火縄の起源・上

 火薬がいつ生まれたのか、火薬兵器は、火器は、大砲は。そうした問題についてはこれまでに調べてきたが、まだ分からないことはある。例えば「火縄はいつ、どこで生まれたのか」という問題だ。
 火縄(slow match)は麻あるいは綿で作られた縄であり、硝酸カリウムなどの酸化剤に浸したものである。要するに硝石を湯に溶かしたうえで、そこに縄を入れて製作するようだ"http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/archives/1770"。英語でslow matchというのは、火縄が非常にゆっくり燃えるところからきている。
 slow matchとは逆のquick match"https://en.wikipedia.org/wiki/Black_match"というものもある。こちらは綿の縄に、水に溶かしてペースト状にした黒色火薬をコーティングしたものだ。火縄と違ってこちらはむしろ素早く燃焼するのが特徴。要するに導火線である。実はこちらも大砲の点火などには使用されていた。でもまずは火縄だ。

 欧州で火器への点火に使われた最初のマンマシンインターフェイスは、一般に「熱して赤くなった針金」だと言われている。例えばNeedhamはScience and Civilisation in China"https://books.google.co.jp/books?id=hNcZJ35dIyUC"の中でMilemeteの絵を紹介しながら「赤く熱した棒」をタッチホールに近づけていると説明している(p287)し、PartingtonもA History of Greek Fire and Gunpowder"https://books.google.co.jp/books?id=fNZBSqd2cToC"で同じ絵について「(明らかに)赤く熱した鉄」によって点火していると書いている(p98)。
 Partingtonによれば、Rathgenは著作"https://books.google.co.jp/books?id=1-5QSwAACAAJ"の中で、この熱した針金を使った点火法が1405年まで利用されていたと主張しているらしい(Partington, p99)。その論拠となっているのがコンラート・キーザーの残したベリフォルティスという書物"https://en.wikipedia.org/wiki/Bellifortis"。1402~15年に書かれたこの本の中にある絵"https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/736x/8f/b7/5b/8fb75b8c583c1c68c312dc27a455b91e.jpg"が、15世紀初頭まで針金が使われていたという説の論拠になったようだ。
 AndradeもThe Gunpowder Age"https://books.google.co.jp/books?id=1jRJCgAAQBAJ"の中で同じ主張をしている。そこでもやはりキーザーの絵を紹介したうえで「赤く熱した鉄の棒をタッチホールに触れさせている」(p81)と書いている。加えてAndradeは中国でも「この時期の銃砲は赤く熱した先端を持つ鉄の棒を使って射撃していた」とも指摘し、初期の火器の点火法としては洋の東西を問わず針金が一般的であったと主張している。ただしその論拠は示していない。
 これらの主張に対して異論を唱えているのが、Medieval Handgonnes"https://books.google.co.jp/books?id=PV61CwAAQBAJ"を記したSean McLachlanだ。彼は初期の絵画で点火に使われているものが「ただの細い黒い線で描かれた何か」に過ぎず、問題は本当に針金が実用的であるかどうかだと指摘。針金を使う場合は同時にそれを熱する「火鉢」が必要だが、大砲や拠点防衛に当たるハンドゴンならともかく、野戦でそのようなものを使うのは難しいと述べる(p39)。
 さらにMcLachlanはこちらのサイト"http://www.musketeer.ch/blackpowder/handgonne.html"を主宰するリエナクターの実験を紹介。同ページにあるように、針金を熱するのは簡単だが冷めるのも早いため点火を急がねばならず、おまけに点火後は反動のために針金が曲がって使い物にならなくなることも指摘した。また初期のハンドゴンの絵に火鉢が描かれていないことも、針金使用説に対する疑問点として挙げられる。
 ベリフォルティスの絵にある「線」は何であるか詳細を判断するには小さすぎる。Milemeteの絵("http://www.vikingsword.com/vb/attachment.php?attachmentid=89835"や"http://www.vikingsword.com/vb/attachment.php?attachmentid=86008")に至っては「熱した針金ではなく、薄く曲がった物体が竿の先端に保持されている」だけであり、むしろ火縄の可能性が高い。以上がMcLachlanの結論であり、確かにMilemeteの図は火縄を挟んで固定し大砲の点火に使う後世のリンストック"http://www.maryrose.org/fotofriday/?pid=276"と似ている。
 そもそも熱した鉄を使って火薬に点火するという方法は、中国で火薬兵器が登場したごく初期に実際に行われていたものだ。11世紀の武經總要"https://archive.org/details/06047929.cn"では、蒺藜火毬の説明に「放時燒鐵錐烙透令焔出」(184/208)という文言があり、焼いた鉄の錐を使って点火していたことが分かる。霹靂火毬の説明にも「用火錐烙球」(194/208)とあるし、霹靂火毬の図には2種類の錐も一緒に掲載されている(190/208)。
 ただしこれは硝石の比率が低い火薬の時代に使われていたやり方であり、それがいつまで使われていたかは不明だ。それに、少なくとも火縄を使う際には、タッチホールに導火線や口薬を入れて火種が触れるだけで点火できるようにしている。無理に針金をタッチホールに差し込み、銃身内の火薬を直接点火しなければならない理由はないように思える。焼いた針金が本当に使われていたかどうかは、実際のところよく分からない。

 もしMilemeteの絵が描かれた時点、つまり14世紀前半の段階で火縄が存在していたのなら、それが生まれたのは欧州ではないだろう。当時の欧州では硝石はとても高価だった"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55871177.html"。火縄を作るためには硝石を使って実験的な取り組みをする必要があるが、高価な硝石をふんだんに使って実験するのは欧州では難しかっただろう。遅くとも12世紀に硝石丘の存在が記録されている"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55914672.html"中国の方がその発明地である可能性は高い。
 だが中国の記録を調べても、火縄がいつ生まれたのかはよく分からない。単に「火繩」という文字が使われた例ということなら、以前にも紹介した通典"http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=53503"の烽台に関する記述の中に「復置柴籠三所流火繩三條在臺側近」(50/162)というフレーズがある。唐初期のものと思われるこの火繩は、しかしここで問題にしているslow matchと同じものとは思えず、むしろ一種の導火線のようなものと見なすのが妥当であろう。
 slow matchと同じ「火繩」を探すと、残念ながら出てくるのはほとんど欧州の銃が伝わった後の16世紀以降の書物ばかり。例えば紀效新書十八巻本"https://archive.org/details/06049821.cn"には「凡火器裝藥竹筒火繩藥線」(168/185)というフレーズが、また練兵實紀"https://archive.org/details/06049827.cn"には鳥銃について説明している中に「火繩以乾為式」(44/160)という文言がある。いずれも「火繩」が出てきて全然おかしくない本だ。
 あるいは温純"https://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%AB%E7%B4%94"の書いた文章をまとめた温恭毅集"https://archive.org/details/06043100.cn"の中に出てくる「以繩發火用」(54/118)といった文章も火縄を示している可能性はある。ただしその前にある「傳藥線」という言葉から、これもまた導火線かもしれない。それにいずれにせよ温純は16世紀から17世紀初頭の人物であり、戚継光より若い人物なのだから、やはり火縄を知っていても不思議はない。
 Needhamはslow matchが中国で発明されたと書いているが、よく見ると猛火油"https://zh.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%9B%E7%81%AB%E6%B2%B9"の説明において火薬が「油に点火するためのslow matchとして使われた」(Needham, p82)という言い方をしている。武經總要"https://archive.org/details/06047929.cn"に出てくる「筒首施火樓注火藥於中」(192/208)を論拠にしたものだろうが、点火に火薬を用いたかどうかには異論もある("http://yakushi.umin.jp/publication/pdf/zasshi/Vol16-2_all.pdf" p56)。

 長くなったので以下次回。
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