口径長の歴史 上

 以前、こちら"https://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55818825.html"で昔の大砲についての口径長、つまり口径に対する砲身の比率について言及したことがある。AndradeがThe Gunpowder Age"https://www.tonioandrade.com/"の中で指摘しているように、初期の火器においては洋の東西を問わず口径長が伸びる傾向が存在した。
 欧州では当初は10倍程度だった口径長が、15世紀後半にかけて40倍程度まで拡大した。同書に載っているヌシャテル・ガン(p105)は口径長が36~41倍に達している。一方、中国では14世紀後半に長くても20倍強だった口径長が、15世紀半ばには30倍近くまで達した(p110)。ただし、中国での長砲身化は平和の訪れに伴って止まってしまい、結果として欧州のような40倍の水準までは達しなかったという。
 ところがずっと後のナポレオン戦争期になると、口径長は先祖がえりを起こす。こちら"http://www.napoleon-series.org/military/OrdnanceJournal/Issue7/SOJ-07_Part3_Weights.pdf"にはフランス革命からナポレオン戦争の時期における大砲のサイズがまとめて載っているのだが、見るとその大半は10倍台後半にとどまっている。
 例えばフランスの場合は4、6、8、12ポンド砲がいずれも口径長17.3~18倍の範囲に収まっている。英国はもっと短くて14.7~17倍、オーストリアも15.3倍、ロシアは13~17倍、プロイセンは17.2倍と、列強諸国はいずれも似たような水準だ。20倍を超えるものは、ここに紹介されている中では、デンマークの6ポンド砲(22倍)くらいしかない。40倍前後など全く見当たらない状態だ。

 これはどういうことか。一度は長くなった口径長が、時間とともにまた短くなったと見るべきなのだろうか。もしそうであるなら、では具体的にいつ頃を境に長砲身化の流れが逆流したのか。そのあたりを調べるうえで参照できそうなのが、Official Catalogue of the Museum of Artillery in the Rotunda"https://books.google.co.jp/books?id=X8o_AAAAcAAJ"である。
 1864年に出版されたこの本に言うRotundaとは、1820年にロンドン南東部に設立された砲兵博物館である。現在ではその展示物は別の場所に移動されているようだが、19世紀のこの時点では歴代の大砲を多数見られる場所だったようだ。この本は題名の通り、同博物館に展示されていた大砲をはじめとする様々な兵器をまとめたカタログである。そして大変ありがたいことに、そのカタログの多くには口径と砲身長が記されている。
 展示していたのは大砲だけでなく、様々な点火装置やマッチロック、フリントロック銃、さらには白兵戦用の武器に至るまで様々だった。大砲だけでも鍛鉄製から青銅製、鋳鉄製に分け、さらに製造されたと思われる地域別に一覧をまとめている。
 個々の大砲については口径や砲身長の他に重さや特徴、また年代が刻印されていればその数字を、ない場合も時には推測される製造年代が書かれているが、そうした記述がない大砲もある。展示物の中には大砲の破片や砲弾もあったようで、そうしたものにはもちろん砲身長は書かれていない。中には口径と砲身長の一方だけが記録されているものもある。だからカタログに載っている全大砲の口径長が分かるわけではない。
 それでもかなり多数の大砲についてはその数字が計算できるし、また年代が判別できるものもある。具体的には15世紀以前のものが5門、16世紀のものが20門、17世紀が44門、18世紀が80門、そして19世紀が54門だ。年代不明のものも多数あるが、それでも結構な数の口径長データを揃えられることは確かである。また年代がはっきりしている大砲の大半は欧州製であり、欧州において大砲の口径長がどう推移してきたか傾向を掴むうえで役に立つと思われる。
 もちろんこのカタログが適切なランダムサンプリングされているという保証はない。というか英国が展示した兵器という意味で、英国以外の大砲も含まれているとはいえ、偏りがあることは否定できないだろう。それでも数が増えればデータとして全く使えないこともあるまい。そう判断し、各世紀ごとに口径長10倍以下、10倍超から20倍以下、20倍超から30倍以下、30倍超から40倍以下、そして40倍超という5つのカテゴリーに当たる大砲が何門あるかを調べてみた。その結果は以下の通りだ。



 このデータのうち、もっとも信頼度が低いのはn=5しかない15世紀以前だろう。だがこの部分についてはThe Artillery of the Dukes of Burgundy"https://books.google.co.jp/books?id=UAL0SfuyUGQC"に掲載されているブルゴーニュ公が調達した火器データで補完することができる。p319-339に載っている表から、口径長が算出できる44件のデータをまとめると、10倍以下が34%、20倍以下が52%と、それぞれ上のデータより高い比率に達している。一方30倍以下は11%にとどまり、後は40倍超が1件あるだけだ。つまり15世紀の時点ではまだ口径長の短い大砲が多かったと判断できる。
 欧州における大砲の口径長はそれから次第に長くなり、16世紀には砲身の長い大砲が珍しくなくなった。でも長砲身化はこの時が頂点で、次の世紀になるとむしろ口径長が短くなる傾向が存在した様子が窺える。特に30倍超の口径長に注目するなら、15世紀以前にほとんどゼロだったものが16世紀には35%まで上昇し、でも17世紀以降は23%→8%→0%と順次低下していったことが分かる。Andradeの言う「古典的大砲」は近代初期に全盛期を誇ったものの、その後はどんどん廃れていった格好だ。

 こうした傾向は他の史料でも裏付けられる。まずこちら"http://www.napoleon-series.org/military/OrdnanceJournal/Issue4/SOJ_4-2a_Calibres_des_France.pdf"にまとめられているフランスの大砲史を見ると、最初に「フランスの口径」が整備された16世紀半ばの時点において、33ポンド砲(口径長17~18倍)はともかく、16ポンド砲(27倍)、7ポンド砲(28~31倍)、2.5ポンド砲(33~37倍)、1.5ポンド砲(35~41倍)などはかなり口径長が長くなっているのが分かる。
 しかし17世紀になるとフランスの8ポンド砲が23倍、スペインの24ポンド砲が18~20倍、同12ポンド砲が25倍と、既に16世紀より短くなる傾向が出ている。18世紀半ばに採用されたヴァリエール・システム"http://www.napoleon-series.org/military/OrdnanceJournal/Issue4/SOJ_4-2b-Valliere.pdf"でも20.2~27倍の口径長にとどまり、18世紀後半のグリヴォーバル・システム"http://www.napoleon-series.org/military/OrdnanceJournal/Issue4/SOJ_4-2c-Gribeauval.pdf"だと野戦砲は18倍とさらに短くなっている。
 こちら"http://www.napoleon-series.org/military/OrdnanceJournal/Issue3/c_tableofcontents.html"のSection 1にあるAustrian 15th to 19th Century Artilleryには16世紀半ばの神聖ローマ帝国における大砲の口径長が載っているが、短いもの(15~19倍)がある一方で、例えば36ポンド砲は29倍、18ポンド砲は40倍、3ポンド砲が35倍で1ポンド砲が32倍と、結構ながいものも多く含まれる。しかし17世紀後半になると36ポンド砲は19倍、18ポンド砲は29倍、3ポンド砲が15~27倍と短くなる。1ポンド砲(35倍)のようにまだ長いものもあるが、全体として口径長が短くなる傾向が存在したことが分かる。
 特に砲身の長いカルヴァリンほど、時間とともに短くなる傾向があったようだ。こちら"http://nautarch.tamu.edu/Theses/pdf-files/Hoskins-MA2004.pdf"を見ると、16世紀のイングランドで26.2~33.6倍だったカルヴァリン砲の口径長は17世紀には19.2~28.8へと短縮。デミ=カルヴァリン砲も25.4~39倍が25.3~32倍とやはり短くなっている(p121-122)。

 長くなったので以下次回。
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