中世図像

 前回取りこぼした話をいくつか書いておこう。まずBellifortisの図について。前にも紹介したように、コンラート・キーザーが書いたというこの書物には据え付けた銃砲に針金のようなもので点火する人物が描かれている。よく知られているのは絵はゲッティンゲン大学が所蔵しているマニュスクリプトに描かれているもの"http://manuscriptminiatures.com/4499/11796/"だろう。
 こちら"http://www.wtnb-bnz.jp/blog/diary/yoshida8armors"によると、この人物がかぶっているのは十字軍の頃から16世紀まで長く使われたケトルハット"https://en.wikipedia.org/wiki/Kettle_hat"と呼ばれる兜のようだ。さらに顔の側面から首回りまではチェインメイルに覆われている。14世紀にはプレートメイルが既に登場していたものの、チェインメイルも安価な防具としてまだ使われていたそうなので、この図に描かれた兵士の姿は当時のものとしても違和感はなかっただろう。
 ところが同じBellifortisでもブザンソン図書館に収蔵されている絵"http://manuscriptminiatures.com/bellifortis-of-konrad-kyeser-besancon-bm-ms1360/4163/"になると、かなり趣が違ってくる。兜はただの帽子となり、鎧ではなく袖の長い衣服をまとっている。おまけになぜか長いひげまで生やしており、まるで魔法使いのような面持ちになっている。当時の砲兵が悪魔の眷属であるかのように扱われていたことは以前にも書いているが、こうした書物がその手の偏見を広める一つの要因になったのかもしれない。
 最後はフランクフルト大学に伝わるBellifortisの図"http://sammlungen.ub.uni-frankfurt.de/msma/content/pageview/3657362"。こちらもまた全然違っており、全身プレートメイルのうえにかぶっているのは15~16世紀に使われたというバイザー付きのアーメット"https://en.wikipedia.org/wiki/Armet"だ。キーザーの時代であれば最先端、というかもしかしたらまだ存在しなかったタイプの兜かもしれない。つまり、比較的新しい写本である可能性が出てくる。

 Bellifortisが書かれたのは1405年頃と言われているが、その数年後、1411年に書かれたとされるマニュスクリプトには既にサーペンタインロック、つまり最古の引き金機構が登場している。そのマニュスクリプトはこちら"http://data.onb.ac.at/rec/AL00147695"で閲覧可能だ。右側にあるページの写真をクリックすれば、別ウィンドウで巨大な画像を確認できるようになっている。
 サーペンタインが描かれているのはp86だ。しかしこの本にはそれ以外にもリンストックっぽいものが描かれている。例えばp31の左側の人物が右手に持っているものがその一例。ただしこの人物はストックの先端を火門ではなく銃口の方に接近させているため、リンストックの使い方としてはいささかおかしい点もある。
 もう一つはp97で右側の人物が左手に持っているもの。こちらはリンストックをきちんと火門に向けているのだが、問題は1つの銃らしきものに複数の火門が前後に並んでいることだ。中国の武備志"https://archive.org/details/02092311.cn"には、同様に複数の火門というか導火線が前後に並ぶ拐子銃(83-84/93)なるもの掲載されている。この図はもしかしたら中国の実験兵器が欧州にまで伝わっていた証拠かもしれないし、そうではなくそもそも銃ですらない別の何かかもしれない。
 実際、この本には1本の銃身に複数の銃口を備えた奇妙な兵器が描かれている(p98)。一見すると存在しない兵器を想像で描いたもののように見えなくもないが、実は似たような構造のものが現代にも伝わっている"https://commons.wikimedia.org/wiki/File:10_shot_hand_cannon_(handgonne).jpg"。こうした兵器が実在していたのなら、拐子銃のような実験兵器も実際に製造されたことがあったのかもしれない。
 他にもこの本には面白い図像がいくつもある。複数の砲を1つの台に乗せた兵器(p46)、散弾を放つ砲(p49)、砲身の角度調整に使われた初期の機構(p60、106)、もしかしたら点火鉄の使用例かもしれない図(p89)、所謂ホットショット"https://en.wikipedia.org/wiki/Heated_shot"(p94、144)、おそらく硝石を掻きとっている図(p119)、砲身に複数の矢を装填した図(p150)、さらに人力式の旋盤の図(p189)まで掲載されているのだ。見ているだけで楽しいのは間違いない。

 最後にいくつかメモ代わり。少し古いが初期の火器についてソースまできちんと言及している本がこちら"https://catalog.hathitrust.org/Record/000733476"。あとこちら"https://readtiger.com/homepages.ihug.com.au/~dispater/handgonnes.htm"には古い図像や遺物の写真がいくつか掲載されている。
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