PSIを構成する3つ要因とはすなわち潜在大衆動員力(Mass Mobilization Potential)、潜在エリート動員力(Elite Mobilization Potential)、そして国家財政難(State Fiscal Distress)である。このそれぞれについて以下に説明する。
まずこのうち潜在大衆動員力(MMP)は「相対賃金の逆数」「都市人口割合」「20代人口割合」の3種類を組み合わせた数字である。このうち都市人口割合は、もともとPSIが農業社会を対象とした分析手法だから導入されたものだろう。都市人口が多いほど政治的な混乱に動員できる大衆が増えるというわけで、フランス革命が始まったパリ郊外のサン=タントワーヌ地区などが分かりやすい事例。Turchinも南北戦争前の時期について分析する際にはここに注目しているが、足元の米国では既に80%を超えており"
http://data.worldbank.org/indicator/SP.URB.TOTL.IN.ZS?locations=US"、今後の分析ではあまり気にする必要はなさそうに思える。
相対賃金は賃金を1人当たりGDPで割ったものだ。上記の実質賃金に相関する指標が分子になると考えれば、1人当たりGDPは分母と打ち消しあい、結局相対賃金(労働分配率)を決めるのは需給と文化的要因ということになる。19世紀のようにより純粋な資本主義だった時期には文化的要因はほぼ無関係だったと思われ、結局は労働需給によって労働分配率が決まるというシンプルな構造が存在したことになる。
では労働需給はどう算出するのか。Turchinは20世紀の事例を計算するうえで、供給はGDP÷労働生産性で、需要は労働力人口で算出した。つまりGDPの増加、労働生産性の低下、及び労働力人口の減少はいずれも労働生産性=相対賃金の上昇につながり、つまりはMMPの低下をもたらすことになる。ただし、技術発展著しい現代において労働生産性は上がりこそすれ下がることはおそらく滅多にない。残る2つの指標が主に影響すると考えていいだろう。
次に潜在エリート動員力(EMP)だが、こちらは「相対エリート収入の逆数×エリート人口/政府雇用割合×総人口」で計算できる。政府雇用関連の部分について言えばその数が増えれば分母が増えるためEMPが低下し、逆に減ればEMPは上昇する。政府の仕事は、特に幹部職になるとエリートのものだから、そのポストが増えれば相対的にエリート間の競争は減るという計算だろう。ただしポスト増は財政悪化をもたらす一因となる。
相対エリート収入は人口に占めるエリートと労働者の割合、及び労働分配率で決まるというのがTurchinの議論。そしてエリート人口の割合を決めるのもやはり労働分配率である。基本的に労働分配率が上がればエリート人口割合の低下を通じて相対エリート収入が増え、EMPが下がる。逆に労働分配率が下がれば相対エリート収入が減り、EMPは上昇するというのがTurchinのモデルだ。
最後の国家財政難(SFD)は「政府負債÷GDP×政府への不信度」によって決まる。GDPが増えればSFDは低下するが、政府負債が増えたり政府への不信が高くなれば上昇する。このうち不信度は既に米国において80%前後の水準まで上昇しており、ここからさらに上がる余地はほとんどなさそうに思える。
以上、色々な指標がPSIの変化に影響を及ぼしているが、その中身を整理すると現実的に現時点で問題になりそうな点は絞られる。
続いてGDP。GDPが増えれば、まずは労働需給を通じて労働分配率を高めることでMMPに、さらに労働分配率を通じてエリート人口割合を下げることでEMPを引き下げる効果をもたらすだけでなく、政府負債に対するGDPの比率が上がることでSFDまでも低下させる。まさに経済成長は七難隠すだ。20世紀以降の国家がいかに成長を達成するかに多くの労力を費やしてきたのも、こうした背景があるからだろう。
最後に公的部門の役割。これは何種類かあり、まずは最低賃金などの文化的要因を通じてMMPに、次に政府雇用の増減でEMPに、最後にGDPに対する政府の歳出増減がSFDに影響する。一般に役割が増えるほどMMPやEMPを下げる効果が期待できる一方、SFDは上がりやすくなる。またTurchinは明確に触れていないが、公共事業のように政府歳出を増やして仕事を増やせば労働需給改善につながる可能性もある。
こうしたモデルを踏まえて、ではトランプ政権の誕生は米国のPSIにどんな影響を及ぼすのか。それは次回に考えてみる。
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