Bernard Irelandの"The Fall of Toulon"読了。とりあえず良かった点を上げるなら、ツーロン攻囲の際に共和国側の砲台と連合軍の戦艦による砲撃合戦が絶えず行われていた点を指摘していることか。ツーロン戦におけるフランス軍の砲台配置図などを見ると明らかに海に面したところに設置されている砲台(MontagneやSan-Culottesなど)もあり、これなどは最初から船に対する砲撃を目的に造られたと考えれば納得がいく。共和国軍が船を砲撃したのはエギエット岬を手に入れて以降に限られていたわけではないようだ。
そうした話も含め、連合軍の特に海軍についての話が詳しいのがこの本の特徴。逆に言えばそちらが異常に詳しすぎ、他の部分とのバランスを欠いている。そこからいくつもの問題が派生している。
一つはそもそもツーロンの話が少なすぎること。ツーロンで叛乱が起き、彼らが英海軍を引き入れる場面が出てくるのはもう半分以上ページが進んだ後の話。それまでは延々と前置きが続くのである。長すぎだ。前置きの中身はといえばフランスと英国における海軍の話。どうやらこの著者は海軍に関する本をよく書いているようなので本人にとっては得意分野なのだろう。しかし、ツーロンとは関係ないと言ってしまえばそれまで。題名を変え、「英仏海軍とツーロンの陥落」にした方がいい。
二つ目の問題点は、以前George Nafzigerがネットのインタビューで答えていた点と重なる。Nafzigerは軍事史関連の本を読む際の注意点として"enemy"という言葉が使われているかどうかに注目すべきだとしていた。もし安易に"enemy"という言葉を使っているのなら、それは著者が一方の立場に肩入れして書いていることの証拠。中立的な立場からバランスよく書かれた本でない可能性が高い。そして、この本はしばしば共和国側を"enemy"と呼んでいる。明らかに連合軍寄りの人間が連合軍寄りの視点から書いたものである。より正確に言うなら著者の立場は英海軍寄り。英国寄りの著作にしばしば見られるのと同様、この著者も同盟国をやたらと批判している。
そして最も深刻な問題点は、脚注がほぼ存在しないこと。巻末の参考文献もほとんどなく、著者が一体どのような一次史料に基づいて議論しているのかさっぱり分からない。例えば、共和国首脳部はブオナパルテ到着以前からツーロンの西側に弱点があり、特にエギエット岬などが重要な意味を持つことに気づいていたとの指摘。それが事実なら面白い話だが、何を根拠にそう主張しているのか全く不明。これでは使えない。
結論を言うと「信頼性に乏しい本」となる。著者のあからさまに偏った態度、ほぼ存在しない脚注のいずれも、読者にとっては疑念の元だ。正直言ってこれならオスプレイシリーズのツーロン本の方が短時間で読めるだけはるかにマシである。
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