まず人口構造に与える影響で目立つのは「200万人を超える違法な移民の強制送還」だ。全体で1100万人いる違法移民のうち200万人だからまだ大人しい方だが、彼はそれに加えて「安全を担保できないテロの起こりやすい地域からの移民の受け入れを停止」「メキシコとの国境沿いに壁を建設」「オーバーステイに対する刑罰を強化するようビザ規則を改定」など、合法的な移民に対しても障壁を設けるかのような言及をしている。
労働力人口が減れば労働分配率には上昇圧力がかかり、MMPは下向く。一方エリート人口は減少してEMPもマイナスに向かう。一見いいことづくめに見えるが、一方でGDPにどんな影響が及ぶかが見通しきれない。200万人が減るということは彼らの消費分の国内需要が減ることも意味する。GDPの伸び悩みが需要不足にあるのか供給制約にあるのかについては、経済学の世界でも議論があるそうなので結論はつけがたいが、プラスだけでないことは確かだろう。
労働力人口が減るということは全国民に占めるエリート人口の割合が上がることも意味する。これはEMPにとってはプラスに働くわけで、足元ではこちらの部分でもPSIを上向かせる要因になる。労働分配率が上がり始めてから実際にエリート人口割合の減少が始まるまでにはタイムラグがあると予想されるため、移民制限がむしろ当面は争いを激化させる可能性すらある
同様に人口構造に影響を与えそうなのがTPP離脱やNAFTA再交渉といった反グローバル主義的政策だ。こうした経済協定は人件費の安い地域に雇用を流出させることで事実上の労働力人口増と同じ効果をもたらしていると見られる。しかし一方でこうした協定は海外に市場を確保することでGDPに対するプラス効果も期待できるのは間違いない。どうも人口構造に直接働きかける政策は、プラスマイナス両面があるようだ。
一方、GDPを増やそうとする取り組みはどの程度あるのか。一つは10年1兆ドルのインフラ投資で、これは政府支出を通じてGDPを増やす政策だと言えそうだ。ただし期待したほどGDPが増えなければ逆にSFDを高める効果をもたらしかねない。気候変動枠組み条約で払っている分担金をやめて国内のインフラ整備に向けるという策は歳出を増やさずに国内需要を増やすことになるが、国際社会がそれに対してどんな対応を取るかが読み切れないため効果を見定めるのは難しい。
軍事部門への投資拡大や、警察に関するリソース拡大なども政府支出の増加につながり、ある程度はGDPを増やす効果が期待できるだろう。またやり方によっては政府雇用拡大になってEMPを引き下げる可能性はある。一方で移民に寛容な「聖域都市」に対する資金援助をやめるのはむしろ支出削減につながりかねないし、オバマケア廃止も、代替プラン次第ではあるが支出という面ではマイナスになりかねない。
最後に国家財政だが、これはどう見ても悪化するしかなさそうだ。まず法人税と所得税の削減によって歳入はほぼ確実に減る。育児や介護費用の税控除も同じ効果を持つ。代わりに関税を増やすつもりのようだが、関税が上がれば一方で輸入が減ると思われるので効果は限定的だろう。一方でGDP政策のところで述べたように公共投資、軍事費の増加があるため、歳出は間違いなく増える。よほどGDPが高成長しなければ、SFDへの上昇圧力はかなりのものとなるだろう。
政府への信用度はどうだろうか。トランプは議員の任期制限やロビー活動の禁止、政治に関する倫理規約作りなどを唱えており、これが上手くいけば多少は不信度を下げるかもしれない。問題は彼が選挙戦を通じて国民の分断を深めてしまっていることで、トランプがやるというだけで内容を見ずに反対し不信を強める国民が半数はいると思っておいた方がいい。ただし最低賃金の引き上げのようにPSIを下げる効果が期待できる政策もある。
以上を踏まえてまとめると、トランプは労働力抑制に力を注ぐことで人口政策ではPSI低下を目指す姿勢ははっきり見せているが、一方でGDP拡大策はほぼ政府支出に頼り切りに見える。その結果としてとばっちりを受けるのがSFD。減税まで打ち出しているために米国の財政悪化が一段と厳しくなる可能性が高そうだ。
財政悪化やその破綻は、危機の到来をもたらすきっかけになることがある。たとえば米国債の急落リスク。米国が国際的なプレゼンスを減らす方向へ舵を切るなら、米ドルを資産として持つ必要性が下がったと感じた投資家が米国債を売る可能性が高まりそうだ。米財政悪化を嫌気してドルが急落するような場面が生じれば、それは世界経済にとっての悪夢だろうし、米国の永年サイクルに危機の到来を告げる「黙示録のラッパ」にもなりかねない。
だからと言ってクリントンならもっとうまく状況を乗りこなせるかというと、そこは分からない。実務能力はあると思うが、いかんせん状況が八方ふさがりに近いため多少の実務能力の差程度では埋められないほどの困難があるように見える。移民抑制をしなければGDPへのマイナスは限定的だろうが、一方で労働力人口は減らない。軍事支出は増えないかもしれないが、代わりにオバマケアなどで政府支出が増えそう。貿易協定についてはトランプ政策の縮小版みたいなものなので、こちらも状況は同じ。
要するにどちらが政権を握っても困難度は似たようなものなのだろう。その中で最も確実な対応法は、エリートが互いに対立するのではなく、むしろ協力しあって自ら犠牲を払う選択をすることだ。20世紀初頭の進歩主義時代には、ボルシェヴィズムへの恐怖がエリートを一致させ、彼らが自らの判断で労働分配率を高める政策に踏み切ることを可能にした。それはエリート人口を減らすことにつながるのだが、大きな流血なしにエリート間で合意を形成し政策を進められたのは、Turchinによれば「革命よりはまし」という判断からだ。
しかし現在の米国ではボルシェヴィキ革命ほど実感を伴った恐怖がエリート間で共有されているようには見えない。国外ではイスラム過激派の暴れっぷりが目立つが、米国が彼らに乗っ取られると本気で心配しているエリートはいないだろう。そして外からの恐怖がなければアサビーヤは衰える。利他主義は没落し利己主義が繁栄する。エリートの対立は、流血によって彼らの数が強制的に減らされるまで続く。
外からの恐怖なしにエリートたちが協力し合うことができれば、米国は流血なしに再び発展フェイズへ進むことができるかもしれない。だが現状はそうなるようには見えない。協力ではなく対立が主導する状態では、トランプであれクリントンであれ、共和党であれ民主党であれ、流血を避けての問題解決にたどり着くのは容易ではないだろう。
以上、もしTurchinの理論が正しいのであれば、トランプ政権で何が起きるかを想像してみた。もちろんこれが正解かどうかは分からないが、Turchinが将来に対し依然として悲観的な見方を続けているのも無理はないと思える結果だ。
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