変人元帥 ふたたび

 デケヴィリの"The Campaigns of the Royalist Army under the Duc de Conde, Volume 2"を読んでいるとスヴォーロフ将軍の変人ぶりについて色々と記している部分を発見。スヴォーロフについてはこちら"http://www.asahi-net.or.jp/~uq9h-mzgc/suvorov.html"で書いているが、そこで触れていないような話をいくつか紹介しておこう。

「しばしば食事の最中に彼の副官の一人が席を立ち、彼に近づいてそれ以上食べるのを制止した。『誰の命令だ?』とスヴォーロフは問いかけ、副官は『スヴォーロフ元帥自身の命令です』と答えた。するとスヴォーロフは『彼には従わなければならん』と話しながら立ち上がり、彼自身の名で彼自身に対し散歩などをするように命じた」

「元帥に対面する席についた時、彼が頭の上に載せたグラスいっぱいのワインを両手で支えているのを見て私[デケヴィリ]は非常に驚いた。従者によると彼は国王の健康のためにそれを支えており、衷心からそれを飲み干した」

「宮廷ではしばしば彼が女性から女性へと駆け回り、持ち歩いているエカテリーナの肖像画にキスをして、十字を切ったり跪いたりするのが見られた」

「彼はたまに自分は医者だと言いながら病院を訪れた。そしてそこで見つけた病人に塩と大黄を摂るよう強制した。単に弱っているだけの者を見つけると杖で打った。しばしばスヴォーロフの兵士は病気になることは許されないと言いながら全員を病院から追い出した」

「朝になるとドラムの音の代わりに彼がテントから出て雄鶏の鳴き声を真似して3回鳴いた。軍にとってそれは目覚めの合図であり、時には戦闘へ進軍する合図でもあった」

 パーヴェルが寒い時期に行った閲兵式に参加した際に。
「彼は周囲の者に対し、(他の者が全て凍えていた)大広間の中で汗をかいたし、家の中で兵を見るのに慣れていないと言いながら退出した」

 閲兵式で延々ジョークを続けている元帥を見てデケヴィリら亡命貴族はかなり驚いたそうだが、「知っている人間は全然驚かなかった」(d'Ecquevilly "The Campaigns of the Royalist Army under the Duc de Conde, Volume 2" p93)というから彼の変人ぶりはロシアでは相当有名だったのだろう。
 同時に彼は一徹者でもあった。スヴォーロフはパーヴェルの軍改革に反対して干されたのだが、後にパーヴェルが彼を呼び戻そうと引退先に伝令を送った時には以下のような会話を交わしている。

「伝令が到着し彼[皇帝]の書簡を手渡した。そこには大きな文字でスヴォーロフ元帥とあて先が書かれていた。『この手紙は私宛のものではない』とスヴォーロフは言った。『もしスヴォーロフが元帥なら、彼は軍の先頭にいる筈だ』」

 そうした頑固な姿勢も含めてスヴォーロフが兵士たちに愛されたのは事実のようだ。スヴォーロフ自身も兵士の信頼を得るやり方を知っていたと思われる。パーヴェルの下で一度は辞職を強いられた時、彼は兵士たちを並べて以下のような行動に出た。

「彼はヘルメットを取り、スカーフを取り、彼の軍務に伴う全ての記念品を取り去り、兵士が組んだ横隊の前に積み上げたドラムとケトルドラムの上に置いて言った。『戦友たちよ、いずれスヴォーロフが諸君の真ん中に再び姿を現す時が来るだろう。そして彼は諸君に残しておいたこの記念品を取り上げ、勝利の間それを着用し続けるであろう』」

 デケヴィリはスヴォーロフについて次のようにまとめている。

「スヴォーロフが行い、話し、記したものは全て同じような奇抜さに彩られている。イズマイルを落とした後に彼が女帝[エカテリーナ]へ記した報告書は以下のようなものだった。
『神へ栄光を、そしてあなたにも。町は落ち、私はそこにいます』」

 これだけなら格好よく終わるのだが、一方でカール大公が送った伝令に対する答えは笑える。

「彼[カール大公]に伝えたまえ。ウィーンでは私は彼の足元にも及ばないが、ここ[戦場]では私と彼は対等だ。彼は元帥であり、私も元帥だ。彼は偉大な皇帝に仕えており、私もそうである。彼は若く私は、私は老人だ」

 そこでオチをつけてどうする。

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