹介されている(p190-203)。唯一、ビルマにおいて13世紀にちょっとしたピークが存在するだけだ。この時期はLiebermanによれば、確かに東南アジアのCharter Statesが崩壊へ向かっていた時期とされる。パガン朝は同時期にモンゴルとの戦争もあって滅亡に至っており、そうした流れを示したものだろう。
だが同じようにこの時期混乱に見舞われていたタイやインドシナの人口グラフにはそうしたピークが存在しない。人口減がビルマだけに見られたというのはあまり説得力のあるグラフとは言えないだろう。
去年の選挙ではラストベルト地帯を中心に大衆層が民主党ではなく共和党側に転じたことがトランプ勝利の一因となった。その背景には、FDR以来、大衆の政党という立場にあったはずの民主党が、いつの間にか下位90%を切り捨てテクノクラートの政党になっていたことがある、という指摘だ。民主党はそれこそNAFTAのような仕組みを推進したエコノミストたちのための党になり、グローバル化によって職を失う大衆のことを忘れてしまったのだそうだ。
NAFTAの後、2010年までにこの条約によって職を失った米国人は70万人に達した、という調査がある。民主党のコアとなる支持者たち、つまりテクノクラートにとって自由貿易はプラスに働いたのかもしれないが、残る90%は不満を募らせた。そこに、従来の共和党主流派とは異なる主張を掲げたトランプが登場してきたため、90%の支持がそちらに流れた。リベラルが大衆の支持を失い、代わりにポピュリストが台頭してきたという恰好だろう。
個人的にはこの分析がどこまで正しいかは分からない。少なくとも今回の選挙に関して言えば民主党が負けたというよりクリントンの個人的な不人気ぶりが足を引っ張ったと見た方が実態に近いと思う。ただそのクリントンの人気のなさがワシントンのインサイダーに対する不信に由来するのだとすれば、民主党のエスタブリッシュメントはその事実を受け止めて対応を考える必要はあるだろう。
むしろ興味深いのは、米国の亀裂が「上位1%」と「10%」の間に存在しているという指摘の方だ。上位10%(より正確には1~10%)の中には、エリート過剰生産の過程で「1%」に挑戦する対抗エリートになる候補者たちが含まれている。その面々と既存の1%とが対立する仕組みがビルトインされている政治体制においては、そりゃ危機が訪れる可能性は高いだろう。
そう考えると今回の選挙で本当に重要だったのはトランプの当選よりもサンダースの躍進だったのかもしれない。トランプは「1%を支持する政党」が対抗エリートを擁立するという捩れによって生まれた存在だが、捩れがある分だけ体制側が彼を取り込む余地がある。だがサンダースは1%でない政党の、しかも反エスタブリッシュメントが担ぎ上げた候補者だ。その行動はそのまま既存の体制に対するより深刻な挑戦と見るべきなのかもしれない。
米国では1%がエリート・富裕層、10%はテクノクラート・専門家という具合に両者の色合いが完全に分かれ、いわば「文化の違う」状況になっている。だから対抗エリートと既存エリートが激しく対立するのだろう。だが日本では、実際にはトップ1%とトップ10%との格差が大きかったとしても、文化的には両者とも同じクラスターである「武士階級」に所属していた。トップ10%の収入は欧米のエリートたちのレベルに比べれば微々たるものだったとしても、彼らには「支配層の一翼」という地位が与えられている。
対抗エリートと既存エリートの対立が歴史的な2大政党制に完全にビルトインされている米国、対抗エリートも含めて支配層に取り込んだうえで、1%と10%の双方が入り乱れた派閥を形成して「緩やかな内紛」を続ける日本。永年サイクルに生じている違いには、そうした歴史的な経緯が影響しているのかもしれない。
コメント