人体600万年史

 人体600万年史読了。上巻"http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000012831/"は進化の話、下巻"http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000012832"は健康の話だった。一般読者には後者の方が興味あるだろうが、こちらの関心はむしろ前者にある。
 以前、こちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55936902.html"で、「ホモ・サピエンスとそれ以外のホモ属との間に生じた差」について言及した。といってもどんな差があったのかが分かったわけではなく、例えばネアンデルタール人を滅ぼしたのがヒトとイヌであるとの説や、持久狩猟に関する説を紹介しただけにとどまっている。
 この本には、人体という切り口からその「差」について言及している部分がある。それによるとチンパンジーとヒトの共通先祖が分岐して以来、生物的な進化によって起きた変化を5つ、さらに文化的な進化が影響を及ぼした変化を2つ、数え上げることができるという。もちろんその中にはホモ・サピエンスとネアンデルタール人との間に発生した違いもある。

 変化の最初はチンパンジーから分岐した最初の祖先が直立したこと。おそらく寒冷化に伴って密林がサバンナとなり、樹木の上で暮らし続けることができなくなった連中が、やむを得ずあちこち動き回って餌を探すようになったのだろう。著者によるとチンパンジーやゴリラが行うナックルウォークはエネルギー効率が悪く、そこで先祖たちは直立2足歩行に向いた体を進化させることで効率よく動き回れるようにしたらしい。その代わり、木登りは下手になった。
 次の変化はアウストラロピテクス類の時に起きたという。2足で動き回るようになった彼らは、基本的に果実類ばかりを食べていたチンパンジーとは違う食生活へとシフトした。果実以外の食べ物を幅広く摂取するようになり、中には空いた両手を使って掘り起こした根菜類も含まれていたという。アウストラロピテクスの歯は極めてしっかりしており、こうした食生活の変化に合わせて進化したと見られる。
 3つ目が狩猟採集生活への進化だ。これを成し遂げたのはホモ・エレクトスだという。ここで初めて先祖は長距離を走って持久狩猟を行うことができるようになった。以前のエントリーではこの能力をいつヒトの先祖が手に入れたかがはっきりしないまま書いていたが、著者の言い分を信じるならこの能力はホモ・サピエンスの繁栄に直接寄与したものではない。むしろエレクトスがアフリカを出て、ヒトとして初めて旧世界全体に広まったことをもたらした要因と見るべきかもしれない。
 4つ目はネアンデルタール人の頃に手に入れた能力で、大きくなった脳とそれを支える大量の脂肪というワンセットが確立したことだ。脳を大きくするためヒトの成長は他の動物より時間がかかるようになり、脂肪をため込んだ結果としてヒトは他の動物に比べてもかなり太った生き物となった。脳が成長できた要因の一つとして、道具や火を使った調理によって小腸が消費するエネルギーが減少したことも寄与したという。
 そして5つ目がホモ・サピエンスに起きた変化だ。ただしその能力は、これまで指摘してきたいかにも生物学的なものというよりは、より文化的な、行動に影響を及ぼすものだったようだ。言語やそれを生かした協力という特殊な能力が手に入り、そして文化という常に新しいものを生み出そうとする力が広まった。今までにないもの、今までとは違ったものを、進化的なスケールで見ればごく短期間で生み出すことのできるこの能力こそが、ホモ・サピエンスを勝たせた一因かもしれない。
 たとえば衣服だ。ネアンデルタール人もホモ・サピエンスも毛皮をまとっていたと思われるが、ネアンデルタール人がケープのように体にかけていた程度だったのに対し、ホモ・サピエンスはより精緻に加工し密着したものを着用していたという"http://www.popsci.com/neanderthals-clothing-could-have-killed-them"。毛皮を利用できる種類の動物、あるいは骨を利用した縫い針などの道具は、ホモ・サピエンスの遺跡には多いがネアンデルタール人の遺跡には少ない。
 新しいものを生み出す能力の高さゆえにホモ・サピエンスはあらゆる環境へと進出し、ごく短期間にその環境に適応してしまったのだろう。ネアンデルタール人はそのスピード感についていくことができず、次第に追い詰められていった。ホモ・サピエンスが勝利したのは適応力の高さ、生物が進化を通じて進めていく「適者生存」をもっと短時間に知恵と工夫で成し遂げる部分に、その要因があったというわけだ。

 だがこの文化的適応力は結果としてホモ・サピエンスが暮らす環境自体を変え、それまでの長い進化の歴史を通じて適応してきたヒトの体に新たな負荷を与えるようになった。文化的進化がもたらした変化とはもちろん1万年前の農業革命であり、そしてごく最近に起きた産業革命だ。こうした変化が集団の間にどのような差をもたらしてきたかはこれまでのエントリーで言及している。
 この本ではこうした急激な変化に人体がついていけず、結果として様々な不適応が起きていることを紹介している。そしてそれに対する対応も提案しているのだが、基本的には運動とバランスのよい食事と規則正しい睡眠などの健康的な生活のすすめだ。提案自体は極めて平凡だが、それを進化論によって裏付けようとした部分が目新しいというところか。
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